アフターコロナで待つ「世界経済の日本化」~ISバランスの観点から~
アフターコロナを考える
「アフターコロナで何が変わるか」という照会を頂くことが増えています。論点は多岐に亘りますが、筆者に対しては今後の経済・金融情勢がどのように変化していくのかという照会は多いです。政府の専門家会議が打ち上げた「新しい行動様式」という仰々しいフレーズが「もう世界は元には戻らないかも」という恐怖を余計に駆り立てるものだからでしょう。ちなみに、話はそれますが、経済主体に与える心理的な影響を踏まえれば、単なる感染症対策を行動様式と称するのは少々やり過ぎに感じます。
話を戻します。ビフォーコロナでは通商問題を軸に米中関係が悪化の一途を辿っていました。しかし、それが第一段階合意を契機に雪解けの兆候を探り始めたのが今年1月上中旬です。もう随分昔のことに思われますが、コロナショック直前は「米中貿易摩擦の解消」を弾みとして金融市場が盛り上がっていたのです。しかし、新型コロナウィルスの発生源を巡って米中は再び対立の度を強めており、今回のショックで世界が負った傷があまりにも深いことも合わせ見れば、再び米中関係は冬の時代に入るように思えてなりません。早速、トランプ米大統領はウィルス拡大を巡る中国の初動対応の不味さを理由として報復関税の意思を表明しています
「内部留保の蓄積」は正義だったのか
経済分析の立場から直感的に懸念されるのは「民間部門の消費・投資意欲は簡単に戻りそうにない」ということです。要は「お金はあまり使わない方が良い」という規範が強まっていくのではないかという懸念です。相手が目に見えない脅威であり「冬場になるとまた本格化するかも」という恐れが根強いことを考えると、ワクチンができるまでは経済活動がアクセルを踏むのは難しいはずであり、成長を駆動する消費・投資意欲はある程度抑制された状態が続くでしょう。
周知の通り、日本企業は長年、「内部留保を溜め込み過ぎ」と批判されてきました。一方、幾ら裁量的なマクロ経済政策を打ち込んでも賃金が伸びない現実に政府・日銀(というよりもアベノミクス)は苦慮してきました。その日本企業に根付く行動規範を如何にして政策的に変容させるのかが2012年以降の黒田日銀、いや安倍政権の命題だったと言えます。しかしながら、今回のコロナショックを経て、むしろ「それがあるから助かった」という成功体験に似たものが出来た可能性もあり、これまで目指してきた日本企業の行動変容は一段と難しくなった印象があります。
ISバランス上の「日本化」が世界レベルで進む
マクロ経済分析において動学的資源配分の要となるのは貯蓄・投資(IS)バランスと呼ばれる概念です。日本の「失われた20年」は民間部門(家計部門+企業部門)の貯蓄過剰を政府部門が借り入れる(貯蓄不足になる)という構図が定着してきました。金融危機後はユーロ圏でもこの兆候が強まり、それに伴って物価の趨勢が衰え、金利も成長率も緩やかにしか動かなくなりました。ISバランスで確認される「民間部門の消費・投資意欲の衰退」は日本化を診断する上での最も重要な動きの1つです。そうした動きがユーロ圏は元より世界レベルで潮流となり、世界経済の成長率が鈍化するというのがアフターコロナにおいて想像されるかなり確度の高い未来ではないかと筆者は考えています。
既に各国当局は未曽有の財政出動を行うことについて積極姿勢を示しており、全世界でその額は8兆ドル(IMF)にも上るとされています。ISバランスに照らせば、民間部門で消滅した消費・投資を8兆ドルでどれほど埋められるかが問われている局面です。リーマンショック後を超えるほどの財政出動規模を果たして民間部門の貯蓄だけで賄い切れるのかという論点が注目であり、それは(賄いきれないとの視点に立った上で)金利上昇懸念とリンクしてくるわけですが、昨今の中央銀行の動きを見る限り、「金利が上がれば買うだけ」でしょう。そのため金利上昇が持続し、それが実体経済を脅かす展開は可能性が低いと考えられます。
「中銀バランスシートの健全性」と「通貨の信認」というテーマ
とはいえ、そのような展開は中央銀行が金利上昇を防ぐべく「身代わり地蔵」になっただけでもあります。日本が抱える巨額の外貨準備は過去に行われた円売り・ドル買い介入の結果であり、この意味で円高の「身代わり地蔵」でした。同様に、今後は世界で膨らむ中銀のバランスシートが金利上昇の「身代わり地蔵」という風潮が強まっていくように思えます。
その場合、「中銀バランスシートの健全性」と「通貨の信認」もアフターコロナではテーマになるかもしれません。この点、筆者は「バランスシートの健全性」と「通貨の信認」は基本的にさほど強く繋がっていないと考える立場です。自国通貨高を止めるために多額の為替差損を被り、債務超過の疑いが強まったスイス国立銀行(SNB)の例もあります。1970年代にはドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)もマルク高によって外貨準備が減少し債務超過に陥っています。「通貨の信認」が強過ぎて債務超過に陥った例がある以上、中銀が多額の国債を買ったからと言ってそれが「バランスシートの健全性」を損ねる話になるとは限らないし、損ねたからと言って「通貨の信認」が棄損し、当該通貨の下落を想起させるとも限らないでしょう。
しかし、為替市場は直情的で移り気なものですから、その時々のテーマが流れを作るという認識は持っておいた方が良いでしょう。その際、恐らく最もターゲットになりやすいのは経済規模対比で中銀バランスシートが膨張している国の通貨というのが論理的な想定です。主要国で唯一GDPを超える規模を誇る日銀および日本円は槍玉に上がりやすいように思えます。可能性が高いとは思いませんが、本邦の為替市場参加者にとっては重要な論点として構えておきたいものです。