「利用2%どまりの空回り気味の政府DX」の裏側にあるもの
ちょっと前になりますが、日経新聞に「デジタル起業、利用2%どまり 空回り気味の政府DX」 という記事が掲載されていました。
この記事がどのような内容なのか、ごく簡単に説明すると、
「法人登記の手続きはめちゃくちゃめんどうくさい。だから、政府がオンラインでできるようにしたが、そのシステムの利用率はたったの2パーセント止まりだった」
というものでした。
なぜそのような事態になっているかというと、デジタルのシステムが圧倒的に使いにくく、アナログの方が「まだマシ」だから。DXで全然便利になっていない現状があるわけなんです。
本店移転手続きの「理想」と「現実」
記事中には、「法人設立登記」の事例が載っていましたが、難解な手続きは、もちろん、これに留まるものではありません。
例えば、「本店移転手続き」があります。
法人には個別の法人番号があるわけですからユニークな管理がすでに出来ています。ですから、行政手続きの理想は、旧住所と新住所を記入して「転居」ボタンをポチッと押せば登録完了となる状態のはずです。
しかしながら現実は、そんなに甘くありません。法務局、税務署、市役所、年金事務所などに18種類の書類を提出する必要があり、しかも定款と住所の組合せによってその書類のパターン、なんと1,024通りっ!これでは素人には到底太刀打できないので、専門家に頼むことにするしかありません。でも、それだけでは終わらないのです。18種類の書類を1人の専門家が受け持つことが出来ないのです。法務局登記は司法書士へ、税務署、市役所関係の書類は税理士へ、年金事務所、ハローワーク、労働基準監督署は社労士へと複数人に依頼する必要があるのです。つまり、依頼した専門家から、さらにその先の専門家に再委託が発生してしまうのです。必然的に費用も嵩みます。
新取締役を入社させた時の手続き
他にも、事例はいくらでもあります。
例えば、新たに取締役を入社させた時の手続きも、ご多分にもれず煩雑です。
法人にユニークな番号が振られているのと同じく、個人にもマイナンバーというユニークな番号が振られているはずです。
なので、理想は、入社した取締役のマイナンバーを役所のサイトに入力すると自動で登記に反映されて、さらに給料を入力すると自動で支払うべき所得税や社会保障などが計算されるようになることのはずです。
しかし、そんな簡単なわけはありません。「本店異動」という法人の手続きでさえ、1,024通りもあって、どうにもならない手続きだったのです。さらにそこに「個人」の手続きが絡んできて全自動などということが出来ているわけがなく(そもそもマイナンバーの用途が制限されている)、作業はやはり煩雑極まりないのです。
まず、取締役の入社に伴う登記を法務局に対して行ういます。その後、勤務形態や扶養の義務の有無などを踏まえて、源泉徴収すべき所得税や社会保険料を自分で計算して年金事務所に申請したり、税務所に税金を支払ったりする必要が出てきます。この計算、結局、自分ではできないので、税理士や社労士などの専門家に頼むことになるのではないかと。つまり、登記の際と同様に、複数の専門家が必要になってしまうのです。
原因の原因は、目的の変質
これらは、「理想」と「現実」のギャップを解決するためのD Xであるはずなのに、冒頭取り上げた政府のシステムは、残念ながらそうなっていませんでした。更なる事例として取り上げた「本店移転手続き」も「取締役の入社手続き」も、同様だと思います。
これらは、レベルで言うと、「どうしてこんなに、こじらせちゃうんだろうか?」というくらい、どうしようもない惨状だと思うのです。
でき上がったものが、アナログよりも遥かにめんどうくさいものになっていたら、「これはみんな利用しないだろうな」と、普通、気づくと思うのです。でも、気づかない。もちろん、わざと難しくしているわけではないし、意地悪なシステムを作ろうと思っているはずもないのです。
でも、明らかに使い勝手の悪いシステムを世に出してしまっている。
この原因の原因は、目的が変質してしまっていることだと思います。
もともとの発端は使い勝手の良いシステムにしようと思っていたのだと思います。つまり「DX」でいうと、キチンと「X(トランスフォーメーション)」を目的にしていたはずなのです。しかしながら実際に作り込んでいく間に、「D(デジタル)」が目的になってしまった。「デジタルの力を使ってまったく新しい行政手続きを作り上げよう」としていたのに、気づけばアナログで最適化されている現行の仕組みを「単にデジタルに置き換える」ことに帰着してしまったのです。
ただでさえアナログで最適に出来上がっていた仕組みを無闇にデジタル化するわけですから、不具合が生じがちです。だから、トラブル防止の観点を何重にも張り巡らせることが求められ、結果、「利用者(顧客)の視点がなくなってしまった」という悲惨な末路に至ってしまったのだと思います。
これ、ムチャクチャ怖いことだなぁ、と。
日本のDXはまだまだ改善の余地があると思います。
というか、余地しかないでしょう。
いつの間にか、目的であるはずの「X」が「D」に変わってしまい、「アナログ手続きの劣化版」という誰にとっても得のないDXが量産されてしまう。
この「目的の変質」の大問題に気づき、正さない限り、「2%どまりの空回り」が繰り返されてしまうと思うのです。