トランプ発言について~円高とその解釈~
口実に使われた要人発言
17日欧州時間入り以降、ドル/円相場は急落を続け、18日東京時間には一時155円台前半まで急落しています。この材料は諸説あるようです。16日に配信されたブルームバーグのインタビューでトランプ氏が円安や人民元安の是正を訴えたことに加え、17日には河野太郎デジタル相がブルームバーグテレビジョンにおけるインタビューで円安抑制のために日銀に利上げを求めるような発言をしたことも円高材料になったという声が出ています:
実際、河野氏のインタビューは英語で実施され、円高に振れたのも海外時間以降だったことを踏まえれば、確かに材料視された可能性はあるでしょう。
トランプ氏の発言については以下の記事にあるように、製造業大国復活やドル高是正に向けた派手な発言が材料視されているようです:
しかし、過去のnoteでも論じましたが、そもそもトランプ氏は通貨・金融政策について定見が無いと言って良いと思います。今一度、noteを再掲しておきます:
例えば、いくら製造業大国復活を唱え、ドル安を志向しても、これに合わせて「大統領選挙の前に利下げをするべきではない」と利下げをけん制するなど、相変わらず支離滅裂の様相を呈しています。こうした構図は前政権時代から常に見られてきたものです:
上記noteで詳述しましたが、トランプ氏の政策パッケージはあくまでインフレ誘発的であり、派手な発言だけに引っ張られるのは危険です。前政権時代も就任直前・直後、この手のヘッドラインで相場が変動しましたが、結局、4年間でドル高になっています。
現状の円高はトランプ氏勝利が既定路線として盛り上がる中、製造業大国復活という分かりやすいヘッドラインが積もりに積もった円ショートを巻き戻す口実として使われたと私は整理しています。
重要なことは、あくまで新政権で執行される経済政策がどのような内容で、それに経済・物価情勢がいかように反応し、FRBが動き得るのかという順番で思考を進めることです。この点、トランプ氏の政策を一方的な円高相場のトリガーとして確信するのは難しいと思います。
7月日銀会合の読み方
片や、日銀の政策運営をどう読むべきでしょうか。河野氏が求める日銀の利上げは7月会合におけるコンセンサスではないものの、相応に予想する向きも多く、ヒステリックな反応を示すほどの材料とは言えないはずです。同じく、投機の巻き戻しの口実に使われただけ、という印象は拭えません。
簡単に7月30~31日の日銀金融政策決定会合についてプレビューしておきたいと思います。7月会合の注目点は①長期国債減額(QT)の具体的内容、②利上げの有無の2点に集約されます:
まず、①に関しては今後1〜2年程度の減額計画が示されることについては既定路線です。具体的には様々なパターンが考えられますが、2年計画とした場合、2024年8月から2026年7月が対象期間となります。
現行の月6兆円程度の買い入れに関し、2年後(2026年7月)の着地見込みとして(A)月4兆円程度(現行対比▲2兆円)、(B)月3兆円程度(現行対比▲3兆円)、(C)月2兆円程度(現行対比▲4兆円)などの数字を目にすることが多そうです。
今月、日銀が開催した各種金融機関を対象とした債券市場参加者会合を踏まえ、現在の金融市場における予想の中心は(B)で「2年後に3兆円程度」と現行の半額程度までの縮小を見込む向きが多いと見られます。確かに、半減となれば、植田総裁の言う「相応の規模」とは矛盾しないでしょう。8月から減額に着手し2026年7月には3兆円程度に着地するような段階的縮小(テーパリング)であれば債券市場参加者にとって予見可能と見られ、円金利の急騰も回避されるとの見方は説得力を感じます。(B)からの多少の乖離はあるとしても、債券市場参加者会合を経ている以上、QTが波乱材料になる可能性は高くないのだと思われます:
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOFL1025C0Q4A710C2000000/
円安修正だからこそ利上げ
問題は②利上げの有無です。現状では利上げは確実に織り込まれておらず、「QTとの同時決定は円金利が想定外に跳ねる恐れがあるため」という解説がもっぱらのようです。しかし、周知の通り、現状ではFRBによる9月利下げ着手はほぼ織り込まれ、2~3回程度というイメージが強まっています。強い米経済指標を受けても米金利が上がらないという地合いも固まりつつあります。円金利と米金利の関係が相応に安定していることは知られた事実ですから、FRBの利下げが既定路線となり、円金利が抑制されやすい今だからこそ、日銀はQTや利上げに踏み切りやすいという考え方もあるでしょう:
また、「円安が修正されているので利上げの必要性が薄らいでいる」という見方もあるようです。この点に関し、私は同意できません。そもそも今の日銀においては「為替相場を見て金融政策を決めている」という容疑をかけられないことが重要な状況だと考えるからです。円高へ振れていても淡々と利上げを決め込む姿勢によってその容疑を遠ざけることができるでしょう。
例えば会合当日が161円台で、利上げに踏み切った場合、間違いなく「円安を抑制するために利上げした」と解釈されるでしょう。「通貨政策化した金融政策」のイメージは一段と定着するはずです。その際、上手くいけば瞬間的に円高・ドル安を演出できるかもしれませんが、早晩、「日米金利差はまだ大きい」という解釈と共に円売りが進みかねません。
これに対し、足許のように円高に振れた状態であっても「賃金・物価情勢が強い」という真っ当な理由を盾に利上げすれば、為替相場との関連性を蒸し返されにくいと思います。少なくとも総裁会見で記者から「円安を気にしたのか」と質される可能性は低いでしょう。事実として賃金・物価情勢は強いのですから、円相場との関連性に言及する必要はありません。
「円安が修正されているので利上げの必要性が薄らいでいる」のではなく、「円安が修正されているからこそ、為替と結びつけずに利上げの説明がしやすい」と考え、淡々と正常化を進めるのが王道だと思います。
日本経済全体を俯瞰しても、GDPの名実格差は明らかにインフレ税による可処分所得減少に起因しているように思います:
金融政策が引き締め方向に調整されること自体、違和感の無い政策運営と言えるものでしょう。
<お知らせ:新刊の状況>
発売から1週間で大変ご好評を頂戴しております近刊ですが、既に書店では売り切れが多く出ていると聞きます。2回ほど重版をかけて頂いていますが供給がやや追い付かない部分もあるようでご迷惑おかけしており申し訳ございません。また、やや新書にしては厚めの本ですが読了したというご連絡を沢山頂きます。有難い話です。メンバーシップ掲示板に忌憚のないご意見を賜れれば幸いです。全て目を通すようにしております。