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IT業界に迫る若手エンジニア危機—新卒・未経験者採用の行方と未来予測

新卒採用や第二新卒ITエンジニア採用に関わったり、セミナーやPittaなどでキャリア相談を請ける立場にあるのですが、ここ数ヶ月ほど異変を感じています。人材紹介会社やSES企業などに仮説を話しながらまとめてきた見解と、そこから見えてきた未曾有の若手ITエンジニア不足の予測についてお話をします。

ITエンジニアと言われて就業してエンジニア業務を手掛けていない人がそれなりに居るらしい

各所と話をしたり、キャリア相談を受けたりしていて感じることですが、エンジニアとして入社しても一般的にITエンジニアで想起される業務に従事していない状況が増加しているようです。ざっと並べると下記のような状況です。

  • SES企業において新卒・未経験・微経験の人たちが待機している

    • 複数社で起きています

  • 700人エンジニアが居る派遣会社で300人がコールセンターや家電量販店にアサインされている

    • エンジニアになるためにはコミュニケーション力が必要だ、と言われてコールセンターに行くも3年変わらないという話もあり

  • 400人採用した新卒エンジニアのうち300人が待機している

    • 前年度も同じ状況になり、株価に影響した

『ITエンジニアで求人をし、現在のアサイン先はITエンジニアでない人の数』『現在自社内で待機している人の数』のような恥ずかしい値を出す会社はまずないので、業界内の総数は不明です。年々増加傾向にあることは経済状況を踏まえても確からしく、上記は氷山の一角と思われます。

なぜ、どのように非ITエンジニア職にアサインされるのか

SESの場合、一般的な企業であれば基本給を払い続けることになるため、給与分働いてもらうために非ITエンジニア職にアサインされるようです。一方の発注者も、素直に派遣会社に発注したほうが指揮命令系統などで法的なリスクを負うことがなくて済みますが、いかんせん『派遣よりも安い』という背景事情から一定の発注があるようです。

こうした境遇の方々からキャリア相談をお受けすることもあるのですが、次のような経路を辿って今に至ったとのことです。

  1. 就活に困り、人材紹介会社に登録し『ITエンジニアになりたい』と伝える

  2. 人材紹介会社にお勧めされて派遣会社の説明会に行く

  3. エントリーと共にメンターがつく

  4. メンターに魔法の言葉として『インフラエンジニアになりたい』と面接で伝えるように言われる

  5. メンターに言われたとおり面接で『インフラエンジニアになりたい』と唱える

  6. 内定が出て入社する

  7. ヘルプデスクにアサインされる

  8. 以後、ITエンジニアの現場を希望するも、該当する現場なしとして待機へ

人材紹介会社での決定傾向

またある大手人材紹介会社では、下記のような傾向があるそうです。

  • 自社Webサービスを志す人が半数だが、自社Webサービスに入社できる人は2割

  • SI/SESに入社する人が半数

  • 社内SEを志す人は1割弱だが、入社する人は2割

SI/SESがまとまっているのは解像度不足を感じますが、この集団からも一定数は社内SEという名目でヘルプデスクにアサインされたり、SESから非ITエンジニアに流れていると予測されています。

どうしてこうなった?

なぜこのようなことになったのかを、改めて整理していきたいと思います。

デジタル人材不足を煽りすぎた人材事業

未だに使われている2018年に発表されたみずほ情報総研のデジタル人材の不足を語ったグラフが震源地だと考えています。

経済産業省 平成28年 「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査」(委託先:みずほ情報総研株式会社)

このグラフは量は語られていますが質を語っていないことがポイントです。人材系各社やプログラミングスクール、情報商材がこのグラフを根拠にデジタル人材不足を煽っていきました。『ITエンジニアが不足しているので、今がチャンス』というような切り口で、本来適性のない人にもアプローチしていきました。

そしてIT界隈の景気の冷え込みとともに、余る人たちが多く発生していきました。

プログラミングスクール・情報商材の煽りにより、キャズム越えして歓迎できない人が入ってきた

2018年、2019年のプログラミングスクールのブームにより、各社が受講生を集めるために過激なLPとともに躍起になっていきました。『転職すると年収が100万円アップする』という売り文句から始まりました。2022年には下記のような記事も出ましたが、実際の未経験採用シーンを見ていくと『前職の業界が低すぎる』という印象でした。

