なぜ注射薬を、飲み薬にする必要があるのか
日本の製薬企業アステラス製薬が、アメリカのバイオスタートアップのビブテックスと共同研究契約を結んだことが報じられています。
人工知能(AI)などを使って、注射薬を飲み薬にする技術を開発することを目指しています。
薬に含まれる有効成分を、体の中にしっかり届けようとするならば、注射や点滴が確実です。注射によって血管内に薬を届ければ、血流にのって全身に届けてくれます。
いっぽうで飲み薬は、確実ではありません。口から飲んだ薬は、胃で強い酸や、タンパク質分解酵素による影響を受けて分解のリスクにさらされます。
さらにそこを通過して、栄養を吸収する腸にたどり着いても、人体は体の中にヤバいものを入れないように関門のような防御機構を持っていますので、その関門に「吸収してよし!」と思ってもらえなければ入ることが出来ません。許してもらえなければ、そのまま排泄物として外に出されてしまいます。
なぜ、飲み薬にする必要があるのか
ではなぜ、注射薬を飲み薬にする必要があるのか。
それは、そうすることで利用者(患者)側の利便性を高め、精神的な負担を減らすことが出来るからです。
例えば2021年に緊急承認され、新型コロナの薬として大ヒットを飛ばした「ラゲブリオ」。それまで新型コロナに対応した抗ウイルス薬は存在していたのですが、点滴で投与される必要がありました。原則的に、患者は医療機関で点滴を受ける必要があり、患者側の利便性も下がり、しかも医療機関のリソースがひっ迫する原因となっていました。
一方でラゲブリオは、カプセル化されており、初めて「口から飲める新型コロナの抗ウイルス薬」として承認されました。口から飲めるので患者は自宅で療養が可能になります。医療資源がひっ迫していた都合もあり、広く処方されるようになったことで、少なくとも1600億円以上を売り上げる大ヒット薬となったのです。
飲み薬にすることで、利用者(患者)の精神的・身体的ストレスを減らすこともできます。
例えば2型糖尿病の治療で使われる「オゼンピック」は、患者が自ら注射して薬を体内に入れる必要があります。患者によっては、自分で自分の体に針を刺す、というのはなかなか受け入れられない人もいるでしょう。また、「他人や家族の前で、自分が注射している姿を見られる」ということに、きまり悪い思いになる人もいるかもしれません。
そこでオゼンピックを販売している製薬企業「ノボ・ノバルティスファーマ」は、口から飲めるようにした薬「リベルサス」を開発しました。有効成分は全く同じなのですが、注射ではなく口から飲めるようにしたのです。
もともとオゼンピックの有効成分(セマグルチド)は、胃に存在するタンパク質分解酵素によって分解されやすい性質があります。しかし製薬企業は、セマグルチドと同時に、この分解酵素から守る成分を加えた錠剤を開発。
さらに、「錠剤を、胃の粘膜に長時間ぴったりくっつけて吸収させる」という狙いから、「朝起きてすぐ(胃の中に何もないときに)、コップ半分程度の比較的少ない水で飲みこむ」という服用方法の工夫を加えることで、注射した時と同様の効果を生み出すことに成功したのです。
(ちなみに、注射の場合は1週間に1回打てばいいところ、錠剤の場合は毎朝1回飲む必要があります)
このように
①注射薬を飲める薬にすると、患者の利便性をあげストレスを減らせる
いっぽうで
②注射薬を飲める薬にするには様々な工夫が必要で、それだけ開発コストがかかる
という事情から、②の開発コストをできるだけ減らすために、AI(人工知能)などの利用が期待されている、というわけです。
「薬を服用する」といっても、注射する場合と、口から飲む場合で、大きな違いがあるということに、「へえ~」と思ってもらえれば幸いです。