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「オンラインで対面式講義と同じ効果が得られるか?」は古い議論?

黒船『コロナ丸』による教育のオンライン化

COVID-19によって、激変を余儀なくされた業界の1つが教育だ。小学校から大学院まで、教育機関は対面式の講義ができなくなり、半ば強制的にオンラインでの授業を行わざる得なくなった。当然のことながら、それまでオンラインで授業をしなくてはいけないと思ってもこなかった教員からは悲鳴が巻き上がり、現場は混乱した。

早い大学では4月から、多くの大学が5月から、オンラインでの授業をスタートさせた。それから数週間が過ぎ、オンライン教育による混乱も少しは落ち着きを見せてきた。しかし、学生や教師からの評判は様々だ。オンライン教育の情報交換を行う教職員同士のコミュニティでは、「もう、すべてオンラインでも良い」という教員もいれば、「やっぱり、対面ではないと授業は無理だ」という教員の声も聞こえる。

英国エクセター大学 シニア講師の藤田太郎氏らは、下記リンク先にある通り、『算数・数学のオンライン授業や学習に関する調査』を行っている。調査報告によると、小中高校生を対象とした算数・数学の授業ではオンライン教育に限界があり、対面式での教授法も必要であると提唱されている。

このように、COVID-19による教育のオンライン化は、その学習効果という面でも賛否両論あるようだ。しかし、このような緊急事態ではなく、しっかりと準備・設計がされたうえでオンライン教育がなされた場合、その学習効果は対面式と比べてどうなのだろうか?

お世辞にも、現在の日本の状況では、オンライン教育の学習効果を正しく議論できるとは言えないだろう。


オンライン教育は新しいものではない

わが国では、伝統的に対面式の教育が重んじられWEBやコンピューターを利用した教育は重要視されてこなかった。そのため、オンライン学習に関するノウハウの蓄積に乏しく、手探り状態であることが否めない。

しかし、世界に目を向けてみると、オンライン学習に関する研究は進んでおり、論文数だけでも数千単位の文献を見つけることができる。特に、米国では90年代後半から、オンライン学習が積極的に取り組まれてきた。

米国のコンサルタントであるマーガレット・ドリスコル氏は、米国でオンライン学習が急速に普及した理由を、戦術的理由と戦略的理由の2つを上げている。

戦術的理由はコストの問題だ。国土の広い米国では、研修のために講師を派遣することや、受講生を一か所に集めるコストが莫大なものになる。そのため、米国中のどこにいても受講することのできるオンライン学習が歓迎された。
一方、戦略的理由は、オンライン学習によって全世界どこにいても研修を実施することが可能であり、現場の従業員のサービスレベルの向上、能力開発をインセンティブとしたモチベーション&リテンション・マネジメントへの貢献が期待される。米国のビジネスパーソンは、キャリア開発の意識が強い傾向にあるため、自己成長の機会の有無が働く意欲や離職意図に強く影響を及ぼす。
オンライン教育における学習効果は、米国だけではなく、欧米や中国をはじめとした世界各地で様々な研究が行われてきた。それらの多くは、学術機関だけではなく、コンサルティング会社や研修会社、教育機関とも連携し、産学協同で実証研究が行われているものも数多い。


学習効果について学術的にわかっていること

オンライン教育の学習効果について、全体像を理解するのに最適な研究がある。2009年と2013年に発表された、スタンフォード研究所インターナショナル(以後、SRI)によるメタ分析だ。メタ分析とは、既に発表されている多数の実証研究の統計結果を統合することによって、学術研究で得られた知見を再分析する手法だ。数多くの類似研究をまとめることによって、既存研究で何が明らかになっているのかを理解するのに適した手法と言える。

SRIの研究では、1996年から2008年7月までに公表された実証研究の結果をまとめ、オンライン学習の有効性について検証している。その結果、全体傾向として、オンライン学習は対面式学習よりも優れた学習効果をもたらすことが明らかとなっている。特に、対面式とオンライン学習を混ぜたプログラムの学習効果が最も優れていた。この原因について、SRIは、オンラインとオフラインの併用によって指導内容に多様性が生まれ、研修時に受講生に与えられる情報量が増加することが学習効果の向上に起因すると推察している。

SRIは、学習効果を高めるオンライン学習の設計についても言及している。

例えば、オンライン学習では受講生同士の共同作業の有無が学習効果に大きな影響を与える。受講生が単独で行う個人作業だけでは、学習効果を高めることにならず、受講生同士での相互作用が重要となる。受講生同士の相互作用は、そのほかにも学習効果を高めると述べられている。研修中に、受講生同士のコミュニケーションを設けることは、リアルタイムであっても、研修前後の非同期のやり取りであっても学習効果を高める効果がある。

そのほかに、オンデマンド方式やeラーニングのような、相互のやり取りがない、講師から受講生への一方通行のメディアは、学習効果を高めることに繋がらない。講師から受講生にフィードバックが得られるなどの、双方向コミュニケーションが、オンラインによる学びでは重要になる。

また、プログラムの内容にも学習効果の有効性を分ける要素がある。例えば、オンライン教育であれば、研修内容に実践課題を取り入れることが推奨される。ただ、配信された動画を見てノートをとっているだけでは、オンラインと対面式の学習効果に差はなかった。

講義で使用するメディアについても、文字情報のみの研修は効果がないわけではないが、多様なメディアを活用した研修のほうが学習効果を高まる。特に、オンライン教育はバーチャル空間で行う分、使用メディアも多様な選択肢を持つ。動画を流すだけではなく、オンライン・ブレインストーミングやバーチャル・ディスカッション、クイズにアンケート、ビデオゲームも教育ツールとなる。脳科学の学術理論を基にしたビデオゲームを開発しているLumosity や、レゴのように自由にモノつくりができるMINECRAFTのようにビデオゲームは次世代の学びのツールとして期待されている。


対面式教育とオンライン教育はトレードオフではない

オンライン教育に関する既存研究を概観していくと、学習効果という面でオンラインは対面式に引けをとらないどころか、長じているところもあることがわかる。特に、思考力や認知能力を高める訓練では、オンラインの方が良い効果をもたらす傾向が強い。例えば、ブレインストーミングをやってみたとき、対面式よりもオンラインで行った方が受講生の創造性が高まると言う研究成果もある。

しかし、すべてがオンラインで代替できるかというとそうでもない。スポーツや芸術品の創作活動、対面でのコミュニケーションのスキル、礼儀作法・マナーのように、対面式でこそ学ぶことができるものも多い。

私たちは、ついつい「オンライン」と「対面式」を相容れることのないトレードオフのようにとらえてしまいがちだ。しかし、本来は両方の得手・不得手を理解し、組み合わせていくことが理想だ。

そもそも、日本の教育現場はテクノロジーの活用が他の先進諸国や新興国と比べて遅れていた。EdTechと呼ばれる、教育に関するテクノロジー群は最も勢いのある分野の1つだ。全世界で数多のサービスが生み出され、ユニコーン企業として成長している例も数多い。しかし、日本絵は、これらのテクノロジーに対して、積極活用していこうという教育機関は数少なかった。COVID-19でオンライン教育に対するハードルが下がったことを好機と捉え、日本の教育が進化することを望む。


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