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分析に必要な観察力と想像力は「金田一少年の事件簿」で鍛えられた

日本の高度IT人材の不足は深刻だ。データサイエンティスト協会(東京・港)が4月に発表した調査では、必要な人数のデータサイエンティストを確保できない企業は全体の6割近くに上った。経済産業省は国内のIT市場が年間2~5%で成長した場合、30年にはIT人材が3割不足すると予測している。

RやPythonでコードを書けたり、機械学習を用いて解を求めたり、あるいはクラウドを活用して大量のデータを扱ったり、それでもなお「自分自身には分析力が足りないなぁ」と猛省する日々を送っています。

以前にしんゆうさんに取材させて頂いた際にも相談したのですが、どうすれば分析力が高まるのか、明確な解は未だに見つかっていません。

そもそも分析とは、ざっくり言ってしまえば「知りたいことを知るためのプロセスを経る作業」を指します。以下のような感じですね。分析力とは、そのプロセスを高度に回す能力とでも言いましょうか。

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なぜ分析を(処理)と表現しているかは、しんゆうさんとの対談をご覧ください。私はしんゆうさんと同意見です。

プロセスの中で大事なのは、計測・収集し、チェックしたデータを「考察・洞察」する作業です。

データがあるだけでは何1つとして結論は出ません。「社内にデータがあるから何か分かりませんか?」と同義です。データに対する考察・洞察があってこそ「何か分かる」のです。言い換えれば、考察・洞察のプロセスが無ければ、処理はできても、どうやって処理するかは決まりません。

私は、分析のプロセスの肝は「考察・洞察」にあると考えています。

将棋のルールを覚えただけでは、藤井聡太さんには勝てません。どの駒が動かせるかは分かっても、盤面の数十手先を想像して、何をすれば良いか考えるには「考察・洞察」が必要です。

では、どうすれば「考察・洞察」の力は身に付くのか? 長年の課題だったのですが、つい最近、久しぶりに「金田一少年の事件簿」を読み直して「そうか、そういうことだったのか…」と腹落ちするシーンがありました。

歴史上、もっとも考察・洞察に優れていた人物は誰か。それは、19世紀後半に活躍したイギリスの小説家・アーサー・コナン・ドイルの創作した、シャーロック・ホームズであろうと私は考えます。

初対面のワトソンに対して「あなたアフガニスタンへ行ってきましたね?」と言い当てるほどの観察力。そして、訪問先をアフガニスタンと言い当てるほどの想像力。様々な選択肢はあれど、ホームズいわく「1秒とかからなかった」と言わしめた推理力は考察・洞察そのものです。

つまり推理小説こそ考察・洞察の宝庫だと私は考えました。

実は、私は18歳の時点で山村美紗、西村京太郎、内田康夫の当時の全巻を読破した「推理オタク」です。「金田一少年の事件簿」は連載当初からリアルタイムでマガジンで読んでいました。

ちなみに、名探偵コナンは「読まず嫌い」なんです。理由は、最初の事件で犯人がある乗り物から○○○して、被害者の○に○○○○るというトリックにあり得なさを感じたからです…。

「考察・洞察を鍛える能力」という観点で、オペラ座館殺人事件〜速水玲香誘拐殺人事件まで読み返すと、いくつかの汎用的な「気付き」を発見しました。今回のnoteはそれらをザックリとまとめてみました。


【注意事項】


今回のnoteは「金田一少年の事件簿」のネタバレを含みます。「犯人たちの事件簿」も出ていますから、いいんでしょう?と思いつつ、なるべく事件の核心には触れないようにしています。

もし、1度も「金田一少年の事件簿」を読んだ機会が無い場合、まずは漫画版を読んでみましょう。ちなみにドラマ版だと、堂本剛&ともさかりえ版が一番好きです。さかともえりさん〜!


①同じものを見ているのに違うように見えている

慣れが生じると関心を抱けなくなってしまうし、対象に注意を向けないと覚えられないものです。例えば、松本のTwitterアイコンに角が生えたのはいつからでしょうか?

「覚えていない」のではなく「興味が無いから知らない」だけです。

名探偵と一般人の差は「同じものを見ているのに違うように見えている」かどうかだと考えます。一般人は、犯人を示す特徴を見過ごすか、それ自体が犯人を示す特徴とすら思いもしません。

観察力の差と言ってしまえばそれまでなのですが、脳がオフモードになっていて、ヒューリスティックスになっているのです。歯の磨き方なんて誰も何も疑問を抱かないのは、何も考えずとも歯を磨けるからです。詳細について深く考えずとも、経験で身体が覚えています。

見ているけど、観ていない。一方で、名探偵はちゃんと観ている。この差が考察・洞察を高めると考えます。

「学園七不思議殺人事件」では、真壁の明かした密室トリックについて金田一は「まるで犯人はトリックを見つけて欲しいようだ」と表現します。エントツの穴についた跡にしろ、窓のカギについた跡にしろ、それを密室を解くカギと見るか、まるで見つけて欲しいと言わんばかりの跡と見るかは、同じデータをみているのに、まるで違います。

