新紙幣に宿る日本の職人の凄技
4日前、約20年ぶりにお札が変わった。壱万円札、五千円札、千円札は、それぞれ資本主義、教育、健康を代表する偉人だ。まだ手に入れることは出来ていないが、Webページなどで見ただけでも、物凄い「もの」が作られたと驚いている。
渋沢栄一は埼玉県深谷市、津田梅子は東京都小平市、北里柴三郎は熊本県小国町の出身で、それぞれの街では祝賀イベントが開かれ、大いに盛り上がっているようだ。私の中で一番身近なのは北里柴三郎だ。父が北里研究所に勤めて、新薬の研究をしていたからだ。父に連れられ研究所に訪れた際、柴三郎の銅像を見上げていたのを思い出すと、とても感慨深い。でも、採用されたのが千円札なのが少し残念ではある。
今回の新紙幣では、主に「高精細すき入れ(すかし)」と「3Dホログラム」という2つの新技術が採用されたという。もちろん、偽札を防ぐための工夫だ。現行の紙幣でも世界の中で最も偽造がされ難いという日本の紙幣。更なる高みへと登っていくのは間違いない。
1つ目の「高精細すき入れ(すかし)」は、今から約150年前、政府に招かれた越前和紙の職人が確立した「黒すかし」という技法を脈々と進化させてきたものだ。現在も「黒すかし」の使用は「すき入紙製造取締法」で制限されているというから驚きだ。さらに今回の新紙幣では江戸時代から存在して現代では便箋などに使われる「白すかし」と「黒すかし」を組み合わせた「白黒すかし」という技法を作り上げ、紙の厚みの差によって立体感のあるすかし模様を浮かび上がらせているという。この技法そのものが見られるかは分からないが、東京国立博物館で7月15日まで開催中の企画展「お札を創る工芸官の伝統技」には是非足を運んでみたいと思っている。
2つ目の「3Dホログラム」は、紙幣を傾けると肖像が回転し、顔の向きが変わっているように見えるという優れものだ。2次元の写真では、記録するのが光の強さ(振幅)と色(波長)の2つだけだが、ホログラムではそれらに方向(位相)を加えた3つの情報を予めレーザー光で記録しておき、再生もレーザー光を使って行う。ただ、紙幣の場合、レーザー光を使っての再生が難しいので、特殊なインクと印刷技術を使って、太陽光等の自然光でも立体的に再生できるように工夫されているのだ。
もう1つ見過ごせないのが、印刷局の工芸部門に所属する10人の彫刻師による凄ワザだ。紙幣の原版はビュランという特殊な彫刻刀で金属板に彫るのだが、1mm幅に10−20本の線を入れていく細かい作業だという。一人前になるまでには10−20年かかるらしい。約20年に1回訪れる本番のために、途方もない鍛錬を日々続けているかと思うと、ただただ尊敬するしかない。機械、インク、検査などの製版以外の造幣技術においても世界に誇れる門外不出の技術はまだまだあるという。日本の技術の素晴らしさの一端を感じることができて、とても嬉しく思った。
それと同時に、もっと日本の技術を世界に印象づけるイベントがもっと必要だと感じた。新紙幣並みにインパクトのあるイベントはないだろうか。日本の職人は宣伝下手だ。もっと技術を誰にでも分かる形で自然と伝わるような仕掛けを作らなければならない。日本のものづくりの素晴らしさ、社会への貢献総量の多さを伝えると共に、ものづくりへの憧れを醸成するための活動を進めていきたい。気持ちを新たに、もっと頑張って行こうと思った。