固体・液体・気体で考えるECBの政策運営
タカ派貫くECB、利下げ兆候なし
12月14日のECB政策理事会は2会合連続で政策金利の据え置きを決定しました。しかし、FRBとは異なり利下げの示唆はなく、従前より注目されてきたパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の再投資停止期限について2024年末から2024年上半期に前倒しが決定されるなど、総じてタカ派色の強い会合でした(※厳密には期落ち分を満額再投資することを24年上半期で停止するという話なので、24年下半期は満額ではないが再投資はするという時間帯が続きます。その上で24年末に完全に打ち切られます):
当然、こうした会合を受けてユーロ相場の騰勢が強まっています。総裁会見での質問は案の定、FRBのように利下げ時期を検討しなかったのかという点に集まりました。最初の質問では「将来の金利軌道(the future rate trajectory)に関し、FRBがあそこまで姿勢を明示した今、ECBは何を考えているのか」と質す記者が現れました。ラガルドECB総裁は従前より提示する政策判断のための3基準(インフレ見通し・インフレ基調・金融政策の波及経路)に照らして決めるものであって、時間をあらかじめ設定するものではないことを強調しました。
厳密には、それら3基準に照らしてインフレ抑制は明らかに進んでいると判断できるものの、現在のスタッフ見通しにおけるインフレ予測は市場の期待する利下げ軌道も織り込んでおり、この点を割り引いて(※見通しに照らしてタカ派的に)政策を運営する必要があることや、雇用・賃金情勢に裏付けられたインフレ基調は未だ判断がつかないことを理由に「ガードを下げる(lower guard)」べきではないと回答しています。
2番目の記者はより端的に利下げ議論の有無を質しましたが、ラガルド総裁は「We did not discuss rate cuts at all. No discussion, no debate on this issue」と述べ、利下げの兆候は全く感じられませんでした。
利上げから利下げを「固体・液体・気体」に例えたラガルド総裁
既報の通り、11月、ラガルド総裁はメディアイベントの席で今後数四半期、政策金利の変化がないと発言して市場では注目されています:
こうした考えが変わっていないのかという点も記者からは質問が出ました。ラガルド総裁は多くの記者(および市場参加者)が利上げか利下げの二択しか考えていないことに苦言を呈し、「固体、液体そして気体のようなもので、固体から液体を経ずに気体になることはない。だから今回議論はしていないわけです」と物質の三態を用いて上手く説明を試みています。
固体が「利上げ」、液体が「現状維持」、気体が「利下げ」とすれば、固体から液体への変化が進んでいる今、一気に気体の話が出てこないのはと当然という話です。これは言い得ており、先般のFOMCでは固体から一気に気体へジャンプするような情報発信が見られ、市場が動揺した。利上げの「次の一手」として現状維持も立派な選択肢であり、むしろその状態が続くことこそ中央銀行にとって最も穏当な状況と考えられます。ECBは累次の利上げ効果を見極める局面に入っており、最終的な判断を固めるにあたっては2024年上半期のデータを確認する必要があるというのがラガルド総裁の立場です。
PEPP再投資前倒しと利下げは関係なし
なお、 現状維持に関する「数四半期」は少なくとも2四半期を指すとすれば、24年上半期中は利下げ無しというイメージが抱かれます。繰り返し述べるように、PEPPで購入した資産の満額再投資も2024年上半期で終わります。24年上半期を基準として重要な金融政策判断の分かれ目を置いているのは雇用・賃金関連を筆頭にデータが出揃うためという背景がありますが、ある記者からは「PEPP再投資停止が利下げのための必要条件(prerequisite)なのか」という政策判断のシーケンス(時間的順序)にまつわる質問が見られました。PEPPで購入した資産の満額償還再投資は2024年6月末までに終了し、7月から12月末にかけては月▲75億ユーロずつ満期償還を通じてバランスシートが縮小に向かうことになります。
この際、利下げも7月以降から始まるという意図なのかという質問です。結論から言えば、こうした量的引き締め(QT)と利上げの関連性は無く、あくまで単独(on a standalone basis)で決まるとしています。「PEPP再投資の満額停止を決めているから、政策金利についても何か計画しているかもしれない」という発想は誤りであり、あくまで金利は主たる政策ツールであるのに対し、PEPPに関しては二の次(the back burner)だと断言している。現時点で少なくとも言えることは、再投資の満額再投資停止が始まったからといってECBのタカ派的意図を汲み取り、早期利下げを期待するのは尚早という話です。
24年は域内の労務コストをウォッチすることが殊更重要に
FRBが明確なハト派に変わった一方、ECBがファイティングポーズを解かない構図が定着したことでユーロ相場は押し上げられています。FRBよりも遅く利上げを始めた以上、利下げについてもECBの方が劣後するのは不思議な話ではないのですが、両者の姿勢格差は明確な欧米金利差縮小を招き、ユーロ/ドル相場もこれに追随する傾向にあります。真っ当に考えれば、今後半年間はこの状況が続き、ユーロ/ドル相場の1.10台定着を促すように思えます。
しかし、FRBがそうであったように、中央銀行の情報発信はある日急激に変わる。物質の三態を例に用いて、そうした急変が無いことを確認したラガルド総裁ですが、経済・金融情勢の急変(金融危機や地政学リスクの勃発など)があれば、固体(タカ)・液体(中立)・気体(ハト)のうち、液体の時間が一瞬で終わってしまうという可能性も無いわけではないでしょう。
今回の会見を見る限り、雇用・賃金関連の計数で今少しの確証が得られれば直ぐにでも姿勢転換するような様子も感じられました。この点で四半期に一度公表される妥結賃金統計や労働コストの動きは重要であるし、合わせてGDPデフレーターや単位労働コストなども大きな判断材料になりそうです。ラガルド総裁も多様な方法(multiple ways)で賃金情勢を推し量る旨を強調している。特に妥結賃金状況は正確に読めるものではなく(だからこそ利上げは長引いた)、「思ったよりも強い」がそのまま利下げ議論の開始に直結する恐れは常にあるでしょう。金利や為替などの金融指標は元より、マクロ経済全体の労務コストを丁寧に分析することが24年のECBウォッチを進める上で重要と考えられます。