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「枯れた技術の水平思考」を身に付けたいので約5000字でまとめました

日本の国際競争力は低下の一途だといわれる。創造性豊かな発想力のある人材が極端に少ないとはよくいわれること。校則の名のもと学校が閉塞的な雰囲気で、生徒の自由な発想の芽を摘み、そうしたお仕着せのルールに従い同調する人間を育ててきたのも遠因の一つではないか。

仕事に求められる能力は「オペレーション」と「イノベーション」の2種類のみである、という極論が私は結構好きです

ミス無く素早く終えるのが「オペレーション」なら、ミスをしても良いし時間がかかっても良いから儲かる方法を発見するのが「イノベーション」だと言えるでしょう。

例えば、マーケティングの実務において「これは間違いない」と言える勝ちパターンを各社いくつか持っているはずです。それはメルマガかもしれないし、FAXかもしれない。他者が何と言おうが、鉄板施策をミス無く遂行して「今回も勝てたね」と言えるのがオペレーションです。一方で、0から新たな勝ちパターンを見つけるのがイノベーションです。

どうすればイノベーションは実現するのか。社会人生活はまだ15年ですが、間違いなく必要だと感じる能力は「発想力」であり「アイデア」です。「アイデア」には、事業の根底を大きく変える魔法のような力があります。

では、どうすれば「アイデア」が見つかるでしょうか? 刀の森岡毅さんはその瞬間を次のように説明されています。

 疲れた心をベッドに転がして、いつものように何かアイデアはないかと考えながら、私は眠りに落ちていきました。
 すると夢を見ました。ものすごく鮮やかなカラーの夢を久しぶりに見たのです。
 その夢の中で私は見てしまったのです。
 ハリウッド・ドリーム・ザ・ライドが走り抜けたあの昼間の映像が、逆回転再生再生されているシーンをまじまじと見ていたのです。

なんだ、単なる夢オチか…と解釈するのは早とちりです。「アイデア」をもっとも端的に解説したジェームス・W・ヤングの「アイデアのつくり方」では次のような記載があります。

<それから私があの『鷲座』の本をたたんで、またあとで読もうと脇に置いた時、何かが私の心の中にしのびこんできたのです。以前にもこういうことがありました。私は一つのことをとことん考えぬくことができます。遂には完全な錯乱状態になってその考えを放棄します。するとその時になって何の明確な理由もなしに私の心に解答がとびこんでくるのです。>
(略)
アイデアの訪れてくるき方はこんな風である。諸君がアイデアを探し求める心の緊張をといて、休息とくつろぎのひとときを過ごしてからのことなのである。

緊張と休息。集中と放棄。このメリハリの過程でアイデアが舞い降りると言うのがヤングの主張です。森岡さんも、リラックス状態にあった夢の中だからこそ、今までご自身の体内に詰め込んだアイデアの種が花開いたのかな、と考えます。

ただし、私のような凡夫からすると、実際に体験している人が大勢いたとしても、あまり納得感を抱けません。体験主義とまでは言いませんが、若干ながら超常現象の類の臭いがして、あまりピンとこないのです。

結局、アイデアに「気付ける人」だけが「気付ける人」に向けて言語化した文献しか残っていないのか…と悩んでいたところ、ある先輩から、元任天堂のゲーム開発者・横井軍平さんと、彼の代名詞とも言える「枯れた技術の水平思考」を教えていただきました。

「横井軍平さんの言っていること、ヤングの言っていることは、結局のところ同じだと思うから、調べてごらん」

良い先輩だ。…というわけで、本noteは先輩に教えを請うて調べた結果であり、自分の考えをまとめたものです。


「枯れた技術の水平思考」とは何か?

