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ゆとりを生み創造につなげるDX

世の中では、DXが必要だ!DXに乗り遅れてはダメだ!そんな声がニュース記事や経営者との対話の中で聞こえている。勿論、それ自体に違和感はないが、間に合わないと過度に焦る必要はないと思う。自社にとって付加価値のあるDXの内容を見極めることができないうちに、闇雲に取り組んでも決して良いことはない。ご承知の通り、DXに取り組むこと自体が大事なのではなく、DXによって付加価値向上という効果を生み出していくことを目指さなければならない。

現実は、なかなか上手く進まない。DXを進めるにあたっての一番大きいな課題が「DX人材の不足」だからだ。会社の課題と向き合っている経営陣にも、現場の課題と向き合っている工場エンジニアにも、残念ながらDXとは何かの肌感覚や手触りがない。故に、DXやIoTのサービスを販売している会社やコンサルティング会社に頼んでみようということになるが、ここでも大きな問題が発生する。一気にDXを進めましょうと、てんこ盛りの内容が提案され、だいたい消化不良になってしまうのだ。

そうなると、「分からないからもう任せるしかない!」か、「高額だし効果もよく分からないから見送ろう。。。」のどちらかが選択肢だ。前者では「使えない代物」となる確率が高く、後者はDXが一歩も進まないという結論に行き着く。一方で、幸いにもDX人材がいる会社は、目利き力を発揮して、提案されたてんこ盛りの内容を、自社の付加価値向上のロードマップに合わせて、取捨選択をしていく。費用対効果のあるソリューションに仕立てていくことができるのだ。

こんな状況を考えると、持続的な成長を、自社の舵取りで進めていくには、やはりDX人材を自社の中に持つことが不可欠だという結論になる。しかしながら、DX人材はその絶対数が少ないので取り合いになってしまう。根本的な解決には、どうしてもかなりの人数のDX人材の育成が必要だ。理想のDX人材をステップを踏みながら育成・量産することが求められているのだと思う。

慶應SFCの田中教授、由紀ホールディングスの大坪社長らが、2020年に始めたファクトリーサイエンティストの育成がまさにそれにあたる。キーワードは「草の根DX」だ。初めから百点満点のDXを目指すのではなく(そもそもDXは進化し続けるもので百点満点など存在しないが)、まずは「草の根」ほどの小さなDXを手がけるのが良いと考えている。現場のエンジニアなどに、5日間の講座を通じて、問題の発見、課題の抽出から、IoTデバイスの選定・実装、クラウドでのデータベース構築・分析、更には生産性向上のヒントの見せる化まで、小さな「生産性向上の企画」をやり切るための一連のスキルを伝授していく。

「まずは、簡易なIoTデバイスを自らつくる程度には知識を有し、現場の稼働状況を把握できていれば、社長や経営幹部に対して、デジタル化の要諦を見極めて、投資判断を促すことができると考えている」と田中教授は語る。初めから全てのIoT化、デジタル化に関わることをマスターするのは困難なので、小さなIoTの実戦から始めて、経験を積みながら大きなDXを外部のベンダーと共に進めていくための準備をしていくのが良さそうだ。

旭鉄工/アイスマートテクノロジーズの木村社長は、同様の思想で改善を進めている。「人手をかけずにカイゼン活動をしようと思ったのが工場IoTを構築したきっかけだ。導入は大がかりで価格も高い。しかも旧式の設備では使えないといった課題が浮上。汎用の安い部品やシステムを活用して一から自作することにした」と話す。自社の製造ラインを題材に試行錯誤を続け、人材育成を進めてきた。コロナ禍の真っ只中、いち早く「フェースシールド」の生産販売を始めるなど、DXに留まらない取り組みも生まれているようだ。「若い社員が生き生きと話をしてくれている。新しいことを積極的にやろうという風土になってきた」と木村社長は大きな手応えを感じている。

ファクトリーサイエンティストでも同様に、新しいことを積極的にやろうという取り組みが生まれている。50人程度が一緒に受講する5日間の資格取得講座では、TAや講師からの学びはもちろんあるが、受講者同士の学びも多い。企画から実装・報告までのすべてをできる人材は少なくとも、部分的には得意な部分を持つ人材がいるからだ。受講生同士の対話は、DXに留まらず、当然それぞれが持つユニークな技術にも広がっていく。IoTのスキル向上の場が触媒となって、自然とコミュニティが生まれ、新たな挑戦が始まるという感じだ。資格取得後も、コミュニティでの対話を続けながら、こうした挑戦の為に時間を作るべく、DXによる省人化の取り組みも加速している。

「省人化で捻出した時間を、研究開発投資に使おう!」。これが「草の根IoT」の真の狙いだ。まずは、捻出した時間で、自社や自部門以外に既に存在する様々なユニークな能力と触れ合いながら、新たにやってみたいことの種や構想を作っていく。色々な能力に触れれば、それぞれの能力を組み合わせて生み出してみたいものが浮び易くなる。こうした活動をDXを使って効果的かつ効率的に進めている事例も増えてきた。

東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構では、オンライン交流ツールの「ギャザー(Gather)」を活用している。「参加者のパソコン画面にテーブルやソファが配置された部屋が現れ、アバターと呼ばれる代理キャラクターで中を歩き回れる。アバター同士近づいてビデオチャットも可能だ。「ホワイトボード」に数式を書き込みながら議論するという研究所ならではの光景もみられる」という。大栗博司機構長は「異分野の研究者とたわいもない話をしているうちにアイデアが浮かんだり、共同研究に発展することもある」とその重要性を強調している。

研究用機器の遠隔利用で開発スピードを向上させる取り組みもある。長岡技術科学大学では、保有する各種の電子顕微鏡やX線回折装置、超電導核磁気共鳴装置など37台を、豊橋技術科学大学や高等専門学校7校と共同で活用する取り組みを始めた。「学外の研究者や学生が手元でディスプレーを見ながら操作する。実験試料はあらかじめ郵送したものを長岡技科大側で準備。ビデオ会議システムを併用して共同作業するときもある」という。こうした他流試合を通じて、互いの研究能力の高まりに手応えを感じているようだ。

DXが主語となって、一人歩きすることが多い「DX」。本来「DX」とは、「やりたいこと」や「新しいこと」に挑戦するための「ゆとり」や「構想」を生むための道具だと思う。デジタルの眼や手を使って、人がやらなくてもいい作業から人を解放する。人の時間を捻出する。リアルやバーチャルの両方で、異分野とのふれあいや他流試合の場を生んで、新たな構想を生み出す。はじめは小さくてもよい。捻出できた時間で「やりたいこと」、「新しいこと」を1つ1つ実現しながら楽しんでいく。そんな世界を広めていきたい。

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