EUに出現した「第三の亀裂」~復興基金合意から見出すもの~
足かけ5日間の超長期会合に
注目された臨時EU首脳会議は2日間の協議日程を4日間に伸ばし、最終的には5日目にようやく結論が出るという超長丁場でした:
今回の会議で争点となったのは①基金の規模、②基金の性質(補助金か、融資か)、③実行時の承認方法(全会一致か、多数決か)でした。もちろん、他にも複数あるのですが、この3つは波乱の種でした。①については欧州委員会案の7500億ユーロという総枠では前回会合から既定路線として受け入れられていました。ちなみに、4月時点では1兆ユーロ、5月中旬の独仏提案では5000億ユーロとなり、5月下旬の欧州委員会最終案で7500億ユーロになりました。なんでも間を取れば解決策になると考えがちな欧州らしい数字の仕上がりです
今回、最大の問題は②です。「返済不要の補助金5000億ユーロ、返済を要する融資2500億ユーロ」という欧州委員会案の比率が議論を呼び、倹約4か国(frugal four:オランダ、スウェーデン、デンマーク、オーストリア)が極力、補助金から融資への配分を増やすことを要求しました。会議終了直前までその比率を巡って複数の観測が出ては消えており、延長された3日目には「補助金4000億ユーロ、融資3500億ユーロ」、4日目には「補助金3900億ユーロ、融資3600億ユーロ」とミシェルEU大統領から限りなく両者の差を詰める案が出てきました。倹約4か国の中でも特にオランダが強硬に反対した様子が報じられています。
なお、③については当然、倹約4か国は全会一致を志向したようですが、それ以外の国々は機動性に鑑み多数決を主張していたようです。細かいことを言えば、「最初は補助金で部分的に渡しておいて、その使途を見ながら追加分は融資に切り替え」という線もあり得るでしょうし、恐らくそのような展開は否定されるものではありません。基本的に「管理したい」思想の倹約4か国と「自由に使いたい」思想の被支援国(主に南欧)の溝は埋め難いものがあります。
「南北対立」、「東西対立」に次ぐ「第三の亀裂」
今回目にした光景は欧州らしい「いつか来た道」と言えるものでした。しかし同時に、筆者は今回目にした域内の亀裂はこれまでとやや趣が異なるように感じています。
周知の通り、EUは経済・金融同盟(EMU、端的に共通通貨ユーロや単一市場)によって域内の緊密感を高め、安全保障面での強化も図ろうという壮大なプロジェクトです。この試みは、実際に武力衝突という意味での戦争が回避されているので一応成功でしょう。とはいえ、過去10年のEUを振り返れば、武力衝突はなくとも政治衝突は経済格差を理由に南北で、移民を理由に東西で再三起きてきたのはご案内の通りです。
筆者は今回、南北対立や東西対立に次ぐ「第三の亀裂」として大小対立とも言うべき新しい事象が起きたと考えています。
南北対立と東西対立をおさらい
南北対立とは言うまでもなく「ドイツvs.ギリシャ」に象徴される構図です。こうした対立が完全になくなったとは言えませんが、今回の復興基金を見れば分かるように、ドイツはむしろフランスと一緒になって加盟国を纏め上げる仲介役を5月中旬から買って出ており、新型コロナウイルス直撃で弱る南欧諸国を支援したいという立場です。また、ドイツは自国でも財政支出拡大や消費減税など、従来の緊縮路線から拡張財政路線に軸足を移しています(恐らくは一時的なものでしょう)。少なくとも欧州債務危機が注目されていた頃のような苛烈な南北対立は現状では見られていません。
片や、東西対立は2015年9月にメルケル独首相が難民の無制限受け入れによって浮き彫りになったものです。ドイツが無制限に難民を受け入れようとすれば、その途上で通過されるハンガリー、ポーランド、チェコ、スロバキアも相応の難民受け入れが発生することになります(※本来はダブリン規則によって難民は最初に入った加盟国を通過はできません。その辺りの背景は今回割愛させて頂きます)。この難民受け入れ騒動によって「ドイツvs.東欧」という東西対立が新たなに取りざたされるようになりました:
