日銀の政策変更にまつわるQ&A~5つの論点で理解~
日本銀行は12月19~20日に開催された金融政策決定会合でイールドカーブ・コントロール(YCC)の柔軟化に踏み切りました。その事実自体は大々的に報じられつつも、もはや黒田体制の政策運営は増築に増築を重ねて複雑怪奇な作りになっておりますので簡便な解説がまずは必要な状況と見受けられます。なお、端的には以下の報道で良いでしょう:
Q1:日銀は「利上げ」をしたのか?
まず、今回の動きを「利上げ」と報じる向きが支配的ですが、どこか歯切れの悪さが残るのも事実です。これまで通り10年債利回りに関する「0%」の誘導目標は維持されるものの、今回の決定でその「0%」からの許容変動幅が従前の「±0.25%程度」から「±0.5%程度」へと拡大されることになりました。つまり、上下1%ポイント動けるようになるわけですが、YCC以前から日本国債の10年利回りはその程度しか動かないものであったので、YCCは実質的に終了したとみることもできます。
今回の政策決定にまつわる大義名分はあくまで「より円滑にイールドカーブ全体の形成を促し、金融緩和の持続性を高めること」であるため、「利上げではない(黒田日銀総裁)」とされています。しかし、円安・物価高が懸念され始めた今春以降、黒田総裁は+0.25%を超える金利上昇は「実体経済に悪影響を与える利上げ」であるかのような説明に終始してきた経緯があります。ゆえに、どのような方便を使っても今回の措置が事実上の利上げであることは否定が難しく、だからこそ為替市場では円買いが加速しました:
10年債利回りの「0%」目標が維持されているのだから利上げではないというのは大本営発表そのものであり、従前説明との整合性を重視するならばこれはやはり利上げであり、識者によっては日銀のPivot(政策転換)と言われても致し方ないでしょう。それほどまでに0.25%の上限突破は極悪であるかのように説明されてきました。
Q2:なぜ今なのか?
なぜ、この時期に固辞してきたYCC修正(≒緩和修正)に踏み切ったのかは諸説あります。ここでは大別して3つの点を指摘したいところです。それは①海外勢が休暇に入っていること、②円安が落ち着いていること、③次期体制の露払いをしておく必要があったことです。このうち①については想像に難くないところです。クリスマス休暇前後で海外市場参加者が少ない時期ならば投機の思惑に振らされにくく、政策変更に伴う急変動も抑制できるというメリットは確かにあったように思えます。
その上で重要な視点として②は考えられます。「円安が落ち着いていることがなぜ緩和修正に繋がるのか」と疑問を持たれるかもしれません。しかし、日銀には「円安が懸念されている時に緩和を修正すればペイントレードを誘発しかねない」という葛藤があったはずです。ドル/円相場が連日最高値を更新する状況で緩和修正に踏み切ればほぼ確実に「円安抑制のために日銀が動き出した」と指差されるでしょう。例えば円安相場が始まった3月、今回決めたようなYCCの許容変動幅拡大を持ち出したとして円安は止まったでしょうか。3月時点ではFRBが+75bpの連続利上げに踏み切るというシナリオはなく、「利上げ幅は+25bpではなく+50bpが必要かもしれない」と言われていた頃です。インフレ率も加速していました。ECBにいたっては利上げ可能性すら否定されていた頃です。恐らく、あの騒乱の最中で変動幅拡大をしても一時的に円売りを抑制する効果にとどまり、持続性は期待できなかった可能性が高いように思えます。カードを出すたびに「次は何をしてくれるのか」という催促相場の下、次々と緩和修正を強いられ、挙句に望まぬ急な利上げまで引き出されていた可能性があります(白川体制が円高抑制に際して次々と緩和を強いられたことの逆バージョンです)。円安相場が小康を得ていたところに緩和修正を打ち込めば為替が争点になることを避けられます。為替市場に付きまとわれるのは中銀として非常に厄介であるため、この点は聡明な判断だったように思えます。
Q3:次期体制への配慮なのか?政府の意向もあったのか?
