温暖化を巡るナイーブな議論
最近、気候変動問題への関心が急速に高まっています。
多くの方が関心を持って下さるのは良いのですが、ある程度長くこの問題を考えてきた立場からすると非常にナイーブな論が飛び交っているのも事実です。
例えば下記のような提案をされたら、あなたはどう受け止めるでしょうか?
「企業に、CO2排出量を減らすように促していかねばならない。そのためには、毎年企業にCO2排出量を報告させて、それが減少傾向にある企業が投資や融資を受けやすくなるようにしよう」
「ごもっとも」と思った方はおられたら、その方に質問です。
その企業のCO2排出量が減っているのは、CO2排出量を削減するための投資・努力を行った結果なのでしょうか?ただ単に企業としての業績(生産量・活動量)が減っていることに伴ってのものなのでしょうか?もし後者だとすれば、単純に業績が悪化している企業に投資をしましょうという、とんでもないことになってしまいますよね。
(ちょっと意地悪な展開でスタートしてしまいましたね。ごめんなさい)
温暖化政策の研究者や産業界のメンバーであれば出てくることのない発想なのですが、実はこれ、ESG投資に伴う情報開示のルールを議論する国際的なワーキングの中で、金融機関の方から実際に出た発言だそうです。もちろん、その方も指摘されればすぐに、企業の削減努力と、生産量・活動量の減少に伴うCO2排出量の減少とは区別しなければならないということは納得されたそうですが、ただ、こういう議論や報道を聞くことは珍しいことではありません。
昨日の日本経済新聞一面に出たこの記事も同様です。
GDPあたりのCO2排出量について、英国などは相当減っているのに対して、日本はこの四半世紀停滞している、その原因は電力の低炭素化(再生可能エネルギーの導入が遅れているから)ということですが、英国の産業構造の転換、ひらたく言えば製造業を失ったことが全く書いていないのはどうかと思います。
英国の製造業の GDP シェアは 1990 年から 2009 年までに 22.5%から 11.6%に半減していますし、2007-2011年には製造業の中でもエネルギー多消費部門(鉄鋼・金属、紙パ、化学)からエネルギー集約度の低い食品部門に顕著にシフトしていることが、観察されています。
*図表2点はhttp://www.21ppi.org/pdf/thesis/170906.pdf より
そして実は、英国が自国から排出するCO2は減ったものの、中国等海外で製造されたものを購入して消費するので、結局消費ベースのCO2排出量は増えているという研究もあります。そうなると要は、自国の庭先はきれいになったけれど、地球温暖化のためになったのか、という問いに突き当たることになるのです。
*RITEさんのこちらの分析などが参考になります。
Analysis_Consumption-Based-CO2.pdf (rite.or.jp)
日本に産業構造の転換が十分起きていない(進んでいるとか遅れているとかいう言い方は、書き手の価値観の押し付けだと思うので、起きていないという言葉を使います)のは事実でしょう。
しかしCO2排出量を減らすために産業構造の転換をするべきだというのであれば、日本は従来型の製造業ではなくどの産業で食べていくのか。あるいは、産業構造はそのままだとしてもより低炭素・脱炭素を進めるには何が必要なのか(低炭素・脱炭素に向けた設備投資が可能になるのは、業績が好調であることが必要です)、ということを議論すべきで、こうしたナイーブな論では、議論のベースにもならないのです。
温暖化政策の研究者や産業界の方たちなど「わかっている方たち」はこうしたナイーブな論を相手にしないというか、あまりツッコミをされないのですが、時々ちゃんと指摘しないとなと思い、一筆啓上申し上げた次第。