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ポスト岸田と金融市場

本日、岸田文雄首相(自民党総裁)が首相官邸で会見し、9月に予定する総裁選に立候補しない意向を表明しました。情報が出揃ってはいないところですが、現状の所感を当方のメモも兼ねて整理しておきたいと思います。今回も目先のお話なので日経COMEMOとして投稿いたします。

派閥の政治資金問題などを受けて低迷していた支持率の影響を受け、再選が難しいという決断です。各種の世論調査では7~8割が岸田総裁の続投を望まないというメッセージが確認されていました。筆者は政治の専門家ではありませんが、「総裁選に勝てたとしても総選挙には勝てない」という未来はある程度見えており、妥当な判断という政治的評価は多いようです:

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA141QL0U4A810C2000000/


この一報直後の金融市場では円高・株安が進んみましたが、その後は値を戻しています。もっとも、この値動きは次期総裁ひいては次期首相に対し、どのような思惑が混在しているのかを窺い知るという意味で非常に興味深いものでした。

本稿執筆時点で出馬を正式表明した候補はいないものの、河野太郎デジタル相、茂木敏充幹事長、高市早苗経済安全保障相、石破茂・元幹事長、上川陽子外相などの名前が挙がっています。その上で小泉進次郎・元環境相や小林鷹之・前経済安全保障相といった知名度も高く支持層も広そうな若手の出馬も争点となりそうです。金融市場では小泉氏、小林氏、上川氏といった相応に話題性を備えた候補者が出てくるのかどうかは注目されやすいでしょう。

為替市場で円高が進んだのは有力候補でもある河野氏や茂木氏が前回日銀会合直前に利上げを催促するような発言をしたことで注目を浴びた経緯があるからでしょう。7月31日の会合直前、河野氏は「為替は日本にとって問題だ」、「円は安過ぎる。価値を戻す必要がある」などと述べ、茂木氏は「段階的な利上げの検討も含めて金融政策を正常化する方針をもっと明確に打ち出す必要がある」と述べた経緯があります:

これらの発言は金融市場でしっかり材料視されました。なお、その後、河野氏は「利上げを直接求めているわけではない」と火消しに走りましたが、円安を問題視する姿勢が否定されているわけではありません。

また、茂木氏は15bpの利上げ決定後、「以前からですね、そろそろ金融政策正常化していくタイミングだ、こういうお話をしてきました。方向としては望ましい方向」と記者団に述べたことが報じられています。

河野・茂木両氏の優勢が伝えられる限り、為替市場は円高・株安で反応することになるのでしょう、もっとも、今の日本の政治において円安は「悪」という位置づけになっていそうですから、その抑制に意欲を示すこと自体は誰が候補者になっても変わらない点だとも思われます

影響中立が基本
基本的に自民党政権が続く以上、為替を含めた金融市場への影響は中立と見ておくのが無難です。いくら政治的に円安是正を目的として金融政策の調整(利上げ)を希望したとしても、8月初頭のトラウマがある以上、少なくとも政治サイドから積極的に利上げを支持するような情報発信をするのはもはや難しいと考えられます。そもそも為替市場にとっては新総裁の下での日銀よりも、新大統領の下でのFRBの方が余程関心が高いテーマでしょう。下手に言及するメリットは大きいとは言えません。

就任当初はマーケットフレンドリーではないと見られた岸田首相が、退任時になってから好意的な声が増えているのは、資産運用立国の旗印の下で導入した新NISA(少額投資非課税制度)が明確に市場における動意を創り出し、台湾積体電路製造(TSMC)を筆頭とする対内直接投資の促進など、成果が相応に可視化されていたからでしょうか。

最後までその定義がよく分からなかった「新しい資本主義」という言葉は今後なくなるかもしれませんが、一連の資産運用に関する施策や国内投資を喚起するため施策は相応に市場から評価されているのですから、自民党政権が続く限り、新総裁・新首相の下でも同様の路線が継承されると思います。筆者も国内投資促進は今後もキーワードとして残って欲しいと思います。

その上で、円相場に関して筆者の立場を加えておけば、そもそも金融政策運営に介入し、利上げを強いたところで、貿易サービス収支の赤字基調や第一次所得収支黒字が国内へ還流しない問題が解決するわけではない、という点も強調したいところです。無理に日銀の独立性に介入し、株式市場に混乱を持ち込んだ割に円高が進まないという最悪のパターンもあり得ます。

新総裁・新首相は金融政策運営に言及しないという姿勢が、最終的には金融市場で好感されるのではないかと思います(そもそも普通は言及しないものですが)。

金融政策のレジームチェンジは無い
9月総裁選が終われば、その看板の新鮮味があるうちに解散総選挙の決断が下されるはずです。

そこまで見据えた時に、自民党内の政治力学を無視して言えば(筆者は政治素人ゆえ、その点はお許しください)、例えば「小泉新次郎首相、小林鷹之政調会長。幹事長に重鎮」と言ったような布陣が野党にとっては最も嫌がる組み合わせかもしれません。米国でハリス大統領誕生への期待が高まっていれば、日米トップが女性というムードの中、上川陽子首相や高市早苗首相を持ち上げる機運も生まれるやもしれません。

そういった人事が実現するかどうかは筆者には分からないですが、来たる総選挙において自民党が野党を打ち負かすための人事カードは少なくとも既存野党に比べれば多いように思えます。一方、首相である岸田氏が「政治とカネ」の不信感を意識して退くという経緯を踏まえると、党幹部(幹事長)であった茂木氏が留任するというシナリオに疑義を覚える世論はあるかもしれません。金融市場は直ぐにそういったことを言いがちです。

いずれにせよ政治がどうあれ、2012~13年の政権交代時に経験したようなドラスティックなレジームチェンジを期待した金融政策運営の大転換や、それに伴う市場変動を期待する筋書きは難しいでしょう。そもそも今の日本において、金融政策を調整しようとした場合、引き締め以外の選択肢があり得るのかというのが実情でしょう。しかし、それを争点にすれば8月初頭のような大混乱を招く恐れがあり、支持を取り付けるには良い手とは思えません。

片や、金融緩和を強いるという政治的な要請をすれば、再び円売りが癇癪を起こすでしょう(株高にはなるかもしれないが)。目下、金融政策運営は世間の関心も高そうであるため、政治的に争点化させたい思惑はあるかもしれませんが、それ自体が市場変動を伴うリスキーなアクションになる可能性もあり、積極的に総裁選や総選挙のテーマにするインセンティブは無いようにも思えます。せいぜい「過度な円安は生活者にとって負担」程度の情報発信は想定されるものの、それ自体は一般論でもあるため、日銀の手足を縛るようなことはないでしょう。

今回は乱文ですが、続報を待ちつつ、論点整理を進めたいと思います。

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