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「S字型スキリング」で自分の市場価値を激増させる

結局リスキリングとは何なのか?

「リスキリング」という言葉を最近よく聞くようになりました。平たく言うと、時代の変化で急に必要となったスキルを、必要な人全員に身につけてもらうこと、だと理解しています。「急に必要となったスキル」とは、これまであまりデジタル化が進んでなかった業界では、デバイスやソフトの操作などデジタル関係のスキルでしょう。

一方、はじめからデジタルのIT業界でも、リスキリングは重要な課題とされています。これまでの古い技術・知識を、AI(機械学習)時代の新しい技術・知識に置き換えてもらう必要があるのです。むしろ、このリスキリングという考え方は、ITの世界からでてきたものだったりします。

要は「トレーニング」や「研修」なのですが、なぜわざわざ「リスキリング」などとかしこまった言い方をするのでしょうか? それは、次の2つの点で、研修やトレーニング、学びなおし(リカレント教育)など、これまで唱えられてきたこととは大きく異なるからです。

1. 必要な人全員を対象に一斉に実施しなくてはならない
2. 全社戦略としての、経営トップのアクションである

経営トップがデジタルに本気に。それでもDXが進まない理由


まず1.ですが、これは、スキルの新陳代謝を促すのではなく、スキルの総入れ替えが必要だ、ということです。例えば、ビジネスの国際化をうけて英語の研修を実施するにしても、通常社員の大多数を英語スピーカーにすることは目指しません。大半の業務は日本語で行われ、英語が必要な業務は、今後増えてくるとはいえまだ一部であることが多いからです。一方で、社会のデジタル化はあまりに急速なので、順番に少しづつ、などと言っている余裕はありません。

そうした社会の急速なデジタル化に対応するために、当初必要だと考えられていたのは上位層の意識改革です。若手がデジタル化を訴えても、頭の硬い上位層がそれを受け入れない。一昔前はそんな企業もあったかもしれませんが、現在は大きくフェーズが変わっています。どこの業界でも、トップ企業の決算資料と経営計画を眺めて見ると、経営トップがDXを重視していない会社のほうが少ないと気付きます。デジタル化は、いよいよ待ったなしの課題になったのです。

ところが、DXはそれだけでは進まないことに社会は気づきました。船長(経営トップ)がDXという荒海に大きく舵を切る決断をしても、船や船員(従業員)に荒海をやりこなす能力がなければそちらには進めません。そこで、トップの全社戦略を実行するための手段として、経営トップが主導するかたちで、従業員のリスキリングが実施されるのです。この点でリスキリングは、人事部門が実施するトレーニングや、現場で用意されているOJTとは異なります。2.はまさにそういうことです。

リスキリングは「企業視点」。個人の市場価値を高めてはくれない

いったん会社から離れ、新しいことを学びなおして会社に戻る、という「リカレント教育」は、個人の自己開発を目的としています。それに対して、ここまで見てきてわかるとおり、リスキリングは人事方針ではなく全社戦略であり、その目的は会社のサバイバルなのです。

会社が時代にあったスキルを身に付けさせてくれるのですから、個人としてはありがたい話ではあります。しかし、私達が自分ならではのキャリアを築きたいと思ったり、自分の市場価値を上げたいと考えたとき、リスキリングはあまり役に立ちません。本来必要な人全員のスキルを総入れ替えしよう、というものなので、教育はある程度画一的にならざるをえないからです。

また、何より、そうして一度に大勢のスキルが底上げされると、一人ひとりの市場価値は高まりません。市場価値=給料の高さというのは、需要と供給の関係で決まるからです。多くの企業が求めているのに(需要が大きい)、担い手があまりいない(供給が少ない)仕事には、高い給料が約束されます。一方、リスキリングは需要に合わせて供給を一気に増やすためのものなので、そこには当然需要と供給のアンバランスは生まれないのです。

個人の市場価値を高めようと思うなら、特に周りと差をつけて大きく高めたいと考えるなら、そこには別の「個人としての」スキリング戦略が必要です。ここでは、そんな戦略の中で、私が「S字型スキリング」と読んでいる考え方をご紹介します。結論を急げば、それは、将来ニーズが高まると思われる分野のスキルを、はじめはあまり報われなくてもコツコツ磨き続けることで、ある時突然その価値が激増してその業界・職種で主力のスキルになるときに備える、という考え方です。そのために必要な戦略は以下の通りです。

1. 自分の業界や業種のメガトレンドを研究し時代の流れを読む
2. 生み出す価値のS字が、現在の主流と交差するであろうスキルを選び出す
3. しばらくは結果がでなくても、そこで粘ってスキルを磨く

これだけではよく解らないと思いますので、これから詳しく解説してきます。

試行錯誤が生み出す価値は、踊り場をへて爆発する

まずはじめに、Sカーブ理論というのをご紹介します。これはクレイトン・クリステンセン教授が明らかにした、企業のイノベーションはS字を描いて価値を発揮する、という法則です。イノベーションを起こしたい企業は色々な試行錯誤(イテレーション)を繰り返しますが、そんな積み重ねもはじめのうちはあまり価値を生み出しません。しかし、あるポイントから、イテレーションが生み出す価値は急激に高まり、しばらくするとまた踊り場をむかえて伸び幅が小さくなっていく、というのです。こんなイメージです。

