遊ぶ大人が「研修転移」を引き起こす

ぼくはふだん、子どもからビジネスパーソンまで、様々な方々とのワークショップを企画し、運営する仕事をしています。今、3ヶ月間の育児休業を取得し、2歳と0歳の子育てに奮闘しています。うちは保育園に通っていない自宅保育なので、毎日公園や家で一緒に遊んでいます。

そんなふうにすごしていると、気づけば着替えや食事、お風呂など、毎日のタスクのなかでも「遊ぼう」とする自分に気づきます。

着替えるのを嫌がる娘に適当な歌を歌いながら遊んだり、お風呂に入りたがらないときに、お風呂を大きな鍋に見立てておもちゃを入れて料理をしよう、と声をかけたりして、遊ぶことを誘おうとしているのです。

このことに気づいたとき、大人の遊ぶ態度が子どもに与える影響と、マネージャーの態度がチームメンバーに与える影響って、似ているのでは?と考えました。

「遊び」と「実践」は乖離している?

ぼくはかつて、子どもの「遊び」と大人の家事や仕事といった「実践」は別のものだと考えていました。子どもの遊びの活動は、子どもの世界の出来事であり、大人の世界とは関わりのないものだと思っていたのです。

しかし、実際に子どもと一緒に生活をしていると、子どもは遊びを媒介にして世界を理解しようとしているように思えてくるのです。そしてまた、親をはじめとする子どもの保育者もまた、遊びを活用して、子どもの遊びたい気持ちと生活の実践的なタスクをつなぎあわせているように思えます。

たとえば、生活の中には「着替え」というタスクがあります。子どもにとってはこれが面倒なことに思えてならないようなのです。

そこであるとき、子どもがYouTubeで見ていた「やさいのうた」という歌の替え歌を歌いながらやってみました。「ティーシャーツは、ティーティーティー」「ズボンはー、ボンボンボン」などと歌いながらやってみると、本人も楽しそうに着替えをするようになったのです。

こんなふうにして、「タスク」としてやるべきことのなかに「遊び心」を練り込み、ふつうにやったらつまらないものを面白くしていくことができます。そしてぼくは、着替えだけでなく、手洗い、食事、夜中に走り回らないようにすることなど日々さまざまな場面で、この遊び心の練りこみをやっていることに気がついたのです。

そのことに気づいてから、このような「遊び心」を活用して、家事や仕事といった「実践」にむすびつける試みは、子どもとの生活以外でも起こっているのかもしれないと考えるようになりました。

研修で学んだことは仕事に生かされているか?

「遊び」と「実践」の接合を、「研修転移」の観点から考えてみます。

企業における「研修」で学んだことの60~90%は、実際の職場で実践されていないケースが多いという報告があります。(Sacks & Haccoun 2004)

研修で学んだことが仕事に生きるようになるためには、研修と実践のあいだで学んだことの「転移」が起こることが必要です。

たとえば、アイデア発想法の研修があったとします。

「たくさんのアイデアをかたちにしているクリエイターの話を聴いて、その発想法を実習をとおして体験する」といったような研修を想像してください。この研修が面白ければ面白いほど、「クリエイターの物の見方や遊び心を自分なりに取り入れて、仕事に生かそう!」と、ワクワクした楽しい気分になります。

しかし、実際には、日常の業務に戻ると、日常の物の見方や遊び心のないタスク処理に戻ってしまい、せっかく学んだ発想法を活かすことができず、ワクワクした感覚を忘れていってしまう。こんな経験がある方も多いのではないでしょうか。

これはいわば、研修と仕事が乖離している状態です。理想は、研修で学んだことが仕事と接合していくことです。これを「研修転移」といいます。

詳しくはこちらの本を読んでみてください。

上司/保育者の雰囲気が「転移」にかかわる

この理想を実現する鍵となるのが、研修受講生の「上司」であるといいます。上司の雰囲気が、研修転移を促すかどうかを決めるというのです。

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この図を、さきほどの親をはじめとする保育者に当てはめても考えることができます。

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保育者が、子どもが世界を理解するための手がかりである「遊び」というものをどのように捉え、参加しているかによって、遊びと生活実践の転移が起こるかどうかに影響すると言えそうです。

「上司」にしても「親」にしても、チームのメンバーが楽しさや好奇心など前向きな感情を感じていることに目を向け、共感的な雰囲気のなかで関わっていることが大切であることがわかります。

リカレント教育と転移

このような「研修転移」は、社会人になってから大学やオンラインサロンなどで学びなおす「リカレント教育」においても言えることができそうです。

学びのなかでうまれたワクワクした気持ちを途切れさせず、新しい仕事の実践に遊び心を練りこんでいくことができるようになれば、リカレント教育は有効に機能するでしょう。

このとき、それらの学び場で学んだことを積極的に活用できるよう共感し、支援してくれるメンターの存在が重要であると言えます。

この「メンター」の役割には必ずしも上下関係がなくてよさそうです。たとえば、同じ学び場で学んだ仲間が、その場を卒業した後に集い、仕事の報告をしあい、ワクワクと楽しむ気持ちは発展しているか、学んだことが生かされているか、もっと活かすにはどうすればいいかを雑談する機会があれば、仲間同士でもメンタリングできるはずです。

遊びをせんとや生まれけむ

こんなことを考えながら、1人の親としても、たくさんの仲間と働く人間としても、自分の遊び心を仕事や生活に生かしながら、他人の遊び心が仕事や生活に生きるよう支援できるようありたいなと思った次第です。

その一方で、最も大切なことは、純然とワクワクした楽しい気持ちに浸る時間をつくることでしょう。「何かに生かそう、利用しよう」と力んで物事を捉えると、けっこうしんどくなっていきます。力むことなく、それでいて節操なく遊ぶように生きていたいものです。

遊びをせんとや生れけむ
戯れせんとや生れけん
遊ぶ子供の声聞けば
わが身さへこそゆるがるれ
(梁塵秘抄より)


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臼井 隆志|Art Educator
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