端的に表現すると、既に完成した技術を別の用途に移管させる理論が「枯れた技術の水平思考」です。横井さん自身は次のように語っています。

私がいつも言うのは、「その技術が枯れるのを待つ」ということです。つまり、技術が普及すると、どんどん値段が下がってきます。そこが狙い目です。例えば、ゲーム&ウォッチというのは、5年早く出そうとしたら10万円の機械になってしまった。電卓がそれくらいしていたわけです。それが量産効果でどんどん安くなって3800円になった。それでヒットしたわけです。これを私は「枯れた技術の水平思考」と読んでいます。つまり、枯れた技術を水平に考えていく。垂直に考えたら、電卓、電卓のまま終わってしまう。そこを水平に考えたら何ができるか。そういう利用方法を考えれば、いろいろアイデアというものは出てくるのではないか。

最後の「いろいろアイデアというものは出てくる」という一文に勇気付けられます。すなわち「枯れた技術の水平思考」こそ「アイデア」が見つかる手法の1つだと評価しても良いのでしょう。

ちなみに「枯れた技術」と表現されていますが、それは「古臭い旧技術」という意味では無く「既に完成されているので信頼性が高い技術」「今の時点で安定して使える技術」という意味合いが強いです。

私自身、ロックオンで技術職だった頃、最新技術を試そうとするエンジニアに対して、当時のCTOが「枯れた技術を使え」と指摘した場面に何度も遭遇しました。最新技術の導入によるメリットと、サービスの安定稼働が必ずしも一致するとは限らなかったのです。

では、その枯れた優れた技術だけが優れたイノベーションを生むか。答えはNOであり、横井さんは「アイデアである」と主張します。同じく横井軍平ゲーム館から引用します。

ソニーの「ウォークマン」を見て、私はすごいと思います。ウォークマンというのは、ソニーの技術力でしかできないものだったか。決してそうではない。他の会社だって、ウォークマンを見さえすれば簡単に作ることができたはずです。ところが、ウォークマンというアイデアはソニーしか出せなかった。

結構辛辣な発言で、要は「ソニー独自の技術は無いのにソニーにしか作れなかったのは、"アイデア"そのものがソニー独自の"技術"だから」と言いたいのかな、と私は解釈しました。

すなわちイノベーションを生む主語は「アイデア」であり、それを実現するための手段として「枯れた技術」がある、と考えても良さそうです。


ユーザーは何を求めていないか?

仕事において、ニーズが「消費者の言葉」であるならば、アイデアは「開発者の言葉」であると私は考えています。その意味においてアイデアはバリュープロポジションの種と表現しても良いと考えます。

ニーズを具現化するために、ユーザーについて深く考えることを「消費者理解」「人間理解」と表現します。最近、どれくらい理解したら良いのかと問われるのですが、その「加減」については冒頭で紹介した「アイデアのつくり方」で良い表現に出会ったので、そのまま引用します。

<そして一人のタクシーの運転手をつかまえることだ。その男には他のどの運転手ともちがったところなどないように君にはみえる。しかし君の描写によって、この男がこの世界中の他のどの運転手とも違った一人の独自の人物にみえるようになるまで、君はこの男を研究しなければいけない。>
 製品とその消費者についての身近な知識を手に入れることについてこれまで何度も言い古されてきた話の真意とはこのことである。

では仮に、人それぞれを「独自」なまでに解像度を高められてニーズが分かったとして、バリュープロポジションを提供するためには、その技術の専門家である必要があるでしょうか。

横井さんは「中身なんかわからなくていい」「ものの根本が分かっていれば良い。理屈が分かっていれば、どんどん応用が効いてくる」と表現されています。つまり否定派なのです。

何を作りたいかと、どうやって作りたいかは全く別なのです。例えば「こういうアプリを作ると絶対に喜ばれる」と分かっても、何言語で開発すれば良いかが分からないからダメだ、とはなりません。それと同じです。

本当に何が必要か理解するとは、何が不要かを理解するとも言えます。

しかし大半の場合は、私自身もそうであるように「消費者のニーズはこれです」とは言えても「消費者はこの機能を必要としません」と言い切るのは非常に難しい。そうなると、結果的に「あっても無くてもいい機能」が膨らみます。そしてそれがコストとして跳ね返る。

知られた話ですが、ゲームボーイ(1989年)は当時全盛期だったファミコン(1983年)より6年後にリリースされているのに「カラー」ではなく「モノクロ」でした。当時、技術者とは以下のようなやりとりがあったそうです。

 持ち歩いて遊ぶゲーム機であれば、当然、乾電池で動かなければならない。それも10時間とか20時間保たなければ、ゲーム機として役に立たない。当時、カラー液晶テレビなんかもありましたけど、電池寿命が1時間半だとかだったんですね。
(略)
 驚くことに、技術者でさえ「カラーにしませんか」と言うんですね。「カラーにしたら、電池が保たないじゃないか」と言ったら、「ACアダプターを使ったらいいじゃないですか」と言うんです。でも、ACアダプターを使ってゲームボーイを部屋の中でやるんだったら、ファミコンと比べて画面は小さい、見にくいとかいうデメリットしかないじゃないかと。

