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1年がかりでMOpsなチームに変わったので、やったこと・気付いたことを書く

企業活動や社会全体のデジタル化に伴い、専門人材の不足が深刻になっている。デジタル人材は現状で100万人程度といわれるものの、政府は26年度までに230万人が不足すると見込む。230万人の不足は日本の労働人口6800万人を土台とし、最低限のデジタルスキルを広げていくためにいくつかの仮説に基づき推計した。

今年40歳を迎える筆者が対外的にどう見えているのか、たまにキャリアに関する相談を頂きます。が、毎回「オレに聞くな」と返します。なぜなら、筆者が抱える最大のコンプレックスは「キャリア」だからです。

部署移動が多かったのと、転職活動も職種・業界に拘っていないので、一貫性がありません。17年間の肩書を振り返ると、営業 ⇒ 開発 ⇒ データサイエンティスト ⇒ 経営企画 ⇒ R&D 兼 リサーチャー ⇒ マーケター ⇒ 事業開発 ⇒ マーケター ⇒ 現職(執行役員)…カタカナと伸ばし棒が多いのです。

マーケティングの書籍を刊行させて頂く度に「あいつは大学でマーケティングを学んでいない」「キャリアでずっとマーケティングをやっていたわけじゃない」と陰口を言われているらしく、その度に「わァ…ぁ…」と、ちいかわのように泣いています。

一方で、仕事に大きな責任と権利を持つようになると「開発経験があって良かった」「データサイエンス学んでて良かった」と感じる機会が増えるようになりました。特に、マーケティングの現場に立つと、デジタルやシステムの必要性とデータの重要性を痛感しています。

現職のグロースXでも約1年がかりでデジタルとデータを組み込んだオペレーション体制が構築できましたが、事前に考えていたよりも時間がかかってしまいました。大変でした。

現職の上司の西井敏恭さんにそのことを報告したら「それはMOpsって言うんだよ」と教えて貰い、さっそく概念と理論を調べてみました。本noteは、調べた記録メモで構成されています。


MOpsとは何か?

MOpsとは何か。「マーケティングオペレーションの教科書」に記載された定義は、以下のようになっています。

 欧米では「マーケット調査や施策結果の分析をしたうえで、マーケティング施策の企画をする」、「クリエイティブな発想を持ってコピーライティングや広告物を作成する」といった以前からある仕事と、「マーケティングの課題解決にクラウドシステムの仕様を理解し、最適なテクノロジーを導入する」、「収集されたビッグデータを分析し、レポート・ダッシュボードを構築する」といったデータやシステムの活用を推進する仕事は、同じマーケティング組織に属していても、別の部署でそれぞれ別のスキルを持った人材が専任しています。これらの仕事をマルチにこなせる人材など、ほとんど存在しないからです。
 
そして、このデータやシステムの活用を推進する仕事のことを「マーケティングオペレーション(Marketing Operations:略称MOps)」と呼んでいます。(略)マーケティング組織のデータやシステムの活用を推進するために、マーケティング活動の管理体制やプロセスの構築、そしてその運用を行う役割を指します。

「マーケティングオペレーションの教科書」より引用

マーケティング活動を効率的に行い、生産性(量&質)を高め、活動を数値化して改善を繰り返しROIを高めるために、デジタルやシステム、データを活用するのがMOpsである…と理解しています。

例えば「ウェビナー集客を通じてプロダクト訴求を行い商談機会を作ろう」と戦略が決まっても、ツールは何を使うの? 集客用LPは誰が作る? アンケートはどうする? 目標は何名集客? 何件の商談が見込める? と考えることや決めることが多数あります。これら戦術とオペレーションにデジタルを組み合わせるのがMOpsです。

その意味において、筆者はMOpsを「兵站(ロジスティクス)のデジタル化」だと捉えています。「必要なものを」「必要な時に」「必要な量を」「必要な場所に」補給することがロジスティクスの要諦であり、具体な手段に落とし込んでこそ、戦術と戦略は活きます。

余談ですが、ロバート・H・バロウ米海兵隊総司令官は「素人は戦略や戦術について語る。プロは戦場での兵站と持続可能性について語る」と指摘しました。差がつくのは兵站やねんで。

