"GIVE&GIVE、たとえ綺麗ごとでも僕は与え続けてみたい" #世界難民の日2023 のとある友人の話
初めまして。
オンライン書店・Chaptersという小さなサービスを運営している森本萌乃と申します。会社は5年目、サービスは3年目に突入し、この夏は新たな企画仕込みの準備のため、パリからワーケーションをしています。
今日、6月20日は国連が制定した世界難民の日です。
パリでは"Refugee Food Festival 2023"といった催し物が開催され、難民のシェフに10日間厨房を渡して彼らの料理を楽しめるなど、さまざまな取り組みを見かけます。
日本はどうかと思い「難民」「世界難民の日2023」で検索をかけたところ、6月20日に配信された難民関連の日経ニュースといえばこれくらいでしょうか。
ウクライナ洪水で500万ドルの支援決定
私自身も、6月20日の世界難民の日に想いを馳せたのは33年間生きてきて今年が初めてのことです。
普段日本人として日本の居心地の良さの中に身を置くとどうしても忘れてしまうダイバーシティやアイデンティティの課題ですが、今年偶然パリにいてひとたび自分がマイノリティになることで、いつも以上によく見えることありこの日を身近に感じたのだと思います。
そしてもう一つ、私が世界難民の日に思いを寄せるようになったきっかけが、一般社団法人Robo co-opの活動です。
Robo co-opは、難民にエンジニアリングのスキル習得機会を提供することで彼らに就業や仕事を斡旋する支援団体です。仕事を中心にコミュニティ形成にも力を入れており、学び合い・稼ぎ合い・教え合いの精神でこの活動を広めようと立ち上がりました。
私がRobo co-opを知ったのは、代表の金氏と長きにわたり友人関係にあったことが始まりです。
彼と初めて出会ったのはたしか2015年、彼は会社員としてコンサルタント業務に日々追われている印象でしたが、お酒が入り議論が弾むと「自分の難民というアイデンティティと原体験を活用して、同じ境遇の人を助けるんだ」と熱っぽく話していました。
その数年後に会った時もまた、「難民が仕事に就くためには場所にとらわれない仕事が必要で、エンジニアリングのスキルが鍵になるんだ」と熱弁しており、それからまた次に会った時も「コミュニティの力を使う」とかなんとか。
当時の私には彼のやりたいことが全く分からず、また私自身も創業期で必死だったので、難しいことを言ってるなあという印象で止まっていました。
私の会社の始まりは、一人きりで準備をしてひっそりと起業をしたので、宣言した人が実際に行動に移すかどうかはいつも懐疑的です。「やりたい」と「やってる」の間にはものすごく広い乖離があると思っているからです。やる人は人知れずやるし、やらない人はいつまで経っても体を動かしません。
だからでしょうか、金氏が会社を辞めたことには本当に驚きました。
私は一人の友人として彼の人生や思考を途切れ途切れで見てきましたが、彼の頭の中では全てが繋がっていたのだなとその時思い知った気がします。
彼がRobo co-opを立ち上げてからも私たちの断片的なキャッチアップは続いていましたが、先日久しぶりに彼と会話をした時、当時から言い続けていた断片的な話が大きなストーリーとしてまとまり、そして実現し始めていることを周回遅れで私もやっと感じることができました。
出会った時から同じことを言い続けている彼の首尾一貫した姿勢や思いは、今少しずつ輪を広げています。
事実、Robo co-opは多くのボランティアの社会人や学生で運営が成り立っていますし、難民の方々がいろんな国からオンラインで参加する打ち合わせも、顔や境遇は多種多様なのに謎の一体感や安心感があったり。
何より私が巻き込まれてみたくなったのがびっくり、ただでさえ時間もお金もない起業家が、次に始めたのはボランティアでした(笑)。
そんな彼の言葉をぜひここでシェアさせてください。
私は添削こそしましたが、数分で書き上がり出てきた彼の言葉が持つエネルギーには嫉妬しました。
毎日毎日同じことを繰り返し思っているからこそ、こんなに早く、頭の中をそのままで書けるのでしょう。もしよければぜひ読んで下さい。
以下、Robo co-op 金氏の代表挨拶より抜粋
彼の代表挨拶が最近ではあまりに鮮烈だったので、このことについて書きましたが、GIVERという言葉や思考は、もう少し打算的でキャピタリストの私自身が大切にすることとは少し違います。
けれど、わけの分からない(笑)ことを言い続けて人を巻き込む彼の姿勢はまさに大切にすることの一つです。
日本では最近、国内の財政逼迫を蔑ろにした岸田政権のばらまき外交が度々議論を呼び起こしています。今回冒頭で取り上げた岸田政権のニュースもまた、GIVE&GIVEといえばそういうことになるのでしょうか…?
今回は、日本の政策の良し悪しを問うということではないのでこの辺で。
同じことを訴え続ける友人の言葉に突き動かされ、世界難民の日を少しだけ身近に感じられたというお話でした。