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戦争のようなリスクの高い意思決定を、なぜ人は選択してしまうのか【日経COMEMO】

24日、起きてはならないことが起きてしまった。ロシア軍は24日にウクライナへの軍事侵攻を開始した。ロシアのウクライナ侵攻は、2014年のクリミアの併合以来、断続的に圧力がかけられてきた。本格的な軍事侵攻となった2月24日は、2014年2月20日のクリミア侵攻からちょうど8年目となる。

私は経済学部の教員であるため、戦争について論じることはしない。ただ、この事態が一刻も早く収束し、再びウクライナに平和が訪れることを心から祈っている。

戦争を起こした当事者の動機や言い分は数多くあるだろう。しかし、なぜ人は戦争行為を悪しき事だとわかっていながら選択してしまうのか。しかも、近現代における戦争行為の多くが立場的に困窮している国から侵攻している。なぜ、困窮している国の指導者は戦争というリスクの高い意思決定をしてしまうのか。行動経済学では、なぜ人はリスクの高い選択をとる意思決定のメカニズムについて説明している。

人は確率を誤認する『プロスペクト理論』

人の意思決定のメカニズムを説明する有名な理論として『プロスペクト理論』がある。2002年のノーベル経済学賞受賞者であるダニエル・
カーネマンとエイモス・トヴァスキーによって1979年に発表された。

この理論は、リスクがある中での人の行動パターンを数理モデル化したものだ。この理論では、意思決定を下すことで得ることができる利得と被るかもしれない損失は主観的価値の大小で決まる。その関係を図に表すと以下の通りだ。

プロスペクト理論

この理論に従うと、実行することで大きな利得を得るが、実行しなくても小さな利得が得られるような状況では、人はリスク回避的な意思決定をする。例えば、100%の確率で5千円をもらえる人が投資することで80%の確率で7千円になる(20%の確率で0円になる)とき、多くの人はリスクを回避して5千円をもらうことを選択する。このとき、投資することの期待値は5,600円なので投資をしたほうが確率論的には合理的だ。

一方、イベントで使用する予定だった5千円の備品が納期の発注ミスでイベント当日に間に合わないとき、交通費2千円を支払って直接取りに行くことで間に合うかもしれない。しかし、直接取りに行ったとしても間に合う可能性は20%と低い。何もしないと5千円が無駄になるが、2千円の交通費を払うことで無駄にならないかもしれない。このとき、諦めた場合にはマイナス5千円の期待値だが、取りに行くときの期待値はマイナス5,600円になる。しかし、20%の確率にかけて取りに行くという選択肢をとる人が多い。

つまり、利得を得ている人はリスクを回避する意思決定をする傾向にあり、損失を被っている人はリスクを積極的に取る傾向にある。加えて、人の認知にはバイアスがある。人は「手術の成功確率は8割です」と言われると2割は失敗するのかと不安になるが、「15%の確率でクジの辺りが出ます」と言われると結構当たるじゃないかと楽観的になる。高い成功確率の時には不安を感じやすく、低い成功確率の時には楽観的に認知がゆがむ。宝くじやゲームのガチャに多くの人が金銭をつぎ込んでしまう心理を説明するときに、この理論はよく使われる。宝くじやガチャの大当たりの確率を計算すると、そこに投資することの合理性は甚だ低いが、それでも金銭を投じてしまう。

「進むも地獄、退くも地獄」の状況を作らせない

普通の人にとっては、戦争のような国家や歴史を左右する意思決定を迫られることはない。それに、明確に「敵だ」と認識するような他者がいることもないだろう。それは競合他社であってもそうだ。競合であっても、相手を意図的に破滅に追い込もうとすることはほとんどないだろう。(個別のケースでは耳にすることもあるが)

しかし、私たちは自覚がなくても相手を追い込んでしまっていることがある。それは、学校や職場で尊厳が軽んじられていたり、虐められている人がいて、直接関わっていなくても認知しながら見て見ぬふりをしているときかもしれない。職場で管理職として部下を持ったり新人の教育係となったとき、相手の物覚えの悪さにイライラしてしまったり、教育のためと厳しい態度で接しているときかもしれない。自分では自覚がなくても、相手が追い込まれてしまっているときがある。

主観的な価値が下がり、このままでは大きな損失を被ると考えたとき、追い込まれた人は時として思い切った行動に出る。平常時ではとても取ることができないようなリスクの大きな意思決定だ。しかも、論理的に考えれば不合理な決断をしてしまう。

私たちは、たとえどのような相手であろうとも、周りにいる人に対して「進むも地獄、退くも地獄」という状況に陥らないように人間関係に配慮することが大切である。

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