2019年を振返って(1):早期退職という名の選択定年制が普及定着しそう
今年はとりわけ早期退職者を募集する企業のニュースを沢山みかけた一年だったと思う。
早期退職それ自体は最近になって登場したものではなく、以前から業績不振の企業の人員整理・人件費圧縮の手段として用いられてきたものだ。それが、この数年で実施する企業が増加し、業績が好調な企業であっても早期退職の募集をすることが珍しくなくなっている。記事によれば、11月の時点ですでに募集1万人を突破したということだ。
人手不足がさけばれ、実際に人手不足で倒産する企業がある一方で、こうした人員整理、とりようによっては人余りの現象が起きている。
こうした早期退職の制度とその適用の活発化をどう捉えるべきか。私は、これが定着するのであれば 、早期退職制度は一種の選択定年制の誕生・定着なのではないか、と思うようになった。
日本政府は、いわゆる働き方改革で、1日あるいは1か月とっいた短い期間での労働時間を制限し、いわゆる残業を減らす方針を取る一方で、65歳定年、あるいは70歳までの再雇用といった、長期的なスパンでは労働時間を延ばして、生産年齢人口の減少を補おうとしているようだ。
しかし、「人手不足の中での人余り」現象が象徴するように、1社で長く居続けている人が生涯にわたってその会社に貢献し続けていけるのか、という疑問は残る。
一方で、賃金が会社への貢献度に比例するのだとしたら、中高年がお荷物である、という一般的な認識は正しくないのではないか、というこの記事の指摘は、大変興味深いものだった。
昨今の早期退職募集の下限年齢が40代に下がっているのは、シニアよりもミドルをターゲットにしているのではないかという仮説も示されている。
どちらが正しいか、というよりも、終身雇用と年功序列が本当の意味で終わるためには、キャリアの多様な人が同じ職場で働くことが普通になる必要があり、従来のスタイルで働きながら価値を出し続ける人もいるし、一方で比較的短い年数の中でキャリアを複線的・重層的に形成していく人もいて、そうした人々が入り混じるなかで組織としての価値を最大化していけるように変わっていかなければならないのだろう。
記事にも紹介されているように、東大の柳川教授が提唱する40歳定年制は、説得力のある主張だとかねて思っていた。「定年」というから誤解されやすいのだが、実際には40歳までの約20年で一度キャリアをリセットし、必要であればリカレント教育などをうけ、次のキャリアを新しい会社や職場で、という主張だ。
その考えに従うなら、失業保険の受給に有利な会社都合の退職扱いとなり、多くの場合に相応の割り増しを含めて退職金をもらえる早期退職制度は、言ってみれば、自分で退職年齢を選べる定年制だと捉えるべきではないだろうか。もちろん、会社の指定する時期に会社が指定する年齢や勤続年数などの条件を満たす必要があるので自由に制度を使えるものではないけれど、柳川教授が提唱する「40歳定年」の考え方に適用することが出来るものだと思う。
割り増しの退職金や、有利に受給できる失業保険は、リカレントに必要な学費などに充てることもできるし、働き続けるために必要な心身のメンテナンスにも活用できるだろう。
もっとも重要なことは、こうした制度をどう捉えるかという、ひとりひとりの考え方や気の持ちよう、マインドセットである。旧来の考え方にとらわれて、60歳の定年前に会社を辞めること、辞めさせられることに対する劣等感や被害者意識を強めるのでは、ポジティブに次のキャリアに踏み出すことは困難だろう。
現在のミドルやそれより若い層であっても、その親世代の考え方の影響もあるのか、キャリア観が昭和の世代に近い人も決して少なくない、ということを感じている。キャリアに対する考え方は、年齢によらず多様であることには留意しておかなければならない。
こうした人々にも、新しい働き方、キャリアの作り方を知ってもらい、自分でも実践してもらうためには、新しい考え方でキャリアを形成する、ロールモデルとなる人の存在が重要だろう。
これまでは、規定の定年前に辞めると「裏切り者」のように言われたりするケースもあったようだ。そういう人が成功すれば嫉妬の対象になり、失敗すれば哄笑され、いずれにしても定年まで会社に居続けることを暗黙のうちに強制する材料としてしか、中途で退職した人のケースはみられてこなかった。
これを、誰もが経験するかもしれない多様なキャリア形成の一環としてニュートラルに評価することが出来るようになることも、重要なマインドセットの変更になる。
こうしたなか、従来は外資系企業が中心だったアルムナイ(ある企業の出身者)の活用・ネットワーク化にも、少しづつだが、日本企業も目を向け始めたようだ。
現在進行している「働き方改革」の動きには、個人的には疑問に思うところもなくはないが、こうした民間企業の動きのなかには、これからのキャリア形成を考えるうえで有益と思われるものも少なくない。
早期退職制度も、こうした新しいキャリア形成のためのツールとしてとらえるなら、その活用でひろがる個人のキャリアの可能性は大きいと思うのだ。ポイントは、個々人の考え方・マインドセットのアップデートにあると、思っている。