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(引用:学園七不思議殺人事件第4話より)

「墓場島殺人事件」では、ある防空壕の中で見つけた「辞世の句」が「文章が意味もないところでブチ切れている」ことに気付きます。文章の意味を読もうとするか、あるいは文章自体に意味を求めるかでは得られる結果は大きく違います。これも観察力の一例です。

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(引用:墓場島殺人事件第7話より)


②目に見えないから存在しないとは限らない

古今東西、名探偵は見えないものを見つけ、気付かないことに気付きます。霊的な意味合いでは無く、それぐらい観察力に優れているのです。

自分のみているものこそが正しいと考えると、自分の期待している内容だけに得られる成果は限られます。自分がまだ見つけていない何か、気付いていない何かが必ずあると信じるからこそ見つかるし気付くのです。

ホームズで言えば「ヴァスカル家の犬」が吠えなかったという事実こそが重要なように、無いことがあることの証明に繋がる場合もあります。

自分の思考は、認知の歪みを表したそのものだと「人は悪魔に熱狂する」でも力説しました。言い換えれば、思考は認知に依存します。

「雪夜叉伝説殺人事件」では、真犯人がどうやって第一の被害者を殺害したかが鍵を握ります。もっとも川幅が狭い場所で単身移動したのか、それとも明智警視が言うように「ロープで車を渡した」のか、目に見えない移動手段に対する様々な考察・洞察が飛び交います。金田一はシンプルに「車ごと移動する手段があったはず」と前提を置いて考え、見えなくなった幻の道路のヒントを発見します。

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(引用:雪夜叉伝説殺人事件第8話より)

「蝋人形城殺人事件」では、西の塔全体が巨大な密室と化した状況下で、小暖炉の間で「胸に杭を撃ち込まれたリチャードの蝋人形」を見て、全員がリチャード本人の死を予見します。それこそが犯人の狙った「刷り込み」なのですが、ともかくとして「巨大な密室の外側にいた」と思われる犯人が、実は「密室の内側にいた」=「隠れていた」と考え、なぜ見えなかったのかと考えるようになります。

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(引用:蝋人形城殺人事件第10話より)


③客観的な観察と主観的な観察がある

①と②で説いたのは、観察の重要性です。「観る」のは、とても大事なことだと考えます。考察・洞察も、単に「見る」のではなく、見えないところまで人と違った視点で「観る」からこそ気付く世界もあるのです。

しかし、観察すると言っても、客観的なファクトベースの観察と、主観的なオピニオンベースの観察の2種類があります。

例えば人の外見を見て「人なんて殺しそうも無い人」だと思ったらシリアルキラーだったり、ワイロいっぱい配ってそうな極悪人が実は人情に厚いだけの人だったり、いわば「人は見かけによらない」のですが、それは主観的な観察に終始しているからです。印象なんていくらでも左右できるのです。

ファクトを積み重ねた観察とは、見た目ではなく、身振りや手振り、ちょっとした自然なクセから、ワトソンをアフガニスタン帰りと言い当てるようなものです。

「魔術列車殺人事件」では、ジェントル山神が薔薇だらけの室内で風船に囲まれた刺殺体として発見されます。カメラの映像をみる限りは「ちゃんと身体だって映ってい」ます。「マントの下にくっきりと体のラインが」見えます。しかし、ではなぜ風船が括り付けられた左手が浮いているのでしょう。

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(引用:魔術列車殺人事件第10話より)

「秘宝島殺人事件」では、金田一はトイレでオーナーの一人娘・美作碧と偶然遭遇します。まさに「きゃああ〜!!」な状況です。さて、ではここで問題です。この後、金田一はある事実に遭遇して慄然としますが何でしょう。パロディ版「犯人たちの事件簿」で種明かしがされているので確認いただくとして、この事実に気付ける金田一の客観的な観察力に驚きますよ。

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(引用:秘宝島殺人事件第7話より)


④事実が全てであり、あり得ないことは起きる

ミステリで一般人が口にするセリフ第4位は「こんなの、ありえない!」です。しかし現実に起きている以上は「ありえる」のです。現状の認知が間違っているのです。

原因→結果で考えて、あり得ないことが起きているなら、必ず何かしら原因があるはずです。因果関係を整理するのに、多くの人が「ありえない」だから「結果がおかしい」と考察しがちです。確かに「事実が間違っている可能性」もありますが、むしろ「事実が正しい」と考えて、そこへ到達する経緯を考えるのも大事です。

一方で、実は原因もなくて、単なる偶然という可能性もあります。偶然があり得ない密室を引き起こした最高傑作例は、個人的には森博嗣の「冷たい密室と博士たち」ですね。

「怪盗紳士の殺人」では、ルノアール国際絵画展で大賞を受賞した「我が愛する娘の肖像」が重要な鍵を握ります。作家の蒲生が生き別れた娘を想像して描いたそうです。右下に映る南十字星まで含めて丁寧に描かれています。さすがに物語の根底になるので詳細まで書けませんが、ここに描かれているのは全て「事実」です。ちなみに、日本で南十字星が見える場所は沖縄県波照間島のみだそうです。この絵は想像で書かれたのか、それとも実際の被写体をもとに書かれたのか。後者は通常なら「ありえない」のですが、もしも「ありえる」なら…と考えるのが金田一なんですね。