やがて2020年に差し掛かってくるとITエンジニア転職が難しい人たちが増加してきます。そこでプログラミングスクールの多くは『ITエンジニアフリーランスになっていつでもどこでも自由な働き方をしよう』と煽っていきました。同時に『新卒、即、フリーランス』という方も見られるようになりました。在学中にフリーランスをしているのであればまだしも、就職の代わりで社会を知らない状態では厳しい状態です。

曲がりなりにもITエンジニアは専門職なので、それなりの下積み期間と学習量が求められる領域なのですが、上記の煽り方により『楽して稼ぎたい人』が入ってきました。結果として下記のような現象につながりました。

  • すぐ辞める

  • フリーランスになるための踏み台

  • 転職するための踏み台

  • 事業貢献に興味がなく、フルリモート・フルフレックスで残業0で働きたい

今でも第二新卒採用を行っている企業からの相談で『学歴でフィルタをして採用しようとしているがどうもパッとしない』というものがあります。

私は『何故ITエンジニアになりたいのか』という動機形成となった情報源に問題があると考えています。いい加減な情報に触れ、信じてしまえばGMARCHでもこうした人材は居ます。逆に最初からITエンジニアを志す集団に囲まれているのであれば四大でも専門学校でも高専でもそんなに曲がった人は見られません。

フルリモートで働くことを目的にITエンジニアになった人の処遇が困難

信じる情報によっていかんともし難い未経験・微経験エンジニアができあがります。その中でも修正ハードルが高いなと思うのが『フルリモートで働きたいからITエンジニアになった』というモチベーションの方です。これが『年収イッセンマン目指す』などであれば、『頑張って出世して』で済みますが、フルリモートが絶対の条件だとそういう求人しか受け入れ先がありません。

テスター、BPO、RPOなどでもフルリモートで採用している企業を近くで見ることがありますが、ここに経験の浅さが加わると最低賃金に近くなっていきます。

売上から逆算して採用人数を算出、採用達成した企業による採用

アベノミクスとコロナ禍金余り現象で企業にも余裕ができたため、エンジニア採用人数の確保に走ってしまった企業がいくつかあります。

SESやコンサルティングファームのような人月商売の場合、投資家の前に出す売上成長曲線は間接費や待機割合をかければ分かりやすく採用したい人数が算出されます。これを事業の状況などを無視して達成してしまうと、待機人材が増えます。

eラーニングの普及により、待機中の学習がビデオ鑑賞になっている

ある派遣会社でお勤めの未経験の方で、提案される案件がヘルプデスクやコールセンターなどなので、入社以来ずっとアサインを断りながらeラーニングしている方も居られました。

eラーニングと言えば聞こえは良いのですが、理解度チェックや資格取得のようなゴール設定がなかったりするとただのビデオ鑑賞になります。

中には会社から指定されたeラーニングを無視して自分で勉強しているという良いのだか悪いのだかよく分からないような方も居られました。

大手コンサルなどが待機人材に実施する研修とは全く異なるレベル感の研修を実施している企業は多いようです。

想定より激しくITエンジニア不足になる未来

この動きに対して下記のような事象を予想しています。

SES業界のダウンサイジング

こうした背景を整理していくと、表に向かって各社がエンジニア数として公表している数のうち、相当数がITエンジニア業務に従事していないということが予測されます。

特に待機については各社いつまでも待機で囲えるほど無限の財力があるようにも思えないため、どこかのタイミングで大きくレイオフをするか、現在人手不足が叫ばれる建築など他業界に人をアサインし始めると考えられます。実際にSESから自動車会社の期間工にアサインされるケースも聞こえているので、起き始めている可能性はあります。

将来予測としてはまず、自社サービスやSIerが大手SESや派遣会社に依頼しても、スキルレベルが十分なエンジニアを複数名発注することが困難になっていくことが考えられます。特に30代前半以下の若い人たちは未経験・微経験が多く混ざってくると思われます。右肩上がりの事業成長が見込めないと株主に見限られる可能性もあるため、統廃合や業態変更もあるでしょう。そのうちどこかで就業時間中にIT業界以外に派遣された人たちに大事故が発生するはずなので、SESを対象とした法改正までいくような展開もあるのではないでしょうか。