線が2本になった以下のもう一つの図を見てください。大企業(ブルー)がこのSカーブの後半、高台の部分で色々と試行錯誤している間に、新興企業(オレンジ)は別の技術で試行錯誤(イテレーション)を始めます。最初は生み出す価値=売上が小規模なうえに、足踏みしているようでなかなか上がってもこないので、ブルーの大企業はオレンジの新興企業を気にもとめません。社内で誰かがオレンジと似たようなことをやりだしても、同じ理由でまったく評価されず、やがてその取り組みは潰されてしまいます。

そうこうしているうちに、オレンジの試行錯誤は覚醒の時をむかえ、爆発的に成長してあっという間にブルーを追い越してしまいます。このような理由で、時として予算にも人材にも恵まれた大企業が、いずれも持たない新興企業に追い抜かれる、というようなことが起こるのです。大手のテレビ局が予算をかけて作る番組が、いまや視聴者数ではトップYouTuberの動画に負けることもある、というのはその一例でしょう。

Sカーブ理論は個人の「非連続な」キャリアアップにも応用できる

このSカーブですが、個人でも思い当たるフシがないでしょうか。スポーツや楽器の練習をしていて、はじめは思うように上達しないのですが、それでもコツコツ続けているとある時期突然覚醒する、というあの経験です。スポーツのコーチや管理職をやっている方は、一生懸命指導してもなかなか変わらないな、と思っていた教え子やチームが、ある時ふと気づくと急成長していた、という経験をお持ちなのではないでしょうか。

このSカーブを利用して、先ほど見たオレンジの新興企業のように「自分の市場価値」を爆増させることを狙うのが、S字型スキリングです。例えば、パソコンインターネット全盛期のタイミングで、当時まだ小さかったモバイルインターネットの世界に飛び込んで実績を積んだ人たちは、その後から今に続くモバイル全盛時代に大活躍して、今では多くがインターネット業界のど真ん中で活躍しています。

現在大手広告代理店で若くして幹部の重責を担っている人には、「儲からない」とほとんど誰も見向きしなかった頃から、デジタルマーケティングの世界で試行錯誤を繰り返してきた先駆者が多いと感じます。このようなことは、スポーツや楽器よろしく個人のスキルがS字を描いて成長するのと同時に、モバイルインターネットやデジタルマーケティングといった業界・産業の成長もS字を描くことで実現します。

人材としての市場価値が高まると、引く手あまたで給料が高くなるだけではなく、より貴重な経験を積めるようにもなります。例えば、AI(機械学習)の分野にいち早く足を踏み入れていたエンジニアは、対価として給料に加えそれを希望すれば、AI部門の責任者として経営の一翼を任わせてもらえるかもしれません。そして、そこで積んだマネージメント経験や経営経験で、さらに自分の市場価値を高めることができるのです。

報われない時期にいかに粘り強く試行錯誤を続けるか

それでは、一体どうすればこのS字型のスキルアップが実現できるのでしょうか。ここで先ほど紹介した3つのポイントに、もう一度登場してもらいましょう。

1. 自分の業界や業種のメガトレンドを研究し時代の流れを読む
2. 生み出す価値のS字が、現在の主流と交差するであろうスキルを選び出す3. しばらくは結果がでなくても、そこで粘ってスキルを磨く

まず1.です。時代の流れを読む、と書くと難しそうですが、この先自分の業種や業界が向かっていくであろう大きな方向性は、それほど見解が別れるものでもありません。機械学習の進化、デジタル化、国際化、多様化、高齢化などがそれぞれの業界で今後さらに進んでいくことに、異論を唱える人はほとんどいないでしょう。流行り廃りのサイクルではなく、そのように確実な傾向であると識者の見解が一致しているものを選び出し、それらをメガトレンドと位置づけます。

そして、そうしたメガトレンドの中で、将来飛躍的に価値が高まるであろう、現在の自分の仕事に関連するスキルを見つけ出します。2.のパートです。例えば、今やっているのが人事の仕事であれば、ダイバーシティー(多様性)マネージメントの知識・経験は、今後飛躍的に価値が高まると予想できます。多様性を活かすための人事制度を開発したり、トレーニングを考え実施したり、現場のマネージャーの相談に乗ったりするスキルです。

そしてこれを身につける、と決めたら、そこで粘ってスキルを磨き続けます。難しいのはこの3.のポイントでしょう。というのも、多くの場合、しばらくはあまり報われない時期が続くからです。ダイバーシティーの重要性を否定する企業はほとんどないと思いますが、社会や株主に向けたポーズではなく、真に最優先課題として取り組むところは恐らくそう多くありません。すると、しばらくはあまり評価もされませんし、自分の仕事の価値を実感できる機会も多くないでしょう。

しかし、自分のスキルの習熟と、社会や業界の変化はあるとき一気に、覚醒したように訪れます。その時を信じてコツコツ試行錯誤を積み重ねるのです。こうしたS字型のキャリアアップを実現する人が珍しいのは、まさにここで試行錯誤を投げ出してしまう人が多いからではないでしょうか。

確かに、それが報われる保証はありません。しかし、私財を投じてビジネスを起こすのでもなければ、アテがはずれたときのリスクは限らえています。その間身につけたダイバーシティーマネージメントのスキルは、S字曲線こそ描かないにしても、右肩上がりに自分の市場価値を高めてくれているはずです。であれば、自身のキャリア戦略としてS字型スキリングに挑むことは、そう悪くない選択肢だと思いませんか?

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マーケターのように生きろ: 「あなたが必要だ」と言われ続ける人の思考と行動

<参考資料>
The Innovator's Dilemma
ベネッセ、リスキリングも赤ペン先生 教材や講師は自前
リスキリングとは-経済産業省


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