自動車は運転を楽しむものであり、移動の道具でもある。多様な価値を届けてくれる。
100年に一度の変革が進む自動車産業。怒涛の加速を見せる電気自動車の進化、情報端末としての車の登場、少しずつ現実味を帯びてきた自動運転など、自動車産業には未来を感じさせてくれる話題がたくさんある。もちろん、それにワクワクしている自分もいるのだが、どうしても車を操る楽しみ、車を愛でる楽しみから離れられない自分もいる。アクセル操作にアナログ的に反応するエンジンの出力、それを盛り上げる爆発音。エンジンのトルクを感じながら、ギアチェンジを瞬時に決める感覚。思うように操れない不甲斐なさを感じながら、いつか乗りこなして見せると頑張っている。遅ればせながらレースにも参戦し、腕を磨き始めたところだ。
一方、これから登場する自動運転の電気自動車は、やはりこれまでの自動車とは全く別次元の乗り物だと感じてしまう。言ってみれば無人のタクシーだ。呼べば来るのだから自分で所有する必要もなくなる。公共交通システムとして整備すれば、誰もが安価に好きなタイミングで自由に移動できるようになるだろう。自動運転が完璧になれば事故はこの世界から無くなり、地球環境への負荷も最小限になっていくはずだ。大きめの自動車であれば、様々な店舗の代わりにすることができる。好きなジャンルの無人店舗が呼べばやってくる世界も夢ではない。確かにいいこと尽くめのような気もしてくる。でも、合理的で便利ではあるものの、やはりエモーションが足らないと感じてしまう。自動車に憧れ、目を輝かせる子供はもう存在しなくなってしまうと思うととても悲しい。
では、自動運転の電気自動車が要らないかと言えば、もちろんそれも違う。車でお酒を飲みに行きたいし、酔った後は家まで車で帰りたい。もう少しわがままを言えば、仕事の移動など急いでいる時に車を使うシーンでは、駐車を自動でやってくれたらとても助かる。満車の時は、止められるまで自動で勝手に待って止めてくれる、周辺を流すなどして上手くやってくれたら嬉しい。高速の長時間航行で疲れた時に自動運転をお願いしたい時があると思う。おそらく若かりし頃にしかできなかった車での1000km移動も苦も無くできるだろう。運転支援機能にも大きな期待をしている。年齢を重ねる中でも、運転技能自体は磨き続けることはできるかも知れないが、視力や反射神経などの身体的な能力がどうしても劣化してくる。それを上手に補ってくれると非常に助かる。自動運転と運転支援を時と場合によって使い分けていくのが理想だ。
要するに、多様性を持つことが重要なのだと思う。未来の社会では自動運転の電気自動車の一択、ゼロイチではなく、今までの楽しみも人や地球に優しい形で残しながら、より便利で効率的な交通システムや自動運転新たな価値を足して、上手くバランスさせるのが良いだろう。幸いにも、欧州でもようやく合成燃料を活用したエンジン車も販売して良いことが決まった。日本ではトヨタを始めとして水素エンジン車の開発も進んでいる。これでアクセル、クラッチ、ブレーキという3つのペダルとステアリングを使って車を操る楽しみを、未来の世界でも味わえそうだ。逆に、電気自動車にシフトレーバーやクラッチを搭載する取り組みも始まっている。これもぜひ試してみたい。
もしかしたら、未来の社会では、今の社会のようにどこの道でも自由に、自分の車を運転していいという世界では無くなるかも知れない。この道路は自動運転専用といったルールも出てくるような気がしている。特に都心部はそうなりそうだ。やはり完璧な運転はある程度管理された道路環境だけでできるような気がしているからだ。手動運転と自動運転の混合交通のところは、手動運転が自動運転に対して優しい運転を心がけることも大事だと思っている。京都ではバスが重要な交通手段だが、自家用車のドライバーは常にバスを優先して行かせようと道を譲る。これと同じかそれ以上に自動運転車に優しくなることが大事だ。どんなに完璧にしても生まれたての赤ん坊の部分が残っているかも知れない。優しさを育むことで新しい技術をより安全に使えるようになるのだ。
自動運転が入ってはいけない道路もあっていいと思う。地図データが整備できていないところはもちろんだが、タイトなカーブが続く山道などが一例だ。一方で、高齢化の進む過疎の町などには自動運転はむしろ必要だ。どんな道から自動運転を実現するか、実現するための道路整備をしていくかは慎重に考えるべきだろう。
もちろん、思いっきり車を操ることを楽しみたいという人も多くいる。私もその一人だ。その人には専用の場所を用意するのが良い。すでに日本でもその動きがある。千葉には会員制のサーキットがオープンした。ポルシェもエクスペリエンスセンターを開設して、人気を博している。富士スピードウェイでもホテルの整備に続き、本格的なレースから気軽に楽しめる走行体験など様々なメニューが用意されていくに違いない。
日本の自動車産業は遅れている。ここのところ、そんな声がよく聞かれた。私自身はあまりそう思っていない。多様な価値観を持った人々が、多様な選択肢の中でその時々のシーンに合わせた選択をする。無意識な部分もあるかも知れないが、選択肢を構成する要素技術の準備を着々と進めているような気がしている。スケールメリットが効かないとお叱りを受けそうだが、日本は様々な分野で、両立しにくいものを知恵を絞って両立させてきた実績がある。深く突っ込んで成し遂げる力だ。この力を発揮すれば、スケールの壁をも乗り越えて、バランスの良い新たな未来を切り拓けるはずだ。あとは信念と自信を持って突き進めば良い。日本らしい多様なモビリティの未来を創造していきたいと思う。