最後に③ですが、やはり次期体制への配慮という側面はあったのではないかと推測されます。今回の政策決定について政府の意向がどれくらい加味されていたのか、筆者には知る由もありません。しかし、10年債利回りの上限(0.25%)に拘泥する過程で日銀はひたすら市中の国債を買い入れることに尽くしました。結果、現在の国債保有比率は遂に50%を突破し、債券市場の機能が著しく棄損されるなど副作用が可視化され始めていました:
もっとも、市場機能の棄損は黒田体制の常態であり、今に始まったことではないですが、足許では「さらに悪化していた」という事実があります。そうした窮屈な政策環境をそのまま次期体制に引き継ぎたくないという発想があっても驚きではないでしょう。また、仮に来春以降、欧米のインフレ率が思ったほど減速しなければ、「海外金利上昇に伴う円安」が再び姿を見せる可能性があります。そうなった時のために政策の柔軟性をある程度確保しておきたいという胸中もあるでしょう。従前との論理矛盾を指摘されてもレームダック化している現体制であればそうした汚れ仕事にも手が付けやすいでしょう。しかも、今回は「緩和枠組みの柔軟化であって引き締めではない」という建付けです。ぎりぎり日銀Pivotであることを否定できるので黒田総裁の体面も一応保たれるでしょう。
Q4:次期体制の「本当の利上げ」への布石と考えて良いか?
今回の政策決定を来春発足の次期体制が本当の意味で利上げをするための、つまりマイナス金利を解除するための布石なのかという照会はやはり多く見られます。当然の発想です。しかし、一足飛びにそのような展開にはならないと考えます。
繰り返しになりますが、今回の政策決定はあくまで日銀Pivotではなく、現行枠組みの微修正という位置づけにとどまっています。だから、これまでの展開されてきた政策について効果や副作用を総括する説明義務はありません。しかし、もしマイナス金利の解除(そして恐らくは必然的にYCCの廃棄)を決断するならば、過去10年の総括は必要になるはずです。
13年4月、できるだけ早期に2%を達成すべく量的・質的金融緩和に踏み切り、それには「異次元」という形容詞までつけられました。その上で2016年にはマイナス金利導入を経て、YCC導入時には総括的検証を実施するなどして「量」から「金利」への転換も図られています。次期体制がYCC廃棄や利上げに踏み切るとしても、過去10年に及ぶ現行枠組みに対して総括的検証(に類似した行為)が行われるのが筋でしょう。それが2023年4月、唐突に起きるとは考えにくく、ゆっくりと時間をかけてそのタイミングが模索されると予想します。
Q5:政府・日銀の共同声明も修正されるのか?
日銀が引き締め方向に姿勢を転換するとして、断続的に話題となるのが現行の緩和策の裏付けとも言われる政府・日銀の共同声明の取り扱いです:
現状の報道などを見ていると「引き締めには政府とすり合わせの上で共同声明の修正が必要」といった解釈が流布されているように見受けられます。しかし、政府・日銀の共同声明は白川体制の産物であって黒田体制の産物ではありません。黒田体制や次期体制が引き締め(日銀Pivot)を検討するために必ず共同声明の修正が必要という話でもないでしょう。
そもそも共同声明に記載されていること自体は「デフレ脱却と持続的な経済成長の実現のための政策連携」であって、日銀の挙動を具体的に縛るものでもありません。むしろ、「緩和修正には声明文修正が必要」という前例を作ること自体が今後の日銀の政策運営やこれをウォッチする市場参加者との関係に照らして健全とは言いにくいはずである。表立って中銀の独立性が否定されているような状況は避けるべきであり、恐らく日銀としても政府としても「共同声明の修正可否」と「金融政策の修正可否」がリンクされることは望んでいないように思います。共同声明を現在の形で残しつつ、日銀が総括的検証を行い、能動的に緩和を修正すること自体、さほど無理な話ではないと考えます。
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