「マーケティングオペレーションの教科書」では、MOpsの役割を「マーケティングとITの架け橋」と定義しています。その意味では、これまでキャリアの中でデジタルやシステムといっさい関わりの無いマーケターがMOpsに配属されると、地獄のような環境に感じるかもしれません。

ちなみに冒頭の通り、デジタル人材は「現状で100万人程度」(職業(小分類)における「システムコンサルタント・設計者」「ソフトウェア作成者」「その他の情報処理・通信技術者」の合算)と言われており、日本の労働人口6800万人を土台とすると1.47%しかおらず、圧倒的に不足しています。

「デジタル人材の育成・確保に向けて」令和4年2月4日

とはいえ、MOpsで求められるデジタルとは「KPI設定と管理/運用のためのダッシュボード(複数の情報を一纏めにして表示したツール)作成と運用」「CRMやMAなどMarTechツールの選定と導入と運用」など、本格的にゴリゴリとコードを書くわけでもありません。

ただし、MAツールであればタグ管理に関する知識は必須ですし、そのためにはHTML/CSSは理解する必要があります。KPI設定のためには現状をモデル化する知識は必須ですし、そのためにはデータ理解・データ可視化は理解する必要があります。エンジニアリングまでは不要だけど、エンジニアと対等に会話できるぐらいの知識は必要…といった按配です。

この按配が保てないと「ツールを導入したが使いこなせていない」「データはあるはずだが使いこなせていない」といった焦りが経営層から出てくる状況に陥ります。

2023年1月にグロースXへ入社したタイミングがまさにそうです。良いサービスと良い市場に恵まれているのですが、マーケティングとデジタルやシステム、データがマリアージュ(調和)していなくて、線路で言えば脇線だらけの状態でした。

これは、誰が悪いとかでは無く、マリアージュできる人材がいないことが要因です。デジタルとシステムが分かっているマーケターなんてレアポケモンなのですが、マーケターにお願いせざるを得なかった…なんてベンチャーあるあるではないでしょうか。

両方こなせる人材はまずいない

こうした状況から、どうやってMOpsなチームに変化していったのか。いろいろ語りたいのですが、中でも大変だった「デジタルを活かしたKPI設定と管理」「ノーコードによる運用と改善」に関する活動をメモしておきます。


①デジタルを活かしたKPI設定と管理

ある特定の月や週における活動をトラッキングしたダッシュボードが無いと「状況が分からん」と言いたくなる気持ちも分かる…のですが、必要最低限の管理シートは取締役会報告用として管理職の手元にあります。それにSlackやメール、或いは稟議・支払実績を追えば、「大まか」に何があったかは追えるようになります。

つまり、どんな事業でも、解像度は荒いかもしれないが状況はボンヤリと分かるのです。逆に「状況が分からん」と言っている人は、数字と状況を理解するセンス無いな~と思います。

問題は、1月、2月、3月…と時系列に変化する顧客のデータに、KPIという補助線を引けていない点にあります

例えば、1月にリードをN件獲得できて、その後に何件の商談、何件の受注が生まれたのか。「大まか」から「詳細」にドリルダウンは出来ないので、当時のマーケティング施策と結果を知りたいのに、それが分からない。答えの出ない「箱の中身は何だろうな」をやっているような気分になります。

そこで、デジタル手段を活用したKPI管理には時間を割きました。

例えばウェビナー施策であれば、HubSpotを使って、LP流入からフォーム入力、申込、実際の視聴、アンケート回答者数、IS接触者数、商談作成件数を計測しています。別にSalesforceもSATORIも良いと思います。

実際に今使っているKPIシート

ちなみに、最初は視聴者数のみトラッキングされていました。もちろん、それで施策が回っている場面は良いのですが、それ以前/それ以降の顧客の状況が定義出来ていなかったために「もっと視聴者数は増やせないの? LPに何人くらい訪問して、何人くらい申し込んでくれたの? 全員が参加しているの?」が分かりませんでした。

KPIという補助線を引くのは、既にあるデータに意味を定義することで、定量か定性として記録に残すためにあります。

現状にKPIという補助線を引き、データ化していく

名も無いデータの集まりに「申込者数」と定義すれば、視聴者数に影響を与える「原因系データ」であり、フォーム入力者数の影響を受ける「結果系データ」であると分かります。