SESから転職してくる人が不足することによるIT業界の人材不足

また、従来であればまとまった人数が居るが故に採用対象となっていたSESからの入社が期待できなくなっていくと考えています。どこかのSES企業が育成したからの転職で成り立っているSES、高還元SESはもちろん、SIerや自社サービスにとってもより採用難となっていくでしょう。

特に新卒採用や未経験採用をしてきていない企業については一層厳しくなる経験者採用を前に社員の高齢化が予想され、事業運営リスクにも繋がる可能性があります。

人材系事業の縮小

そしてこうした人材の流動化で生きている人材紹介会社やスカウト媒体、フリーランスエージェントなどにも転機になっていくでしょう。企業が好む若手人材が未経験・微経験だらけになっていくことで、売上が立たずに統廃合が進むと予想しています。

実際に大手どころの人材紹介会社であっても未経験・微経験が多く、顧客との期待値調整のために『いかに私たちは未経験・微経験しか紹介できないか』というプレゼンと共に体制縮小の話をしていたので、こちらも起き始めている問題と言えます。

未経験・微経験の育成の難しさ

未経験・微経験採用をするというのは転職市場的には買い手市場なのですが、その後の扱いが難しく断念した企業が少なくありません。

資格持ちだが実務未経験の増加

未経験採用のシーンで考えられる対策として、資格持ちの採用があります。ITエンジニアになることを志すも競争率を前に方向転換し、AWS資格をとってインフラエンジニアを目指す方々も多々確認されています。

こうしたところから聞こえてくる企業の声が『実務経験がないので扱うのが難しい』ということです。

未経験の育成は資格取得のような基礎知識と、チーム入場による慣れる機会の両方が必要となると言えそうです。

育成という判断は難しい

未経験が余っている中、育成して経験者に仕立て上げるというのは正攻法ではありますが、踏み切れる企業は少ないです。

下記の記事を書いたのは2021年ですが、当時既に次のキャリアの踏み台にするための未経験入社が存在していました。情報商材やYouTubeなどで推奨されていることから、それを信じて悪びれずに実行する人も居ます。また、一部プログラミングスクールの広告により楽に稼げるという旨の情報を信じる人も居り、数ヶ月で耐えかねて辞める人も居ます。

私も未経験の方の面接に定期的に面接でお会いしますが、似たような経歴と似たようなポートフォリオと、似たようなITエンジニアになりたいと思った動機を語ります。その中からきちんと残って成長し、事業貢献できる人かどうかを探すのは困難です。

経験者の場合と違い、未経験者はポテンシャルを評価するので賭けに近く、信じて採用した後に短期離職されると財政と経営者・採用担当者の精神的ダメージが大きいです。

『未経験から育成している企業がレア』という状況と、脱却の萌芽

これまでSESに限らず各社において未経験・微経験を採用しないという方針についての経営上の合理性はあったと言えます。現在でも未経験を若干名採用している企業は時折ありますが、無限に採用枠があるわけでもなく直ぐに埋まります。

まとまった育成採用枠がない状況に突入しつつある今、20名の求人を行っているのがテクニケーションさんです。これまでは高還元SESとして経験者採用を実施されてきたテクニケーションさんですが、その意思決定の背景については是非ヒアリングしてみたいところです。私の推測ですが、右肩上がりの業績を目指そうと思った際、まとまった経験者採用を継続するのが難しくなっていくと推測された上でトライしているものと考えています。

ただ単に未経験採用をするのではなく、かなり高めの資格取得ハードルがあることが条件に加わっていることがポイントです。前述したように『短期離職せずに継続して成長、事業貢献してくれる未経験』を見極めるのは困難です。自腹で安くない資格取得費用と、資格勉強を行う時間を割いているということで、その確からしさを高めようとしていると捉えています。

更にその上で入社後にはチーム入場を予定していることもポイントです。これまでは有資格者を独り立ち扱いして入れて失敗する企業はありましたが、実務経験のサポートとしてチーム入場が予定されていることでクリアできる可能性があります。

事業を数年で終わらせる予定があるのであれば50代採用などでも良いと思います。しかし20年、30年の事業存続を目指すのであればテクニケーションさんのようなアプローチはSIerでも自社サービスでもトライしていく必要があるのではないかと考えています。

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