重い腰をあげた「昇進」制度の脱日本化
伝統的な人事制度からの脱却
終身雇用をはじめとした伝統的な人事制度から脱却しようと、グローバル企業をはじめとして、大掛かりな改革のメスを入れはじめている。その背景にあるのが、人材マネジメントのテクノロジー化によって、それまで国ごとの特殊性が強かった人事制度や商慣習が標準化されてきたことだ。
例えば、頑なに英語を使うことに抵抗を示していたフランス企業も、国や地域を跨るプロジェクトや業務では英語が中心となった。人事情報もクラウド技術によって、世界規模のデータベースが作られ、グローバル全体で人材の把握と管理が可能になった。俗にいう、グローバル・タレントマネジメントシステムと呼ばれるものだ。特に、人材の流動性と最適配置、キャリアの自由度が飛躍的に高まった。
その結果、イノベーションが起きるスピードと労働生産性がアナログで管理していた時代とは隔絶するほど進歩している。このような変化を端的に表しているのは、世界中どこでもグローバル規模のイノベーションを起こすことが可能だという事実だ。時価総額10億ドルを超えるスタートアップのユニコーン企業は、クロアチアやエストニアのような小国からでも生まれるし、コロンビアやウルグアイのような所謂発展途上国からも出てきている。
このような世界状況の中で、いつまでも「日本の特殊性」を主張していたのでは国際的な事業環境の中で生き抜くことは難しい。これまで日本の競争優位を支えてきた日本的人事制度から卒業し、グローバル化することが求められている。この変化の痛みは、この20年間でドイツやフランスが乗り越えてきたものだ。その結果、いつの間にか日本のお家芸であった平均勤続年数の長さも、フランスやドイツよりも短くなり、追い抜かされてしまった。
優れた人材であれば20代でも管理職登用をするという住友商事や、副業を解禁しようという双日の動きも、そのような流れの1つだ。従業員の働き方を管理するマネジメントから、個人の意思を後押しするマネジメントへの変革期だ。
同様の動きは製造業でも見られる。今年に入ってから紙面をにぎわせたニュースでは、川崎重工における年功制の全廃もそうだ。
日本的昇進システムは国際競争の足かせだった
海外現地法人のマネジメントで、現地スタッフの採用と育成した人材の流出は古くからある課題だ。インドネシアやインド、シンガポールなどのアジア諸国の日本企業で働く現地スタッフや現地大学の研究者と話していると、その原因として語られることが多いのが昇進の問題だ。この昇進の問題は3つの要因を内包している。
第1に、昇進スピードの遅さだ。最近は多少よくなってきたものの、日本企業では管理職に選ぶときに、在職年数や年齢を気にする傾向にある。海外でもまったく気にしないわけではないが、多くの日本企業ほどではない。そのため、管理職の平均年齢が高くなりがちだ。そうすると、日本企業以外で就職した時には管理職として早くから高給で責任のある仕事に就くことができ、労働市場における自分の価値を高めることができる。転職が当たり前の環境では、労働市場における自分の価値は重要だ。そのため、早期離職につながる。
第2に、昇進の仕組みの不透明さだ。採用や昇進、評価、異動など、企業で働いていても、どのようなプロセスで意思決定がなされているかわからない人事制度や施策が数多くある。会社員をしていると、もっともらしい人事陰謀論や人事部が様々な決定権を持っているような噂話を耳にしたことがあるだろう。日本企業の人事制度はブラックボックス化されていることが多い。もともと、そのような環境で生まれ育ってきた日本人にとっては、人事がブラックボックスなのは当たり前のことだが、海外ではそうとは限らない。特に、外資系企業で人事制度が不透明なことは現地スタッフに不安と不信感を与える。
第3に、昇進のガラスの天井だ。現地法人のローカライゼーションが課題だという日本企業は多いが、現地法人の社長や部長職級で現地採用者が選ばれることは少ない。本社から派遣される駐在員が就くことが割合で言うと大多数だ。日本企業側の理由としては、「ふさわしい人材が社内にいれば積極的に登用したいと考えているが、相応しい人材が社内にいないために結果として日本人駐在員ばかりなっている」と答えることが多い。この理由は、日本企業で女性管理職や役員比率が上がらないときと似たトーンだ。
しかし、現地スタッフ側から見ると、この状況は「昇進のスピードが遅いのに、社内の重要なポジションは日本人に独占されている」ように見える。中国の故事成語に、優秀な人材を欲するならば、まずは手元の人材の大抜擢をして喧伝すべしだという『隗より始めよ』という言葉がある。しかし、重要なポジションを日本人が独占している状態というのは、この故事成語とは正反対の状況だ。
これら日本企業の昇進に関する3つの要因は、欧米企業や中国・韓国企業と比べたときに、海外で優秀な人材を獲得するうえでディス・アドバンテージとなっている。実際に、私が研究で滞在していたインドネシアの国立大学では「日本企業に就職するのは、日本語学科の学生か、Tier 3 の社会科学系の学生だ」というのが多くの学生が持っていた認識だった。
グローバルビジネスで人材マネジメントを行うときに、残念ながら、伝統的な日本的人事制度が足を引っ張っていた。そういった意味でも、住友商事が年齢を気にせずに管理職を登用すると意思決定したことは大きな意義がある。大企業が率先して、これまでグローバル・スタンダートと異なることで機会を損失してきた日本の特殊事情を修正しようという動きは、国際競争力の強化という意味で歓迎すべきだ。
伝統となっている人事制度や働き方を変えることは容易ではない。しかし、絶えず変化するビジネス環境の中で、求められる人事制度や働き方も絶えず変化している。日本国内だけで事業が完結するのであれば、伝統的な日本の人事制度は合理的で素晴らしいメリットを数多く持つ。しかし、これからのグローバルビジネスで優位性を発揮していこうとするのであれば、これまで当たり前と考えてきた日本の特殊性や常識を疑い、変化を推し進めることが求められている。
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