つまり、KPIとは何を知りたいかという「意思」なのです。

例えば、インサイドセールスの活動をダッシュボードで記録するのに「架電数」「着電数」「商談件数」のみに留まっているチームも中にはいるかもしれません。一方で「サービスに興味は持って頂けたの?」「その方と何回目の会話が出来たの?」と細かくKPIを設定しているチームもあります。

そうしたデータは、デジタルとシステムを使えば、目視で計算しなくても自動で集計されるようになります。

ただし、デジタルで実現すること、自分がやりたいことの折り合いはつけなければなりません。デジタルには制約が付きまとい、やりたいことが出来ない…ジレンマに悩む場面は少なくありません。

このバランスとるのが難しい

ウェビナーのKPIシートで言えば、Hubspotにアンケート回答結果は反映していません(出来るのかもしれないけれど)ので、別途手作業で集計しています。一部、やりたいことが出来ていませんが、「まずは手作業で良いから、KPIシートの完成を急ごう」と判断したんですね。

他にも、MOpsを進行するため「デジタルで出来ること/出来ないこと」の調査に、恐ろしいほどの時間を掛ける人もいます。ただし、ここまでMOpsが浸透すると、その進め方は弊害の方が多いと筆者は考えます。

もちろん、基本的には「手作業でやっていたことはデジタル化に任せる」べきなのですが、重要な個所であれば「デジタル化で実現しないなら見送り」だけど、別に…という箇所であれば「逆にKPIで見るのを止める」「引き続きそこだけ手作業」という判断が良いでしょう。

なぜなら、デジタルの進化に追いつくには「実際に手を動かす」「その流れに身を任せる」べきだから。基本的には「やる」に全振りすべきだと筆者は考えます。ChatGPTだって、四の五の言わずに「やり続ける人」が1番理解しているものです。

もう1つ、早くデータを貯めたい、という想いもあります。施策は走っている、データは生まれている、でも特定の箇所に蓄積されず散らばっている。そんな状況だと、ウェビナーを開催して「過去と比べて良いの?悪いの?」と聞かれても判断できません。

グロースXの場合、多少の制約と制限は「受けて立つ」ぐらいの想いでデジタル化を急ぎました。その結果、ある程度数値が蓄積されて、「プロダクトの解説を行うウェビナー」「マーケティングの第一人者をお呼びするウェビナー」で申込率は約20%、IS接触率は約50%、商談化率は約30%も変わると分かりました。(どっちがどっちかはさておき)

概略が掴めないと戦略も戦術も立たないので、「早くデータを貯める」ことは何よりも重要だ…と筆者は考えます。


②ノーコードによる運用と改善

1社目と3社目はエンジニア中心の組織だったのですが、プロダクトサイトとかタグ埋めとか、デジタルに関するマーケティング活動は後回しになり易い運命でした。社内発注関連の宿命です。

一方で、2社目と4社目はエンジニア不在の組織だったのですが、協力会社にアウトソースするための要求固めが超大変で、手戻りがよく発生しました。

筆者は手戻りを「鯉のぼり」と呼ぶのですが、「龍門の滝を登り切った鯉は龍になる」という伝説(これが登龍門の語源)にちなみ、要求定義にまで遡った手戻りを「龍が如く」と表現していました。桐生ちゃ~ん。

いずれにせよ、どう転んでも、エンジニアとの対話は不可欠です。一方で、対話せずとも自分の手かマーケ部内に完結して変更が出来るなら、それに越したことはありません。速度と工数が違います。

そこで、なるべくノーコードツールを導入し、開発はともかく運用フェーズではマーケティングチーム内で完結する体制を構築しました。グロースXの場合、運用業務は非エンジニア・非デザイナー体制になっています。(ただし、制作物を0から作るとか、非ノーコードLPを乗り換えるとかは引き続き協力体制を敷いています)

運用と開発

例えばLPの場合、ファーストビューのフレーズ変更や画像差し替え、事例追加、ABテスト実施など、公開後の変更は付き物です。ノーコードツールならUIベースで修正出来るので、着手から完成までの速度感が全然違います。

