
ボランティア不足は「ボランティアツーリズム」で救えるか?
この夏、3年間の抑圧をスカっと解放できる「コロナ明けのお祭り」がめだった。その象徴が慶応高校野球部。ヒマとカネのある慶応関係者(+便乗したパリピ)たちがこぞって甲子園に行ってお祭りを楽しんでいて陸の王者みあった。
一方で苦しいのは、マラソン・トライアスロンのような参加型スポーツイベント。トレーニング期間を要し、再開に時間がかかるから。ただ今年は大会が確実に開催されるようになって、3年ぶりに戻りつつあるようだ。
取り残されているのが、大会を支えるボランティア。
9月の日経ビジネス電子版「コロナ禍を経験して見えてきたトライアスロンの新たな楽しみ方」では、その1対策としての「ボランティア・ツーリズム」に少し触れた。
ボランティア・ツーリズム=ボランティア活動を含む旅行。この言葉を僕はこの取材で初めて認識した。調べると、1990年代の欧米、2011年以降の日本で、それぞれ大学生世代を中心にしたものだが、最近では「持続可能な観光」という視点が欧米で登場。さらに日本では、とくに地方で深刻な人手不足への対策としての試みもある。つまり「都合のいい人手不足解消策」なわけではないのは確認したうえで、このnoteで少し整理したい。
お祭りを支えるボランティア人材の不足
大会ボランティア不足、とは世界的な傾向らしい。
アメリカのトライアスロン専門メディア”triathlete” 2023年8月記事“The Curious Case of The Disappearing Race Volunteer”(なぜ大会ボランティアが消えてしまったのか)によれば、「人が集まる場所を警戒しがち」で『直前まで予定を決めない」という習慣ができてしまったようだ。
参加ランナーは意欲が高く、大会復帰を待ち望んでいた。しかしボランティアにはそこまでの熱意はないことが多そう。「◯ヶ月後の大会ボランティア募集」といわれても、この3年間についた慣性力が上回って、動かない。ただし自分がお客さんの立場で気軽にでかける旅行みたいなのは行く。
ラグビーワールドカップのフランスもボランティア不足、という現地報告あった。来年オリンピック開催なのに!
フランス大会はボランティアの数が足りて無いらしい。思えば日本大会の時は道案内してる人やハイタッチするような人と頻繁に出会ったが、フランスではほとんど見かけてない。#RWC2023
— 柏原 元 (@genkashiwabara) September 23, 2023
参加ランナーは戻っても、運営する人が戻らなければ、大会は消えてしまう。
40年続いた京都木津川マラソン終了。
— 八田益之「大人のトライアスロン」日経ビジネス電子版 連載中 (@HATTA_Masuyukey) September 21, 2023
①安全対策のレベル上がる
②コロナで支援企業が潰れる
③運営の中心のボランティア団体の縮小
という理由は、日本のあちこちであてはまる。関係者が高齢化し、必要資材やガードマン等も確保困難になれば、少々値上げしても足りない。。https://t.co/OSs35UmCbD
対策:ボランティア・ツーリズム
冒頭の日経ビジネスで取り上げた伊勢志摩トライアスロンでは、開催地域がコロナ禍にいくらか衰えてしまった。人手不足も予想されたので、持続可能な体制づくりのため、「ボランティア・ツーリズム」で補おうとした。
伊勢に限らず、地方のイベントでは、開催地の地元の方からボランティアスタッフを集めるのが基本だが、高齢化と人手不足が進行していることが多い。そこで、都会など人の多いところでスタッフを募集する。ボランティアさんにとっては自然豊かなとこへの旅行になる。合理的だ。
活用した「ぼ活」とは、2010年に学生のボランティア活動支援のため発足、2022年に日本財団ボランティアセンターへと名称変更してる。この変化は、今ちょうど始まった学生数の劇的減少、一方で元気な高齢者の激増、という流れに沿っているようでもある。
出場料を高額にしても解決しない問題
あとは、その地域、その大会に「協力したい!」と思わせる魅力がどれだけあるか。旅費などある程度の補助は出るにせよ、基本はボランティアなのだから。
そもそも「ボランティア」=やる気のある人、という意味だ。無償であることは条件ではない。払えるお金は払えた方がいいに決まっている。
