現実と虚構の境界線、そして組織内の分断

デジタル技術の進化は、私たちの現実認識に大きな影響をもたらしています。SNSやメディアが生み出すエコーチェンバー現象は、個人の認識をどう変えているのか。また、同様の現象は組織内でも起こっており、そこではどのようなダイナミクスを生み出しているのでしょうか?


エコーチェンバーとその社会的影響

エコーチェンバーは、デジタルメディア上で同じ思想や信条を持つ人々が集まり、異なる意見を排除する現象です。この自己選択的な情報のフィルタリングは、社会全体の分断を促進し、共通の理解を見つけることを困難にしています。

また、その選択される情報が、デマ・虚偽・捏造されたものであることもニュースとして取り上げられることが増えてきました。

現実と虚構の境界の曖昧化

デジタル技術の進歩は、現実と虚構の境界をますます曖昧にしています。SNS上での理想化された自己表現は、現実の生活とどのように異なるのでしょうか。これは、個人の自己認識に影響を与え、現実の歪みを生み出しています。

自撮りの補正は普及し、架空の自己がデジタル上でのアイデンティティとなりつつあります。オンラインに限定された関わりでは、それが事実かどうかを確かめることもないままに、真実として像を結び、関係性が紡ぎ上げられていきます。

これには、良い面もあります。物理空間の制約を超えた、もしくは無視した社会関係の構築手段として、大きな可能性をもたらす場合もあります。

しかし、それが、価値の排他性を生むエコーチェンバーと結びつくと厄介です。

組織内のフィクションと人的求心力

人はフィクションを共有することで発展してきた、という、考えは、ここ数年頻繁に耳にするようになりました。共通のビジョンが組織にとっても大切である、とする考えも、ここに根を見出すことができそうです。

未来は常にフィクションであり、それをノンフィクションにする行為が、現実の営みです。事業で言うなら、計画はフィクションで、業務執行がノンフィクション化の営みです。

フィクションを共有できないのであれば、営みは非協力的なものとなり、組織内に分断が生まれ、いずれは崩壊するでしょう。

なぜなら、組織内でのフィクションの共有が欠如することで、人的な求心力に依存することになるからです。それによって、組織を維持することに頼るからです。

しかし、人的求心力は、複数の核となる人が見出され、その核となる人同士の差異や対立により、派閥を生みます。これが、組織の分断そのものに繋がるリスクがあります。

分断を乗り越えるための戦略

空中戦だの綺麗事だのと揶揄されることもありますが、やはり共通のフィクション形成は重要だと思うのです。求心力は、人ではなく、未来像にこそ具備されるものではないでしょうか。目指す未来像自体に求心力があれば、常に、その未来に向かって動き続ける同士を繋げることができます。人が入れ替わっても、その構造自体は変わることがありません。

一方、求心力を持った人に依存することで、リスクが生じます。あの人と一緒に働きたい。人望ある人が、目の前にいる、現実的な力です。そして、それは、求心力を持った人を陶酔させるものでもあり、周囲からも強化されていく構造です。その構造に依存することで、その人が抜けたときに、人が動くリスクが生じます。

社会も組織も、未来像を共有するところから、そこに向かって歩む現実の一歩が始まるのだと思います。情報の取り扱いと組織内の共通ビジョンの重要性は、これからの時代を生き抜くための鍵だと思うのです。

これらの課題にどのように取り組み、共通の未来を築いていくことができるのでしょう。個々人が持つ影響力と、組織全体としての一体感のバランスを見つけ、共通の理解と目標に向かうことの重要性を認識しつつ、その実現の難しさも感じ、挑戦するための気持ちを新たに持ちたいをと思います。

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