もちろん、LP変更後はKPIを設けて数値を計測し、良し悪しを判断して、再度の変更を行い、改善のサイクルを回します。ちなみにグロースXの場合、あるLPのCVRは1.40% ⇒ 2.41%まで高まりました。

ちなみに、筆者は「運用」を動きっぱなしで、「連続している状態」だと理解しています。

あらゆるものがデジタル化している昨今、マーケティング施策は「連続」している場合が多くなりました。広告は出稿し続けられる。商品はWEBサイトでいつでも確認し続けられる。そんな状況で何かを変えると、直ぐにKPIにも変化が現れます(そうじゃない時もたまにありますが)

連続しているから、修正されると変化が一瞬で分かる

つまり、「運用」と「改善」は表裏一体なのです。運用は、もっとも改善に適した環境である、とも言えます。先ほどCVRが1ポイント向上したと述べましたが、それも改善をアホほど繰り返して辿り着いた境地です。

ただし、改善と修正は違います。PDCAのサイクルを回して、数値を見ながら仮説を検証するのが改善です。とりあえず変えてみただけが修正です。

だいぶ昔ですが、仮説も無く「数字が悪いから、とりあえず変えよう」と言う上司がいて、本当に嫌いでした。それで、たまに数値が改善すると「松本君は"行き当たりばったり"って批判するけど、結果的に、"行き当たりバッチリ"やで!」と言うので、ほんまどうにかならんか…と思っていました。

もっとも、MOpsを始めたばかりのチームが、何も変更したことの無いLPに対して「仮説を持つ」ことの難易度は高いです。そこで、データが蓄積される基盤が多少整っているならPDCAならぬDCAPDCAを提唱しています。

まず修正(D)してみる。そして、数値の変化を見る(C)。すると、もしかして、これが影響しているんじゃない? この表示を変えると良くなるんじゃない?という仮説が出てくる(A)。その仮説が正しいか検証するために変更点を決める(P)。そして修正(D)してみる…。

このサイクルを回し続けると、データが蓄積され、自然に「運用」で改善が出来る状態になります。


③MOpsなチームの人材要件

MOpsの浸透で1番難しいのは採用です。業務委託で「テクノロジーは得意です」とおっしゃられていたけど、蓋を開けると「そんなこと無いやん!」みたいなツッコミの連続…みたいな話は少なくありません。グロースXの場合も、この人!って方が定着するまで10カ月探し続けていました。

MOpsなチームに必要な人材要件とは何か。

エンジニアリングまでは不要だけど、エンジニアと対等に会話できるぐらいの知識は必要と先述しましたが、それに加えて、ソフトウェアツールを「使いこなせる」ほどの知識と経験は必須だと考えます。

例えば、メタ広告の広告管理画面は実際に触れられるべきだし、Hubspotのメール配信画面は実際に操作できるべきです。かつ、オペレーションはミス無く実行できること。

その意味では、デジタルネイティブな20代の方がMOpsに向いていると思います。ChatGPTとか難なく触れる人。だから、もし、20代にもう1度戻れたとしても、開発経験は積みたいと思っています。

筆者は以前から、事業会社にデータ分析やマーケティングリサーチのノウハウを提供する副業を行っています。現場に出ると「データ分析やリサーチが分からないけど事業に精通している人」と「事業の解像度は荒いけどデータ分析やリサーチには精通している人」がおられます。ちなみに、どちらがスキルを高めるか? 2~3年の観測範囲で言えば、前者です。

データ分析やリサーチは、あくまで手段。結果を出すために事業(顧客)の解像度が高い人が手段を増やすと、手数が増えて、施策も増えます。

かつ、これが観測対象が1人なのですが、データ分析やリサーチのスキルは汎用性が高いので、(事業にある程度精通さえしていれば)年収をあげた転職も可能になります。

デジタル化は、止まりも戻りもしないでしょう。つまり、マーケティングの領域においても、時間軸の違いはあれど、「MOps化」は起こると分かっている約束された未来なのです。

いつデジタルの勉強するの? 今でしょ。というオチで締めさせていただきます。以上、お手数ですがよろしくお願いします。

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松本健太郎
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