まず人事部の人が、出向や複業で働いてみるところから
東芝が社員を他社に出向させる制度を導入し、スタートアップへの出向も対象となり、ローンディールのサービスを使うことを決めたという。
ローンディールのサービスは既にほかの企業の利用も始まっており、社員をスタートアップに出向させることのメリットが少しづつ理解されるようになってきていたが、この東芝の制度はそういう動きを定着させるものになるのかもしれない。
大企業とスタートアップ企業の組織の成り立ちは対照的で、バックグラウンドの同質性が高い人が幅広く異なる年齢層にわたって構成する大企業に対し、年齢層や志(こころざし)に同質性が高い人が幅広く異なるバックグラウンドをもって構成するのがスタートアップ、と一般に言うことができる。
こうした、両極端とも言える異なる成り立ちの組織に出向することは大きなカルチャーショックをもたらすだろうが、それは体得する経験の大きさでもあり、結果的に出向元と出向先双方の会社にとって、新しい風を起こす、あるいは異なる血を混ぜることになり、両方の会社を強くしていく、ひいては日本のビジネス界を強化する、ということになると期待される。
私自身もサラリーマン時代に、全く資本関係のない異なる業種の会社で異なる仕事をさせてもらい、またスタートアップ企業で働かせてもらった経験から、このことは肌身をもって感じており、確信をもってそう言うことができる。
もちろん、出向した人が出向元に持って帰れる成果は、本人の資質や出向元・出向先のお膳だての巧拙などでバラつきもあるだろうし、ときに問題が起きることもあるだろう。しかし、同じ会社にずっといる社員が問題を起こさないのかといえばそんなことはない、ということは論を待たず、これは確率論の問題であり、もし問題が多発するなら制度設計の問題だろう。
これと関連して、社員の副業が本業の会社にもたらす効用も、こうした出向の効用と重なるものがあるのではないだろうか。出向と同様、社員自身が外の空気に触れ、新しい風を社内に持ち込むことが期待できるからだ。
みずほFGの副業解禁は、保守的になりがちな金融業界にあって先駆的な取り組みとして驚きをもって迎えられたようだが、この記事によれば、実際に副業をするにはさまざまな条件があり、ハードルは高いようだ。ただ、
これまで約250件(審査中を含む)の副業申請があり、206件を認めた。
ということで、8割以上にGOサインを出している点は評価できるのではないかとは思う。
一般に、日本企業はメリットを取りに行くよりリスク回避の行動をとると言われる。そうであるなら、みずほFGは、副業を禁止していることのリスクの方が副業を認めるリスクよりも大きい、という判断をした、と受け取ることも出来る。裏返すと、副業解禁に踏み切らない企業は、副業を認めるリスクの方が副業を禁止するリスクより大きいと判断している、ということだろう。
その理由を考えてみると、そもそも副業を解禁するかどうかを判断する人たちが副業を経験していないからではないか、ということに行きついた。これはつまり、導入の是非について、そもそもバイアスなしの「比較」が出来ていない結果ではないのだろうか。特に、意思決定をする立場の役職者の方々(一般には年輩者)がその会社の生え抜きで、外に出たことがあるとしても子会社までとなると、副業や出向のリアリティを体感として持って判断しているとは言えないだろう。
全社的な制度の検討・導入の前に、まずこうした施策を担当する人事や経営企画といった部署の人たちから、テストとして半年から1年程度の期間限定で良いので、副業を経験をしてみた上で、そのメリットデメリットを体感をもって判断してみてはどうだろうか。副業にかぎらず、出向についても同様だ。
出向については、厚生労働省が助成金を出すということなので、こうした制度の活用も考えられる。
昨今にわかに言われるようになった「ジョブ型雇用」をはじめ、70歳までの定年延長ないし雇用義務など、日本企業は人事制度の大きな変革を迫られており、その良しあしが働く社員の満足度・モチベーションを大きく左右し、ひいては企業の業績を決定づける大きな要因になる可能性がある。
人事施策を立案し決定する人たちが、自ら新しい動きを体験することで、副業のデメリットとして言われる「本業がおろそかになる」「情報漏洩の危険がある」といったことが、いわば机上の空論や受け売りではなく、リアリティをもって判断することが出来るようになるのではないだろうか。
たとえば、今後広がると言われる「ジョブ型雇用」は、その人の持つスキルを評価して働いてもらう雇用形態なのだとすれば、同じスキルを求める他社に社員が転職することがこれまで以上に一般化し、いわゆる外資系企業に近い流動化を生む可能性がある。そのとき、副業禁止だけで、情報漏洩を防げるのか。それに対する手立てがあるなら、情報漏洩を防ぐ目的で副業を禁止する理由はなくなることになるし、そういう手立てを持つ必要があるだろう。
こうして大企業からの出向や副業が広く行われるようになれば、大企業にとってメリットがあるだけでなく、スタートアップ企業が大企業の人材から知恵やスキルを吸収する機会も増え、結果的に日本の経済界全体が活性化するチャンスになると思う。副業と言えば(残業代が減った分の)生活費の穴埋め、という発想から、そろそろ抜け出したい。