バトンでつなぐやさしい時間
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バトンでつなぐやさしい時間

先日公園を散歩していたら、梅の蕾が膨らんでいました。じっと寒さに耐えながら開くのを今か今かと待っているようです。まだ寒い日が続きますが春の足音が聞こえてきました。今回は日経COMEMOのテーマ企画「やさしい時間」について書くと同時に、皆さんに「やさしい時間」をプレゼントします。読み終わったときに少しだけ皆さんの気持ちが温かくなっていると嬉しく思います。

母のこと

生い立ちについては話さない。ずいぶん前からそう決めていました。生まれ育った場所は、かつては日本最大の炭鉱町といわれた筑豊です。福岡の人なら聞いただけでわかるブルーワーカーと生活保護者が多い荒れた街。それが筑豊に対して地元の人々が抱くイメージです。大学で出身地を聞かれると、恥ずかしくて口籠りながら答えていました。


大学といえば母は大学を出ていません。小さな縫製工場に勤めていました。(正確にいうと定年まで勤め上げました)当時は小さな街までは、まだ週休2日制は普及しておらず、土曜日も半日は働いていました。お盆と年始年末は休んでいましたが、冠婚葬祭以外は有給も取っていませんでした。食洗機や全自動洗濯機など家事を効率化する便利な電化製品もなく、家事代行などのサービスも皆無の時代。文字通り母は仕事と子育てに明け暮れた毎日だったと思います。
うちは家計が苦しいらしい、そう気づいたのはもう少し先でした。当時は父の給料が低く母が家計を支えていたようです。

これまでのキャリアを通して女性支援・LGBTなどダイバーシティ問題、非正規社員のキャリア形成・育成に積極的に取り組んできました。
コロナなどの外的環境を受けて労働市場から退出してしまう人。非自発的な理由で就労できない、あるいはチャンスに恵まれない不安定な立場の人。意欲があって努力をしている誰もが自分の強みを生かしていきいきと働ける社会を目指し、自分がやれることをやる。そう決めたのは母の影響があったと思います。

母が仕事から帰って作るのは短時間でパッとできる料理ばかりでした。グラタンとかハンバーグなどの手が込んだ料理が食卓に並んだ記憶はありません。たまにはおしゃれな洋食を食べたいなと内心思いながらも口には出せませんでした。
自分たちのために懸命に働くその背中を見ながら、母を悲しませてはいけない、心配をかけてはいけない。幼いときから私と弟の間には暗黙のルールがありました。
娯楽のない田舎だったので(もちろんお金も)日曜日に大好きな洋画(ヨーロッパ映画を好んでいました)を見るのが母のささやかな楽しみでした。リタイアしてから、好きな映画の舞台になったイタリアを一緒に回りました。うれしそうな母の姿が今も目に焼きついています。

「女が一人で食べていくにはちゃんと大学を出て、いい仕事見つけんといかんね」

いつも口癖のようにいっていたのは、学歴がなく苦労した自分の経験からくるものだったようです。
楽観的でいつも明るく、逆境でも決して弱音をはかない「川筋気質」の母でした。

小学一年生の時のことです。その頃、本好きな私は偉人の伝記に熱中していました。本を通して「人はいつか死ぬ」という概念を理解するようになり、ある晩寝る前に母に打ち明けました。「すごい人でもいつかは死ぬんやね。死ぬことを考えると怖くてたまらん」
母は大声で笑いながらこういいました。「そんな先のことを今から考えて心配するのはバカらしいが。明日は誰と何して遊ぼうかを考えるほうがよっぽど楽しいやろ」幼い私はそれはそうだなとすぐに納得して布団をかぶりました。
未来に起きることを今から心配して不安になるよりも明日の楽しみを考える。母からから学んだことはたくさんありますが、このやり取りは今でも鮮明に覚えています。

「けそけそ」していた子供時代

「けそけそする」という古い博多弁があります。そわそわ落ち着きがない、集中力に欠けているという意味です。「あんたはいっつもけそけそしとるけん、やりそこねる(失敗する)とよ」と大人たちからよく言われました。今考えると発達障害(ADHD)だと思うのですが、当時はそんな言葉もありません。忘れ物をする、物をなくす、やりたいことはよく考えないですぐに行動に移す。その度合いが深刻で(この部分はあまり成長しておらず周囲にご迷惑をおかけしています)扱いにくく、難しい子どもでした。授業中に蝶々が飛んでいると勝手に屋外に出てしまう、アリの行列を見つけたら登校途中でも眺め続ける、先生の話を聞かないで空想にふける。
通知表には「けそけそして落ち着きがない」とお約束のように書かれており、先生からは問題児だとみなされていました。そのせいか、いつも自分に自信がなくて他の子と違う自分は欠陥人間なんだと大人になるまでずっと思っていました。
父は躾に厳しい人でよく叱られました。母は私を理解してくれました。この子はこうなんだと受け止めていたのでしょう、叱られることはほとんどありませんでした。勉強しなさいと言われたこともありません。とりたてて褒めもしなければ、叱りもしない。やりたいことがあるなら気が済むまでやればよか、ほどよい感じで放置されていました。

