模倣との戦いよ、サラバ!ヤッホーの模倣困難な戦略

ビジネスの世界は模倣との戦いだ。多くの企業において直面する大きな課題である。

折角苦労して開発・発売した新製品や新サービスが、後発組にあっという間に模倣されて悔しい思いをした経験のある方も多いのではないだろうか。私たちが属するビール業界はその傾向が非常に強く、以下の記事もそんな話。

これはキリンビールが昨年10月に発売した「一番搾り 糖質ゼロ」について書かれている。

開発に約5年を要した糖質ゼロは今年、一番搾りブランド(缶)の2割強にあたる430万ケースを販売する見込みだ。順調な船出だが、気になるのはサントリービールの動向。キリンから半年後の4月に同じく糖質ゼロビールを売り出すのが、いかにも同社らしい抜け目ないやり方だ。

なんと、ヒットしたと思った矢先に他社が同様の製品を発売するという。恐らく元々開発には手を付けていたのだろうが、ヒットしたのを見て急遽製品化が決まったのではないか。以下にある通り、実はこれまでもビール業界には典型的な模倣・追随事例は少なくない。

ビール市場はなぜか後出しじゃんけんの方が強い。第三のビールはサッポロビールが最速で参入したが、いまはキリンがシェアトップ。そしてキリンが「キリンフリー」で先行したノンアルビールは10年8月発売のサントリー「オールフリー」に抜かれ、今では最後発のアサヒビール「ドライゼロ」がトップ銘柄だ。

一般に先行して発売すれば優位なポジションを得られるはずだが、資金力やマーケティング力、ブランド力などの合わせ技で優位さをひっくり返してしまうのが今のビール業界の恐ろしいところだ。この「糖質ゼロ戦争」がどうなるのか、今後も注視して行きたい。

模倣されない戦略

さてそんな中、私達の様な小さなベンチャー企業は大手ビールメーカーに模倣されてしまってはまず勝ち目がないので、どういう戦略で活動しているのかここで紹介してみたい。

私達がお手本にしているのは、名著「競争の戦略」の著者であるマイケル・ポーターの戦略論だ。ちなみに私達の戦略的活動が認められ、昨年光栄にも戦略論で最も権威のある「ポーター賞」も受賞することができた。

コメント 2021-03-22 174204

マイケル・ポーター氏は競争に勝つための要素の一つとして、模倣困難な仕組みである「トレードオフを伴う活動」を選ばなければならないと説いている。トレードオフとは、何かを取ったら何かを捨てる犠牲を伴う難しい判断だ。当然企業は何かを捨てるということが不安なので、捨てる選択を取りたくない訳である。しかもトレードオフを伴う活動が複数組み合わさればより模倣困難性が高まるということである。

ここで私達が行った「トレードオフを伴う活動」の事例を1つ紹介する。8年前に発売した「水曜日のネコ」の開発事例だ。

水曜日のネコの事例

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この製品は、特に30歳前後のオピニオンリーダーの女性に飲んでもらうことを意識して開発した。現在もそうだが、当時は特に若い女性はビールを飲まないとされていた中での開発である。この製品で取り入れたトレードオフは以下だ。

1.ターゲットに「30歳前後のオピニオンリーダー女性」

コアターゲットが「30歳前後のオピニオンリーダーの女性」としている。すなわち最も飲んでもらいたいお客様はその方達なのである。つまりはそれ以外の年齢層の女性や男性にフックしないリスクがあるということだ。ビールのメイン消費者である男性が飲まない可能性を許容するというのは非常に大きなトレードオフである。

2.味に「ビールらしい苦みなし」

 ターゲットの女性が好むような味わいを追求した結果、副原料にオレンジピールとコリアンダーシードを使い、フルーティさを感じられる味わいに仕上がっている。またこの女性層が苦手と感じる苦味はほとんど感じない。通常の大手ビールが好きな方にとっては香りに違和感があり、苦みもないので物足りなさも感じるかもしれない。このトレードオフは大手ビールの味が好きな方が敬遠すること止むを得ないとしているところである。

3.ネーミングに「水曜日」 

ビールは週末に多く消費される傾向がある。週末にビールを飲むCMを流す大手ビールも沢山あるくらいだ。そうした中で、ネーミングに「水曜日」と入れることは週末を含めた他の曜日の飲用シーンを犠牲にするリスクがあるというトレードオフである。ちなみに水曜日の意味は、週の真ん中(水曜日)にふっと一息ついて「今週もあと半分!頑張ろう!」と思いながらお酒を飲んでいるコアターゲット層の実際の声からヒントを得たものである。

4.ネーミングとデザインに「ネコ」

特定のキャラクターを使うと、それが好きな方にはフックするが、嫌いな方には拒絶されるリスクがある。ネコ好きにはたまらないが、ネコ嫌いには拒絶され、イヌ好きには何の興味ももたれないというトレードオフだ。ちなみに、想定しているターゲット層はイヌよりもネコ好きなのではないか、という仮説に基づいたものである。


このように模倣するには躊躇したくなるようなトレードオフを1つではなく複数組み合わせて出来たものが「水曜日のネコ」である。発売から8年以上経っているにも関わらず年々販売を増やし、コロナ禍でビール市場が縮小している昨年でさえもなんと2ケタ成長を遂げている。恐らく、今では日本国内で女性に最も支持されているビールの一つである。しかも意図した通りコアターゲットの女性に非常に支持されているばかりでなく、結果的に幅広い年齢層の女性と若い男性にも強い支持を得ている。


こうした大成功、しかも各社がPOSデータからこの成長を容易に把握できるのにも関わらず、類似製品は現在存在していない。
それは恐らく、

「若い女性にも飲んでもらいたいが、やっぱり男性にも飲んでもらいたいな・・・」
「こういう味が好きな方だけでなく、従来の味のビールファンにも飲んでもらいたいな・・・」
「水曜日にも飲んでもらいたいが、できれば週末や他の曜日にも・・・」
「ネコ好きに飲んでもらいたいが、できればイヌ好きやネコ嫌いの人にも・・・」

となり、トレードオフを躊躇しているのだと思う。その結果、「木曜日のイヌ」や「火曜日のペンギン」という類似製品は未だにこの世に存在していない。

以上、小さなベンチャー企業がレッドオーシャンのビール業界で生きて行く知恵の事例であった。

好評であれば、ヤッホーの模倣困難な戦略続編掲載も検討するので、皆さま「スキ」を是非よろしく!笑