派手さはないが、着実に歩みを進める働き方改革【日経COMEMOテーマ企画 #この5年で変化した働き方_後編】
働き方の現代的なトピック
働き方に関する課題は、読んで字のごとく山積していると言えるだろう。女性活躍推進や介護問題、シニア人材の活用、人手不足問題、外国人人材の活用、非正規雇用の格差是正、低い労働生産性、既存社員のスキルの陳腐化など、挙げていくとキリがない。これらの問題の多くが、時代の変化に応じて、働き方のアップデートが追いついていないことが原因の1つとして挙げられる。
日本企業の人事制度や慣習の多くが、制度疲労を起こしていると言われて久しい。だが、抜本的な改革がなされた例は数えるほどしかない。例えば、新卒一括採用から脱却しようと、「おせんべい採用」などの独自の採用手法で成功した三幸製菓のような事例は限定的だ。しかし、大きな変化は望めないものの、漸進的な取り組みで派手ではないものの堅実成果を出してきた分野もある。
このような漸進的な取り組みとして代表的なものが、働き方改革で取り組まれてきた施策の数々だ。例えば、残業の削減や有給取得率の上昇、女性活躍推進など、地道な努力が実を結んできているものがある。特に、直近の5年間は社会調査の数値としても変化が確認できたものが多い。
本稿では、日経COMEMOのテーマ企画「#この5年で変化した働き方」に関連した記事の後編として、リクルートワークス研究所の基幹調査の結果を紹介しつつ、働き方改革の各論について考察していく。
インパクトは弱いが漸進している女性活躍推進
女性活躍推進で課題となっているのが女性の管理職比率だ。先日の森元総理の舌禍問題にあるように、女性が指導的地位に就くことは容易ではない。周囲からの無理解や圧力があるばかりではなく、出産や育児などの仕事と家庭生活の両立といったプライベートな面まで、企業人事が考慮しなくてはならない領域が含まれてくる。そのため、一気に数値を引き上げることが困難だ。(※ フランスのように、短期間で数値を伸ばす事例もあるので不可能ではない。)
厚生労働省の『賃金構造基本統計調査』によると、2012年以降、管理職比率は増加傾向にある。2012年は、課長級で7.9%、課長級以上で6.9%、部長級が4.9%だった。それが2019年には、課長級で11.4%、課長級以上で10.1%、部長級が6.9%となっている。政府目標である、2020年までに課長級以上を30%とする数値には程遠いが、企業努力を数値で確認できる。
進まない男性の育児参加
男性の育児参加は、女性の活躍推進のみならず、男性従業員のキャリア開発にとっても重要な施策だ。男性従業員が会社人間とならずに多様な価値観を取り入れるためにも、私生活を充実させることは推進されるべきだ。特に、イノベーションや付加価値の向上を志向する企業では、男性の育児参加は重要視される傾向にある。
男性の育児参加も、女性の管理職比率の増加と似たような動きを見せる。2012年以降、増加傾向にあり、1.9%から7.5%と伸びている。しかし、この値も政府目標には遠く及ばない。政府目標では、2020年に男性の育児休業取得率13%以上を目指していたが、実際には半分弱の達成率に留まっている。
目立たないが課題の多い介護問題
世界有数の高齢化社会に突入している日本では、高齢者の介護負担が年々増している。高齢の両親を介護するために仕事を辞めざる得ない状況に追い込まれる人も少なくない。2017年には、介護や看護を理由に離職した従業員は、約9万9000人である。この数値は、2012年の数値と大きな違いはない。
また、介護をしている人のうち、会社に伝えている割合は66.7%(2017年)であり、3~4割の人々は会社に伝えていない。つまり、経営者や企業人事が「介護は、わが社ではまだ大きな問題ではない」と認識していても、実態と乖離している危険性を孕んでいる。そのため、介護していることを相談しやすい制度や体制を、どのような企業においても急いで整備すべきだと言えるだろう。
また、同調査ではさらに複雑な状況を明らかにしている。介護をしている割合について、40代以上は両親が対象のほとんどを占めるが、30代以下では両親と配偶者以外の数値が大きい。40代で介護をしている割合が4.2%なのに対し、30代以下で介護をしているのは3.0%と大きな違いはない。しかし、40代で介護をしているうち85.2%を両親が占めるのに対し、30代以下では61.5%だ。30代以下で介護に従事している人々の37.3%が「その他の親族」の介護を行っている。
このことは2つのことを示す。第1に、介護は若い従業員であっても責任が発生するということだ。40代と30代以下に大きな差はない。第2に、若い従業員の介護の対象は両親以外だということだ。
調査では詳細まで明らかにされていないが、このことは祖父母の介護が大きな割合を占めると予測できる。仮に、子供の介護が発生したとしても、要介護の子供を持つ割合は30代以下と40代で大きな差はないだろう。しかし、数値には大きな違いがある。このことから、30代以下の若い従業員が自分たちの祖父母の介護に従事しなくてはならない状況におかれていると推察できる。
祖父母の年齢が90歳近くなると、両親の年齢が65歳を超えてしまい定年を迎えることになる。そうすると、一家の中で定職を持つのが30代の孫世代だけとなってしまうのだ。現代の若者は30代で祖父母と両親の面倒を見ながら、自分の子供の養育もしなくてはならないという、厳しい状態に立たされている層が一定数存在する。
シニアの働き方は若い時に専門性を磨いたかで大きく変わる
孫世代が、祖父母・両親・自分の子供を支えることができるほど収入に恵まれているケースは稀だろう。多くの場合、そのような状況に陥ると家計が破綻する。老後のために2000万円の貯蓄などという話は夢物語だ。
そうならないためにも、親世代は可能な限り収入を持続できることが望ましい。しかし、現実には終身雇用を前提とした制度では、人材の価値は55歳をピークにして急激に衰える。企業内の人材の新陳代謝を高めるために、55歳以上の人材を高給で重要なポジションに留めておくことが困難になるためだ。
それでは、60歳以上でも生き生きと働くことができるのはどのような人々だろうか。リクルートワークス研究所の調査では、職種別の調査で仕事満足に大きな差があると述べている。
調査の結果では、5つの職種の中で、「専門職・技術職」が他の職種と比べて著しく仕事の満足度が高く、成長実感を持てるという結果が出ている。反対に、著しく仕事の満足度が低いのは、「生産工程・労務関連」の職種だ。つまり、シニア人材となっても評価される専門性を身に着けることができるかどうかが、60歳になっても活躍できるかどうかを左右するのだと推察される。
小括
私たちの働き方は、時代の変化に応じて、常に変化が求められている。そして、直近の5年間は「働き方改革」の旗の下に、さまざまな取り組みが行われてきた。そして、実際に私たちの意識も大きく変わってきたのだろう。特に、女性活躍推進の分野では進歩があった。そのため、意識を変えることができていない有識者や政治家が、差別的発言を公的な場でしたとして責任問題になるという事件も多く起きている。
しかし、調査結果の数値で明らかなように、変化はしているものの、その進捗は芳しくない。政府目標は、多くの場合で欧米の先進諸国と比べて設定される。そして、政府目標を達成できている項目はほぼ皆無だ。つまり、世界的には、「頑張っているかもしれないけど、まだまだ」というのが現状だろう。そして、介護問題で顕著なように、高齢化社会などの要因から「孫世代の祖父母介護」という新たな問題も発生している。
「働き方改革」で多少の成果が出てきたからと言って、気を緩めることができる状態ではないだろう。私たちの働き方には、見直すべき課題が山積している。これらの課題は、決して見ないふりをして先延ばしにしていられるほど悠長な問題ではない。