グローバル化と伝統の間で揺れるインドネシア
日本よりも労働者保護の規制が厳しいインドネシア
今、インドネシアが揺れている。CODIV-19 の感染も由々しき事態だが(9月末まで右肩上がりに感染者数が増えていた)、各地でデモや暴動が起こるほどの事態にまで発展している。その理由は、オムニバス法という労働者保護に関する法改正が行われたことだ。
軍隊まで出動し、一時よりは多少落ち着いているものの、緊張感は未だに続いている。デモは現在も各地で続いている。
下のyoutube動画は10月27日の東ジャワ州マラン市の様子だが、世界で最も渋滞が酷いと言われているインドネシアの様子とは異なっている。往来を行き交う自動車やオートバイの数が激減している。(余談だが、マラン市は年中最高気温が30度前後で治安も良く、美食で有名な学園都市でワーケーションに適した街である)
日本は「解雇がしにくい」という話をよく聞くが、世界的に見ると決して日本は解雇規制が厳しいわけでも、労働者保護に優れた国でもない。英米よりも厳しいというだけで、G20でみると規制が緩い国から数えたほうが早い経営者に有利な国だ。平均勤続年数も英国を除いた欧州各国の方が長い。
このことは新興国に対しても同様のことが言える。とりわけ、インドネシアは労働者保護の規制が厳しいことで有名だ。会社都合で解雇をするときには、給与の最大32か月分の退職金を支払う必要がある。また、レバランという断食月明けの長期休暇には給与の1か月分以上の賞与を与えることも義務付けられている。
しかし、オムニバス法と呼ばれる今回の政策では、雇用創出のための投資誘致を目的とし、労働(最低賃金、退職金、失業補償)、投資など11分野について、関連する法律79本を一括して法改正をした。その結果、解雇条件は現行の9から15に増えて解雇規制が緩和され、退職金も19カ月分に減じられた。最低賃金の上昇率の算出方法も見直され、上昇の抑制が見込まれる。
労働条件の自由度の低さが経済成長のネックに
本稿では、オムニバス法の是非については論じない。しかし、これらの法改正はジョコウィ政権が述べるように外資誘致を目的としたことは間違いない。
企業人事は、人材採用をするときには同時に退職する出口戦略についても考える。人件費には上限があり、ヘッドカウント(雇用可能人数)は決まっている。限られた枠の中で最大効率を考えるならば、健全な採用と健全な退職はセットではなくてはならない。伝統的な日本型経営は、終身雇用といって健全な退職という選択肢を自ら狭めてしまっているために組織マネジメントの難易度が跳ね上がっている。
しかし、インドネシアは労働者保護の法規制で縛っていたため、企業が健全な退職というオプションをとることができなかった。理由は単純で、健全な退職というオプションを持つことができる企業よりも、解雇のしやすさを悪用して倫理的に問題のある運用をする企業が存在するためだ。だが、悪用する企業があるからと規制を厳しくすると、外資系企業や海外の投資家にとって市場の魅力が減じる。グローバル競争の中で経済成長をするためには、どこかで痛みを許容せざる得ない。
多くの日本企業にとっては、そもそも従業員を解雇するという文化を持たないことが多いため、解雇規制に関してはあまりピンと来ないかもしれない。しかし、インドネシアの駐在員と話していてよく聞くのは、最低賃金の上昇だ。
インドネシアは急速な経済成長と共に、賃金が急激に上昇している。このことが、生産コストの安さから海外生産拠点に直接投資をしている外資系製造業の負担増となっている。また、このまま賃金が上昇し続けると、インドネシアの国内企業であっても、生産拠点をラオスやミャンマーなどのより安価な労働力が確保できる国へ海外移転してしまうリスクもある。
賃金が上がること自体はインドネシアにとって悪いことではないが、経済成長の実態以上に賃金が上昇してしまうと、不都合が生じてくる。そのため、賃金上昇のスピードをコントロールしたいという狙いがインドネシア政府と外資系企業にはある。
グローバル化のために意思決定したインドネシア
インドネシア人の特徴を一言で表すと「決められない人たち」だ。日程調整は誰も具体的な日時を指定しようとはしないし、何か物事を決めようという時も議論はするが結論は出てこない。日本人もたいがい意思決定が苦手な文化的特徴を持つが、インドネシア人と一緒に何かをやっていると、日本人よりも決め切らないなと感じることが多い。
しかし、国内で大規模な反対が起こることが分かっていたにもかかわらず、インドネシア政府はこの難しい決断を下した。その結果、インドネシア全土でデモが起きている。それでも、今期が最後となるジョコウィ政権は敢行した。
グローバル競争の中で、生き残りを図るために変化を求められているのは日本だけではない。世界中で伝統的な制度や各国独自のローカル・ルールと折り合いをつけ、変えるべきところは変え、変えないところは変えないという意思決定が求められている。米国企業は長期雇用と人材育成を重視するように見直し、フランス企業はグローバル化のためにフランス語ではなく英語をビジネスで使うようになった。日本は、企業も政治も個人も、未来のために何を捨てることができるのか、本気で考えなくてはならない。
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