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値上げが示す、日本の進むべき道:豊かな地産地消

今月半ばにビジネススクールの同窓会で訪れたボストンでは、食事からガソリンまで、現地の価格高騰に驚かされた。さらに円安の折、円換算するたびに軽いめまいを感じていたため、帰路の成田から東京駅までのバスが1,300円という良心的な運賃に、しみじみ帰国したありがたみを感じた。

とはいえ、国内でも4月の消費者物価指数が7年ぶりに2%を上回る上昇率を記録し、食品やエネルギー価格を中心にじわりと値上げが体感されている。値上げの背景を振り返ると、いまを転換点として、値上げ基調が続く可能性が高いと思われる。

まず、大きな流れをおさえよう。中央銀行による低金利政策が続き、「イージーマネー」が世界を覆ったのが2010年代以降の特徴だ。アベノミクスが示すように、日本も例外ではない。

肥大化したマネーは金融商品の投資に回り、ハイテク企業株価や住宅価格、最近では仮想通貨を含めたアセットバブルを引き起こしながらも、長らく物価の過度な値上げ・インフレーションにはつながってこなかった。日銀黒田総裁の掛け声もむなしく、日本ではデフレが続いた。

ところが、ここに至って、コロナ危機がサプライチェーンの混乱を引き起こした上に、ウクライナ情勢が追い打ちをかける形で、食糧・エネルギー危機を招いた。折しもアメリカでは、バイデン政権がコロナ危機救済のために庶民のポケットに現金を配ったところだ。

とうとう、たまったイージーマネーのマグマが、一気に物価上昇という形で噴火するに至ったわけだ。値上げの幅が小さいとはいえ、日本の事情も、基本的には同様に理解できる。

一方で、株式や不動産に代表されるアセットバブルはというと、急激な利上げを受けて、既にはじける気配がある。物価が上がる上、含み資産の減少が追い打ちをかけ、消費意欲が減退すると、景気後退に入るリスクが高まる。

今回の値上げが、パンデミックやウクライナ情勢などサプライサイドの混乱をきっかけにされることは確かだ。しかし、その背景には大きなインフレ気運があったことから、収拾には長期を要すると考える。

また今後、次のパンデミックや地政学的衝突に備えて、これまで低コストを求めて自由奔放に伸ばしてきたグローバルなサプライチェーンが見直される可能性が高い。どの国も当然のように自国を守ることを優先するからだ。企業に対する政府の介入は高まるだろう。

その一方で、パンデミック以前から環境や人権を重視する考え方が主流になることで、サプライチェーンをより短く、地産地消に近づけようという傾向も強まっている。

すなわち、2つの違う文脈—自国の安全優先とサステナビリティ重視―が、サプライチェーン短縮という同じ結論にたどり着くことになる。

このようにサプライチェーンの組み立て方がコスト最重視から強靭性(レジリエンス)や環境重視に変わることにより、調達コストは上がらざるを得ない。企業努力で吸収できる分は限られているから、一部のコスト増が価格に転嫁される。ゆえに、この大きな転換期を超えるまで、値上げは幅広い範囲で続くと考えられる。

問題は、この先にある日本社会の将来像だ。長引く値上げが端的に示唆する世界の転換期—グローバリゼーションの反転—を踏まえ、日本が豊かな地産地消を築けるかどうか? 私たちはまさにその岐路に立つと考える。

日本はグローバリゼーションの恩恵を受け、戦後、輸出により経済成長した国だ。その裏で輸入大国でもあり、エネルギーや食糧の自給率が著しく低い。コロナ危機であらわになった医療システムの脆弱性を補うことはもちろん、グリーンエネルギーへの投資や農業政策の見直しが政府の急務アジェンダとなる。

では、もし豊かな地産地消が築けなかったら? 値上げの行き先は、コスト高な輸入を受け入れられるごく一部の富裕層のみが変わらず先進的な生活を営めるものの、それ以外の庶民にとっては、ほとんどのものが手に届かない「ぜいたく品」となってしまうかもしれない。すなわち、今よりも生活の質がかなり下がる発展途上国のような状態になることも十分に考えられる。

「良い危機を無駄にするな」という格言が示すとおり、値上げが示す歴史の転換点をとらえ、新しい日本の将来像を描く段階にある。

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