もちろん、モノクロとカラーどちらが良いかと聞けば、100人中99人がカラーが良いと答えるでしょう。しかし本来なら、デメリットとしてゲームができる時間が短い点を掲げて「それでもカラーが良いか?」「そもそもユーザーにとってカラーかモノクロかなんて、どっちでも良いのでは」と切り出せないといけないのでしょう。

「競合他社もカラーだから」「流行っているから」では、説明になっていません。少なくとも顧客目線、消費者目線とは言えない。

それなのに、マーケティングの現場では対競合を意識するとか、コレポン分析で2軸4象限で評価するとか、顧客・消費者が主語になっていない会話が少し多いのかもしれません。

だから、ユーザーは何を求めていないかも語れなくなるのだと考えます。


アイデアは水平思考の組み合わせ

ヤングは「アイデアのつくり方」の中で、アイデアの作られる過程として以下のように表現しています。私なりに意訳してみました。

①資料を集める。製品と消費者に関する特殊知識と、人生とこの世の種々様々な出来事についての一般的知識の両方。ヤング曰く「広告のアイデアはこの2つの新しい組み合わせから生まれてくる」とのこと。
②資料を咀嚼する。無数の資料のパズルを組み合わせる努力をこれでもかとやり遂げる。
③放棄する。問題を無意識の心に移し、眠っている間に勝手に働かせるのを任せる。ただし、これは孵化を待っているようなもの。
④ユーレカ!

「アイデアのつくり方」は③が着目されがちですが、私自身が意識を払っているのは①です。

ヤングが「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない」「新しい組み合わせを作りだす才能は事物の関連性をみつけだす才能によって高められる」と記載したように、アイデアの源泉は「既存」「新規」「関連」の3つに収斂されると考えます。

すなわち新規のアイデアを生むには、違う事業や業界の「既存」を関連付けて持ってくる「水平思考」によって実現するのではないかと考えます。

例えば元スマニュー西口さんの書籍を読む限り、クーポンチャンネルというアイデアは調査から見つかったと「実践 顧客起点マーケティング」に記載されていますが、それは建前だと考えています。

実際には「ニュースに特化したアプリを、いかにキュレーションアプリに拡張するか」を考えないと「クーポン」には気付かないと思うのです。もともとスマニューは2ちゃんまとめ系の匂いが強く、それを打ち消すためニュースの品質(速報性、調査報道など)に拘っていたような印象がありますが、キュレーション機能の強化というニュース外からの水平思考で、クーポンという大ホームランが出た…と私は想像しています。横井さんが「垂直に考えたら、電卓、電卓のまま終わってしまう」と表現したように、ニュース、報道の深掘りだったら、絶対に「クーポン」は無視していたと思うのです。

アイデアは水平思考の組み合わせ。横井軍平さんとヤングの共通項に、ちょっと身震いして勢いだけで書き連ねたnoteでございました。

以前、先輩CMOが「マーケティング以外の人に会おう」と主張されていて、深く感銘を受けました。マーケティグに視点を閉じたままだと、それ以外の知識や知恵を得る機会に欠けるからです。あるいは自業界以外の人に会うことで、水平思考の機会が巡ってくるかもしれません。

人だけじゃなく、読む書籍にしても同じです。ノンフィクション、あるいはミステリも良いかもしれません。

とにかく、アイデアは考えて出るものではなく、必要とする領域外から様々な知識を持ってきて、考えるだけ考えてしばらく経てば天啓のように降りてくると分かりました。

いや〜、異業種大事ですね。というわけで最後に宣伝です。

このnoteが公開された翌日の10月26日に、累計6万部突破『無敗営業』シリーズでお馴染みの高橋浩一さんをお招きして、第7回消費者理会が開催されます。

高橋浩一さんは営業のスペシャリストとして知られています。営業観点から見たマーケティング、あるいは営業観点から見た顧客理解を通じて、知見が深まることもあると思います。

以上、お手数ですがよろしくお願いします。

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松本健太郎
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