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(引用:怪盗紳士の殺人第10話より)

「オペラ座館殺人事件」では、ファントム・歌月をすんでのところまで追い詰めますが、残念ながら窓に向かって逃げてしまいました。外は断崖絶壁、海面にはファントムのマスク…。一方で、窓枠には泥1つ付いていません。犯人は死んだのか。ありえないかもしれませんが、死んでいないのだとしたらどこに隠れたのか。「ありえない」が「ありえる」なら、犯人は自然と限定されます。実際には次のコマで金田一は犯人をほぼ特定しました。

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(引用:オペラ座館殺人事件第3話より)


⑤想像を飛躍させて推論する

物事を考察・洞察する際、全ての事実が明らかになっていて、あとは考えるだけ…なんて事態は滅多にありません。大抵の場合、何らかの事実は欠落しています。

分かっている事実と、まだ明らかになっていない事実。後者を想像力で補って1つの仮説を導くのが「名探偵」と呼ばれる由縁です。もちろん全てが全てを想像力で補えません。全体の20〜30%を表す事実から、残り70%を考察・推察する能力は想像力が鍵を握ります。

良いように言えば物語を作るのが想像力で、悪く言えば解釈を歪めてしまうのも想像力です。いずれにしろ、事実を捉えた想像力の飛躍こそが欠かせないポイントではないでしょうか。

「悲恋湖伝説殺人事件」では、殺害現場にあったステレオが再び破壊されている点に金田一は気付きます。なぜステレオは破壊されたのか。現場を荒らされたのとついで(偶然)なのか、もし理由があるなら「ステレオの機能に関する何か」が犯人にとってはものすごく都合が悪いのではないか、と考えます。そこから真犯人への突破口が開かれるので、想像力ってすごく大事だなと感じた回でした。

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(引用:悲恋湖伝説殺人事件第5話より)

「飛騨からくり屋敷殺人事件」では、使用人の仙田猿彦が脚立にたって高枝切りバサミを使っている姿に「?」と金田一は感じます。なぜ脚立を上りきらないのか、高枝切りバサミを使うのか、想像力を働かせた金田一は「脚立の上に立てないほどの高所恐怖症なのではないか」と仮説を立てます。後にこの仮説が仙田犯人説に大きな影響を及ぼします。

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(引用:飛騨からくり屋敷殺人事件第3話より)


⑥全ての情報が事実とは限らない

さて、最後です。

以前のnoteでも書いたのですが、ファクトとオピニオンは大きく違います。ファクトこそ大事なのですが、えてして人はオピニオンをファクトと混同して認識しがちです。それは「裏付け」を取らないからです。

「その人が言っているからそう」と解釈する人が多いのですが、その人自体が本当に真実を見たのかどうか立証できなければ、単なるオピニオンに過ぎません。事実と意見は大きく異なります。

全てのデータが事実とは限らない。これは私の一貫した主張です。裏付けの取れていない個人の主観も含まれます。大事なのは、裏付けを取ることでしょう。そもそもデータサイエンスに限らず、大半のデータ分析は「裏付け」に過ぎません。経営者の勘で済ませても良いのに、裏付けが欲しいからデータ分析に白羽の矢が立つのです。

すなわち膨大なデータから、ファクトとオピニオンを区分するだけでも、考察・洞察に大きな貢献をなすのではないでしょうか。

「函館異人館ホテル殺人事件」では、赤髭のサンタクロースから電話をもらった俵田警部が、真っ赤な部屋にいる犯人らしき人物に目を向けて「あれは赤い部屋だ!」と叫びます。では、犯人は赤い部屋(315号室)にいるのでしょうか。それは確認したわけではありません。なにせ、赤い部屋は1つしかないのですから。わかりやすい推論なのですが、決してファクトベースとは限りません。実際に315号室だと位置で確認できたわけでは無いので。

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(引用:函館異人館ホテル殺人事件第6話より)


考察・洞察の根底にあるのは観察力と想像力

端的にまとめると、優れた観察力と想像力の持ち主は、優れた考察・洞察に繋がっていると思うのです。まだ、これらを体系化できているわけでは無いのですが、1〜2年のうちに挑戦したいと思います。

観察力とは「観る力」であり、気付かないものに気付く力、ヒューリスティックスな脳から開放する力です。

想像力とは「欠けたファクトを埋める力」であり、積み重ねた事実から欠けた事実を補う力です。

もしも、生データ/集計されたデータを見て、観察力・想像力をもってすれば「何かが分かる」のかな、と思います。もっとも、観察力と想像力を意識し、かつ目的を持っていなければいけないんでしょうけど。

観察力、想像力については、引き続き言語化を高めていこうと考えております。

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