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日銀10月利上げの難易度は?

10月利上げの難易度は・・・
9月20日の日銀金融政策決定会合は無担保コール翌日物金利を0.25%に据え置くことを決定しました。7月公表の展望レポート通りに経済・金融情勢が推移し、会合時点での金融市場が安定していれば追加利上げが見込まれるという状況は依然変わっていませんが、27日に自民党総裁選の投開票を控えている状況で今回利上げに動くという見方はほぼ皆無でもありました。そもそも7月利上げも政治的意思に突き動かされたという疑義があったわけですから、現状維持は必然の読みでもありました:

当面の注目は10月31日会合で展望レポートを確認した上で追加利上げが行われるかどうかに移ります。1か月後も経済・金融情勢が現状と大差なければ問題なく利上げは決断されるというのがコンセンサスになりそうですが、その際には政治との距離感がどうしても問題にならざるを得ないでしょう。端的に言えば、発足したばかりの新政権が株安リスクを孕んだ利上げを容認できるのかという論点が浮上します。もっと言えば、解散総選挙が年内に控えていることも念頭に置く必要がありましょう。

植田体制のミッションは金融政策の正常化であり、具体的には次回のショックを念頭に置いた利下げの糊代を確保することが求められていると思います。しかし、民意がそれを評価し、政治的な得点になるわけではないため(むしろ失点になる可能性が高いため)、10月末という時期は実はかなり難易度が高いという見方もできるように思います。少なくとも7月利上げ時、政権交代の話は無かったわけで、当時の文脈に沿った政策の読みをそのまま使うことにも危うさはあるはずです。

いくら政治的意思と金融政策運営に因果関係が無いと言っても、これまで折に触れて重要な意思決定の前後で政治の影がちらついてきたわけですから、その建前を額面通り受け止めるのはナイーブでもあります。

コンセンサス化する中立金利1%
総裁会見では自然利子率に関する質問が多く見られました。前回会合と今回会合の間には、自然利子率ないし中立金利というフレーズが巷で注目されたため、これも予想された展開です。8月28日には日銀から多角的レビューシリーズの一環としてワーキングペーパー「自然利子率の計測をめぐる近年の動向」が公表され、9月11日には田村日銀審議委員が中立金利の水準について「最低でも1%程度」との見方を示したことも話題になりました:

ワーキングペーパーでは、概して「▲1.0%~+0.5%」が足許の自然利子率イメージとして示され、インフレ率 2%を前提とした場合、中立金利(≒自然利子率+インフレ率)は「+1.0%~+2.5%」という試算が示されました。各種推計値の推移は以下の通りでした:

田村審議委員の「最低でも1%程度」という発言はペー パーが試算する通りの水準でもありました。しかし、これは中長期のインフレ率が2%で安定するとした場合の話でもあります。この点は重要な仮定です。

仮に、半分の1%程度まで鈍化してしまうのであれば(それとて過去30年弱の日本からすれば高めである)、話は大きく変わってきます。例えば、中長期のインフレ率が1%程度で安定するならば、「0%~+1.5%」が中立金利の試算ということになります。だとすれば、現在の0.25%は既に下限に到達したという姿という評価も可能になります。

もちろん、FRB以上に将来の利下げに対する糊代が重要な日本において「だからもう利上げするな」という主張も適切ではありません。しかし、巷説ではインフレ率2%を前提として利上げの終点としての「中立金利1%」がコンセンサスになっているようにも見受けられ、それを絶対視するような論調にはある程度、距離を取った方が良いように思います。

10月展望レポートと円高の関係性
公表文には前回の「展望レポート」で用いられた「過去と比べると、為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」との文言が挿入されています。周知の通り、7月時点では円安が物価見通しに対する上方リスクとして言及され、利上げに至りました。

だとすれば、ドル/円相場が7月の高値(162円付近)から▲13%程度(143円と仮定)も下落していることの影響は当然、今後の政策運営で斟酌される可能性があります。24年上期の日本経済は円安を一因とする実質所得環境の悪化を背景としてスタグフレーション的な様相を呈しました。その経緯を踏まえれば、円安修正で物価見通しの上方リスクが減じられるのであれば追加利上げの正当性は薄れるという考え方も可能です。この点、植田総裁会見でもやや示唆する部分があったようにも見えました:

現状、消費者物価指数はコアベース(除く生鮮食品)で前年同月比+2%を大幅に超えていますが、コアコアベース(除く酒類以外の食料・エネルギー)では+2%近辺まで低下しています(20日公表の8月分に関し、コアベースは同+2.8%、コアコアベースは同+2.0%):

コアベースが高いのは当然、円安と資源高を受けた輸入物価経由の影響が残っているためです。円安も資源高もピーク時からは顕著に調整が進んでいることを踏まえれば、10月展望レポートにおけるCPI見通しは下方修正される可能性もあるでしょう。多様な解釈が当然ありますが、市場では「追加利上げはあくまで7月展望レポートの内容に沿っていた場合」という読みが流布されているように見受けられ、会合が近づくに連れ円高(と原油安)が進むようなことがあれば、「もう利上げは不要」という予想が勢いづく可能性もあるでしょう。

正しいポリシーミックスに戻る現状
こうしたロジック付けは為替相場が金融政策運営において最も重要な説明変数と見なされている状況を日銀自身が認めることになるわけですが、そもそも国内物価と為替レートはコインの裏表です。CPIに象徴される一般物価指標は対内価値を、ドル/円相場に象徴される為替相場は対外価値を示しています。前者は金融政策(日銀)、後者は通貨政策(財務省)の領分となっているため、別個のものとして議論されるケースがまま見られますが、本来両者の方向感は一致している必要があります。

少なくとも「超低金利を続けながら、円安抑止のために円買い為替介入を行う」という近年の構図は金融政策と通貨政策の方向感が矛盾しており、理論的には持続可能性が無いものでした。実際、今の金融政策の置かれた状況は「円安修正を所望する通貨政策(政治)の方向感に遅ればせながら収斂しつつある」というのが正確な表現でしょう。正しいポリシーミックスへの修正が今春以降、進んでいるという見方もできます。

その意味で「140円台や130円台では円高とは言えない」という通貨・金融政策の解釈に則り、まだ利上げが続行される可能性はあります。しかし、公表文でわざわざ「為替の変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている」と宣言している以上、円高相場が強まるほど、これに従って政策金利の軌道も影響を受けやすいのも事実でしょう。10月に入ってからの相場つきを見極めないことには、日銀プレビューはかなり難しい情勢だと思います。少なくとも10月利上げを現段階で当然視するのは勇気が要ると思います。

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