不安な春と母の草もち

そんな暗黒の子ども時代だったわけですが、春になると私の「けそけそ度合い」がさらに悪化しました。
中学に入って渡辺淳一の「四月の風見鶏」を読んでなるほどそうなのかと腹落ちしたのですが、春になると環境が一新して周囲に溶け込めないで落ち着かない人がいるそうです。私も新しいクラスメートや先生になじめない子どもでした。今でもなんとなくその感覚が残っていて春になると心がざわざわしてしまいます。
唯一の楽しみは、春になると母が作ってくれた草もち(ヨモギ餅)です。甘いものが苦手な私も、母のお手製草もちは大好きでした。草もちを作るからヨモギを取りにいこう、早く行かんと「つくし」が苦くなるばい、そういっては連れだされました。手作りの草もちはお店で売っているものとは異なり、つんとヨモギ独特の香りがします。草もちは手間がかかります。あずきを一晩寝かせる、ヨモギを茹ですり鉢で細かくする、団子粉とまぜてよく練る、蒸し器で蒸す・・新鮮なヨモギを見つけるところから、お餅ができあがるまで数時間。
料理を簡単にすませる忙しい母が時間をかけてわざわざ作ってくれたのは「けそけそした」私を集中させ、気持ちを落ち着かせるためだったのではないだろうか。
大人になってそんなことを思うようになりました。成長して母と一緒にヨモギを取りにいくことがなくなっても、春になると母は忘れずに草もちをつくってくれました。

大学卒業後、上京するために福岡を発つ日にも持たせてくれました。東京での生活、仕事、人間関係に慣れず落ち込んで帰宅すると、時々母から宅配が届いていました。箱を開けると野菜やお米、草もち、マルタイラーメンなど私の好物ばかり。故郷の味は懐かしくて胸が熱くなりました。

よもぎ餅

そんな母は二年前に他界しました。四回の脳梗塞を克服しリハビリで復活した母は今回も必ず元気になると信じていました。けれど奇跡はおきませんでした。どうしようもなく悲しいときに人は涙がでない。むしろ心を閉ざしてしまうことがあるのだとその時に知りました。

やさしい時間をつなげる

「他人を満たすためには自分の心がまず満たされていなくてはいけない」「ストレスを乗り越えるために自分を大切にしよう」「ハッピーになるために前向きでいよう」書店に並ぶ本やSNSにはそんな言葉が並んでいます。「自分を満たす」「自分を大切にする」と頭ではわかっていてもピンときませんでした。(エビデンスや理論があるの?と疑ってしまうからかもしれません)

母を亡くしてしばらくの間は放心状態で眠れない日もありました。買物をする、整体に行く、散歩する、瞑想する、アロマを焚く、運動する。何をやってもあまり効果を感じられず、子供のころのように「けそけそ」して集中できない状態でした。「満たされた状態」になれないのです。
そのうちにコロナが広まり、非常事態宣言により自宅で過ごす時間が長くなりました。自宅にこもることはもともと苦ではなかったのですが、一方で母のことを思い出して落ち込むことが増えました。母と一緒に過ごしたあの時間は戻ってこない、なぜもっと大切にしなかったのだろうか。母がいない実感がわいてきて、床に座りこんでしまうこともありました。


そんな時、急に草もちが食べたくなって母がつくっていた方法を思い出しながら作ってみました。息子と一緒に食べながら母との思い出や私の子供時代のエピソードを伝えました。不思議と気持ちが柔らかくなるのがわかりました。ひょっとするとこれかな・・その時わかったのです。誰にでも特別な食べ物とそれにまつわる大切な人とのストーリーがあるはず。
目を閉じて胸に手を当てその光景を思い浮かべると心が温かくなり、感謝の気持ちで満たされます。自分が満たされたら、周囲に思いやりがもてるようになります。こうやって「やさしい時間」を周りにつなげていけば、「人の温かさ」も一緒に伝播するのではないかと思うのです。(ちなみにこの方法は心理学的にも効果があることがわかっています)


具体的にはこんな感じです。

#やさしい時間をつなげる
①あなたのとっておきの食べ物と大切な人を思い浮かべる
②そのストーリーを誰かに共有する
③おなじ手順で相手の人にもストーリーを共有しもらう(全身全霊で耳を傾ける)
④やさしい時間を過ごせたことを感謝する

1 on 1で部下と何を話せば良いのかわからない。上司の皆さんからこのような相談をうけることが増えました。下の記事にもあるように、在宅勤務により、48.0%の人が「上司や部下を含む同僚とのコミュニケーションに支障がある」と感じています。テレワークで、部下や同僚の様子がわかりづらい、最近元気がないようだからケアをしたい。そんな時にはこの「やさしい時間」の対話を試してみてください。相手との距離が縮まるはずです。

とっておきの食べ物とそれにまつわる大切な人のストーリーを他の人と共有しあい、お互いに耳を傾けることですきまが埋まります。
人と人の信頼を深め、温かい関係を築く対話のメソッドを案出する。これを今年私が新しくつくる「やさしい時間」にしようと思います。私のストーリーを最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
もし共感してくださったら、ぜひ次の方に「やさしい時間」のバトンをつなげてみてください。

名称未設定のデザイン

#日経COMEMO #やさしい時間








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(株)Funleash代表取締役、アカデミア学長。人事ソートリーダー。Linkedin認定インフルエンサー。「2020インフルエンサーオブザイヤーTOP10」複数の外資系企業で人事責任者として変革を実行。人と組織の可能性を引き出す変革の外部支援。講演、執筆など幅広く活動中。