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マーケティング観点から人的資本経営を考えてみる

筆者が仕事にしているマーケティングは「人の心に働きかけて、それを動かすことである」と考えると人事にとても近い。
顧客の心を対象にすれば、マーケティング、社員の心を対象にすれば、人事という次第。

そんなわけで筆者は最近、人事界隈の方とご一緒する機会が増えているのだが、その中でキーワード的に取り沙汰される言葉に「人的資本経営」がある。

人的資本経営。ちょっと調べてみたところ、概念的でつかみどころがないが、端的に整理すると

・ジョブ型組織を前提として
・社員のスキルアップのために、企業は投資すべし

という考え方を啓蒙するものであり、確かに人=コストである、としていた組織観からはコペルニクス的転換だし、歓迎すべきであると思う。

一方で、資本として人を観た時に、そこへの投資の考え方を「スキルアップ」としてしまうと、このコンセプトを矮小化してしまうのではないかと
思う。

以下の思い出話は、以前の記事でも触れたので、ご記憶の方もいらっしゃるかもしれないが、今回のアジェンダに関連するので、もう一度記したい。

筆者がある外資リテール企業のCMOに就任した時、本国に出向き、そのCEOと面談したことがあった。
その時、彼は「自社の強みはHigh Volume Mentalityというマインドセットである」ということを教えてくれた。

High Volume Mentality?

つまり、従業員にとっては給料が上がり、会社にとっては利益増・コスト減が実現し、顧客も安くて良い商品を享受できる秘密は、一つでも多くの商品を売るべく、何ができるかを希求し続けることである、とのこと。

それまでのキャリアの中で、売り上げの重要さを理解していた私は、「そんなことはもちろん分かっている。任せてください。」という体で、固い握手を交わして帰国した。

しばらくして、CEOが日本に研修隊を送り込んできた。日本はHigh Volume Mentalityが足りないので、トレーニングする由。

筆者は心外に思ったが、程なくして役員+営業系のマネジメント連都合20名での研修が催された。

その研修中、筆者には忘れ難い2つの場面がある。

一つ目。
20人で大縄跳びをしよう、というゲームをした。
2人で縄を回し、残りの18人がぴょんぴょん飛ぶのを、18人x何サイクルできるか、というルール。与えられた時間は1分間。

コーチ:何サイクル回せるかコミットしろ
筆者:うーんと、それじゃ2サイクル
コーチ:よし、やってみろ

ということで縄跳びを始めたものの、一人が飛ぶのに3−4秒はかかりそうで、とても2サイクルには手が届かない

筆者:やっぱり無理だね
コーチ:そんなことで株主が満足するか!頭を使って考えろ!!
筆者:・・・・・

20人でどうしようか、と話をしていると、そのうちの誰かが発案した。

ジャンプしないで駆け抜ければ、1回転で1サイクル稼げるから、1分あれば10サイクルくらいはいける

そんなのインチキだよなぁ、と思いながら、やってみたら実際に10サイクルを超える結果となり、コーチは「これがHigh Volume Mentalityだ」とご満悦になった。

なんだそりゃ?という感慨を筆者に抱かせながら続いた研修の中、二つ目の忘れられない場面が訪れた。

まず、講習室をバレーボールのコートのように2つに分ける。

センターラインの右側にはテニスボールが100個。
左側には、みかん箱に黒いゴミ袋をはめたものが6組。

ルールは単純で、
・右側から、みかん箱+ゴミ袋を的としてボールを投げ入れる
・入った場合の点数は、壁に近い順に3点、2点、1点
・制限時間は3分、なるべく高い点を取るのがゴール

コーチ:さぁ、何点取れるかコミットしろ
受講陣:(研修疲れでハイになっていることもあり)じゃあ400点!

始めてみると、そもそも的に入らないボールも多く、400点どころか200点とるのも怪しい。

筆者:やっぱり400点は無理かも
コーチ:そんなんで株主が満足するか!考えろ
筆者:・・・・

ということで、しばらく考えているうちに、誰かが思いついた。

的を全部壁側に寄せたら、全部3点ゴールになる。

講師に確認し、やってみると壁からの反射で命中率が上がったりもしたので、劇的に点数が上がりましたが、まだ200点台。

程なくして別のアイデアが出る。

一度投げたボールを右側に戻して再利用しては?

だいぶ効果があり、これで300点は超えた。

次にまた別の誰かが

・ゴールの一つをみかん箱とゴミ袋にバラし
・ゴミ袋にボール100個まとめて入れ
・みかん箱を壁際につけてセンターライン側に口を向ける形で横置きし
・そこに100個ボールが入ったゴミ袋をボーリングの要領で投げる

というアイデアを出した。

1投で300点入る乾坤一擲のこのアイデアで、面白いように点数が入り、獲得したスコアは1万点に迫った。

コーチ:これがHigh Volume Mentality だ

筆者はその時、文字通り雷に打たれたような衝撃を感じた。
自分はHigh Volume Mentalityを、全く理解していなかったことを悟ったのだ。

それまで筆者は、会社から寄せられた期待値を上回った数値を一旦達成したら、あとは誇らしくも涼しい気持ちになっていた。言われたことをやったから、それで満足、というマインドセット。

他方、High Volume Mentalityでは、「まだいけるんじゃないか」「もっと他にできることはないか」「もっと高く」「もっと速く」と常に自分に問い続けることが求められるのだ。会社から言われたことに拘泥することなく、常に自分にチャレンジする、私に入社時にCEOが託して真意だったのだ。

この時の悟りは、その後の筆者に大きな影響を与え、筆者自身の働き方やチームマネジメントの指針となった。
そして、マインドセットは、個人や組織のパフォーマンスのために決定的に重要である、ということが身に沁み入った。

思い出話が長くなってしまった。

何が言いたくてこのエピソードを紹介したかというと、この記事にもあるように、人的資本経営のスコープを社員のスキルアップ、と限定的に捉えるのは、勿体無いし、それではせっかくの機運がバズワードに終わってしまうのではないか、ということ。

マインドセットのために、適切な投資をすれば、上記のように、その人や組織の根本的な仕事観や考え方につながり、パフォーマンスが質的に向上することもある。

そして「適切な投資」とは、マーケティングと同じ考え方(=どのように社員に働きかけたら、その心が動くか、という設計)であり、その意味でこの研修はマーケティング的観点で極めて優れたプログラムだった。

マーケティングが役に立つのは、戦略的なポジショニング・ブランド構築およびそのためのコミュニケーションを通じて個社のサービスや商品の売り上げを増大する、というだけではない。

筆者は、自身の関心や軸足を、徐々にこの組織のマインドセットという方向に拡張したいと考えている。

読者の皆さんは、いかがお考えですか?

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