東欧諸国の中でもハンガリーは強権的なオルバン首相の下、憲法改正を重ね、司法への介入を強めるなど、EUの基本的価値について「重大な侵害」があると欧州委員会が懸念を表明するに至っている加盟国です。類似の懸念はポーランドにも浮上しています。この点、東西対立は今後、「ドイツvs.東欧」というよりも「欧州委員会(ブリュッセル)vs.東欧」の様相を意味してくるかもしれません。
ちなみに、冒頭では言及しませんでしたが、復興基金の使用に際しては対象国が「法の支配」の原則が守られているかを条件にするという争点もありました。これはハンガリーやポーランドのような強権政治を振るう加盟国はEUの理念に反するので基金は利用させないとする原則です。ヘッドラインにはさほど出てきませんでしたが、今回議論が長期化した背景にはそうした事情も影響しているようです。その意味で東西対立も合意遅れの一因と考えられるでしょう。なお、報道によれば、「法の支配」原則は今回の基金で適用される公算のようです。なお、ハンガリーでは2010年のオルバン政権樹立以来、司法の独立性が再三侵害され、メディアへの統制も強められてきました。実質的に野党勢力が排除されているという見方があります:
「第三の亀裂」は大小対立
しかし、今回直面している復興基金を巡る主たる亀裂は、南北対立でもなければ、東西対立でもなく、言わば大小対立であり、それこそが新たな「第三の亀裂」ではないかと筆者は考えています。基本的には「金目の問題」である復興基金問題は南北対立に思われがちですが、上述したように、今回、最大の債権者であるドイツは今回、支援を賛成する側に回っています。
その代わりに今回は、復興基金で反対国として孤立している倹約4か国という存在がクローズアップされました。このうち3か国(オランダ、スウェーデン、デンマーク)は新ハンザ同盟と呼ばれる比較的豊かな北部欧州の小国8か国(エストニア、フィンランド、アイルランド、ラトビア、リトアニア、オランダ、スウェーデン、デンマーク)の構成国でもあります。新ハンザ同盟の解説は今回割愛しますが、基本的には「大国主導でEU改革議論を進めないで欲しい」と考える2018年に発足した小国連合です。ご存じない読者の方もいらっしゃるでしょうから、関連ニュースを以下に貼っておきます:
今回、倹約4か国と揶揄された国のうちの3か国は新ハンザ同盟の3大国(GDPで上位3か国:オランダ・スウェーデン・デンマーク)でした。新ハンザ同盟における中核国としての自負が一連の強硬な態度に繋がっている部分もあるのでは、と感じます。ちなみに、上記の記事中にもありますが、新ハンザ同盟のリーダー格はオランダのルッテ首相であり、「ルッテと7人のこびとたち」とも言われたりしています。
いずれにせよ、そのような新ハンザ同盟がEUの改革議論の中で存在感を示したいのだとすれば、長年の課題であった債務共有化の一里塚とも言われる復興基金設立に際し、是が非でも意見を反映させたいと考えているはずです。いや、そうでなければ同盟を組んだ意味がないでしょう。今回の経緯を振り返っても、欧州委員会が最終案をまとめる直前に独仏共同提案として「規模は5000億ユーロ。すべて補助金」という見出しが躍っていました。その後直ぐに、倹約4か国はこの案を否定しています。復興基金に係る議論のイニシアチブをなし崩し的に大国へ渡すことはしたくないという思いも働いたのではないでしょうか。
元々、根本的な気質に差異があると言われていた南北および東西の対立と違って、大小対立は比較的、価値観を共有していた国々の間で起きています。新ハンザ同盟の国々は経済規模に迫力はなくとも、政治的・財政的に列記とした先進国の一角であり、EUにとっても頼りにしたい国々でしょう。その意味で、大小対立を経て、EUの「コア」な部分に亀裂が生じているようにも感じられ、これまでとは違った意味合いを覚えます。
言ってみれば、「亀裂の多様化」という嬉しくない事象が起きている状況にも見えます。それはEUが分裂に向けた遠心力に晒されているという状況とも考えられるでしょう。今回、復興基金の設立では合意できたものの、実際にそれを使う段になれば再び新ハンザ同盟から物言いが入る恐れはあるし、今後、全く違った論点を議論するたびにも同じような光景が出てくる可能性があることは留意しておきたいところです。