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がんばりすぎない、必要以上に働かない「静かな退職者」が増える労働市場の異変

 数年前から「FIRE(Financial Independence Retire Early)=経済的自立と早期リタイア」の人生スタイルが注目されて、それを目指す人は増えている。年間生活費の25年分をできるだけ早い時期に貯めることで早期退職をして、残りの人生は、資産運用だけで生活できることを指すが、これを実現するには若い時期のハードワークを覚悟して、貯蓄額を増やしていかなくてはいけない。しかし、FIREに到達できるのは、ほんの一部の人達に過ぎない。

米国の連邦準備制度理事会(FRS)が3年毎に行っている消費者金融調査(2019年)によると、35~44歳世帯の純資産額は平均値が43.6万ドル(約4800万円)だが、これは上位の富裕層が平均を押し上げており、中央値でみると9.1万ドル(約1000万円)に下がる。他の年齢層でも同世代間の貧富格差が拡大しているのが、米国社会の特徴である。

資産運用のコンサルティングを行うフィデリティ・インベストメンツによると、米国で快適な老後を過ごすには、67歳までに定年時の年収の10倍を純資産として築く必要があると言われ、サラリーマンの平均年収からすると約51万ドルが具体的な目標額になる。しかし、実際には半数近い世帯はマイホームを含めた純資産が25万ドルにも到達していない。

How much do I need to retire ?(Fidelity)

サラリーマンの給与収入だけでは、年齢別にみた適正な純資産倍率に到達することさえ難しく、さらにFIREの実現などは夢物語である。そうした現実派の割合も高くなっているのが近年の特徴であり、2022年3月頃からは「Quiet Quitting(静かな退職)」というキーワードが、20~30代の中から流行り始めている。

このトレンドは、会社からはクビにならない程度に、必要以上には一生懸命働くのをやめることを指しており、2022年の前半からTikTokなどのSNSで「仕事で出世を目指すことをやめよう。仕事はあなたの人生ではない。あなたの価値は仕事の成果で決まるわけではない。」といった内容の動画が投稿されるようになり、世代を超えた労働者からの共感を集めた、新たな労働運動に拡大しはじめている。

■On Quiet Quitting(TikTok)

Quiet Quitting(静かな退職)の対極にあったのは、ハードワークをして昇給や昇進を目指すことが奨励された企業文化であり、米国では「Hustle Culture(ハッスル文化)」と呼ばれている。しかし、ハードワークをして報われるのは、上位のエリート層だけであり、大多数の労働者は低賃金のまま苦しい生活を強いられている。こうした不満から、昔のストライキとは違った、新たな労働運動のスタイルとして、Quiet Quittingのムーブメントが起きている。

コロナ禍以降に各業界の職場で深刻化している人手不足の問題も、この動きと関連性を深めており、企業は従業員との信頼関係を再構築することが急務の課題となってきている。

Quiet Quitting(静かな退職)の行動は、仕事に対するストレス、不安、怒りなど、負の感情を抱える労働者のメンタルヘルスにとっては、プラスの効果があると捉えられており、燃え尽き症候群の患者を増やさないためにも、キャリアコーチやセラピストの中でも、仕事に全力を尽くさないことを推奨する動きが出てきている。

具体的な行動としては、勤務時間以外のメールやSlackのメッセージに返信しない、定時退社、成果を追求しない、昇進するための努力をしない、職務記述書に書かれていない仕事にはノーと言う、などが挙げられており、労働組合のように団結したストライキとは異なる、個人的な行動が共有される形で、TikTok上では、#quietquittingのハッシュッタグが付けられた動画が次々と挙げられるようになっている。

このような行動の背景にあるのは、コロナ禍では大量の退職者が出た中で、職場に残った従業員に対して上司が、昇進の可能性を示唆しながら、実際には無報酬のまま、多くの仕事と重い責任を与えていることがある。これらの職場の状況は、Quiet Quitting(静かな退職)への対語として、quiet promoting(静かな昇進)と言われている。(この記事には続編があります。Quiet Quitting 動向の詳細は、JNEWS会員向けレポート2022年12月14号で掲載しています)

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