重要なのは「やる気」だ。「遊び場を自分たちで作る」という同じ価値観のもとに集まり、できあがるのが参加型スポーツ大会だ。単なるバイトの集団では、大会特有のホスピタリティのようなものが消えてしまう。これはことの本質に関わる。
なので、「出場料を高額にして、スタッフをお金で雇えばいい」というアイデアは、理想的でも現実的でもないと思う。
伊勢志摩大会では、このボランティア参加者の満足度も高かったようだ。年齢高めで人に貢献したいタイプの人が多く、競技経験者だと「昔のようにレースにでまくるのはきついが、大会の雰囲気が好き」という方も結構いるようだ。
起源は欧米学生のギャップイヤー
こうした形態は、もともとの姿ではないようだ。調べると、はじまりは1990年代の欧米で、大学入学前後の1年間くらいの「ギャップ・イヤー」で、学生が海外などで長期ボランティア活動しながら過ごすのが流行り始めたらしい。
日本では2011年の東日本大震災で広く知られるようになった。夏休みなど学生さんが行って支援活動してる姿が、「これ、欧米のボランティア・ツーリズムと同じじゃん」と重なって、この言葉が広まった感じかなと思う。
これらは今の若者の社会意識・他者貢献意識の高さともフィットする。令和の始め2019年5月には、詩人水無田気流さんが
平成後半は、若者を中心にエシカル消費やボランティアツーリズムなど、公正で社会的意義のある価値観を「クール」とする消費志向が生まれた
と時代の象徴として取り上げてたりする。就活の「ガクチカ」にもなるし、旅費滞在費をあまりかけずに長期滞在できる場合も多く、若者にとってのメリットも大きい。
持続可能な観光業
もう1つの流れがある。人気観光地では、観光客が増えすぎて地元民も観光客も困る「オーバーツーリズム」が問題になっていた。コロナ期間をはさみ、再開するにあたって、「持続可能な観光業〜サステナブル・ツーリズム」を明確な方針として掲げるようになった。アメリカの主要な観光政策にもなっている。
ハワイでは、
森林の保全や海岸の清掃にボランティアで加わる観光客に、地元の観光協会が割引などのサービスを提供する。
〜観光客の体験も環境を守る活動につなげる
という仕組みができたそうだ。州外の観光客から1人50ドルの入島税も検討中。人数の拡大は求めず、「質」の向上に向かっている。ハワイは新時代の観光への転換の先進地だ。
SDGs的なものは最近流行っているが、貴族の言葉遊びのようなものも多い印象。上記記事のフランスの「ホテルの格付けで環境対策を評価に加える」とか。「歴史や文化を体験できるツアー」とかもお仕着せがましさを感じてしまう。
手と足を動かし汗を流して、リアルな仕事をするのが大事なのでは。
日本だと、農作業の体験として、ボランティア・ツーリズムを掲げる事例が幾つかある。
「ぶどう狩り」とかの伝統はあるけど、6次産業化したり、いいかんじの施設を使ったり、拡大版ともいえる。
地方の人手不足への対策?
ただ、観光客はあくまでも「収穫ごっこ」を楽しむお客さんであって、リアルな農作業の収穫要員としては使えないと思う。
この点で、大会のような期日が決まっていて、仕事の役割分担も明確にできる分野では、ボランティア・ツーリズムの有効性が高いかもしれない。
そうそう都合よく人を集められるわけではなく、あくまでも、参加する魅力あってのものではあるが、注目してみたい。
調べ方
ところで、こういう調べ物で、新聞記事検索は、重要情報だけを客観的に見渡せて、良い。検索エンジンでは情報がグチャグチャになりがち。それは最近のAIチャットもそう。Wikiは執筆者の主観に依存する(だれでも登録すれば書けるから)
今回は日経新聞サイトで「ボランティア ツーリズム」など検索(39記事がヒット)
1つ目をひいいたのが、(現場スタッフではなく)経営幹部レベルを副業として派遣する、という取り組み。みらいワークス社はアクセンチュア出身のコンサル派遣プラットフォーム。地方にとって、フルタイムでの雇用が難しいハイスペ人材の知恵を使える、都会のハイスペ人材にとっては地方を楽しみながら、と美味しいとこ取りが出来るような感じかな。
大会の企画、宣伝などで、地元以外から広く協力者を集めるのも、これからひろがりそう。
・・・・トップ画像・・・・
いいなと思ったら応援しよう!
