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自由奔放型のリーダーがけん引する創造性は時代遅れなのか?

山井社長の衝撃の辞任劇

コロナ禍が切っ掛けで訪れたキャンプブームで、アウトドアメーカー各社に対する社会の注目度も飛躍的に高まりをみせている。そのような中、日本を代表する高級キャンプ用品メーカーであるスノーピークは、熱心なファンができるほどブランドが愛される業界のリーティング企業の1つだ。2021年10月には、テレビ東京のカンブリア宮殿でも山井会長が出演している。
近年のスノーピークは、キャンプ用品のみならず、アパレルやキャンプ場経営、アーバンアウトドア、アウトドアオフィス、地方創生コンサルティングなど、多様な事業を展開している。そのような次々と打ち出す新規事業のけん引役となったのが、コロナ禍の2020年3月に同社社長に就任した3代目の山井理沙社長だった。新規事業開発の辣腕が評価され、2022年3月からコンパクトカーの雄であるスズキ株式会社の取締役にも選ばれていた。
3代目社長の元、さらなる飛躍が期待されたスノーピークだったが、突然の社長辞任が報じられる。既婚男性との不貞行為で妊娠したという辞任理由は社会に衝撃が走った。同日、スズキの取締役も辞任が発表された。

SNS時代に自由奔放型リーダーのリスク

山井前社長は、いわゆる自由奔放型のリーダーと言えるだろう。社長就任時にも、腕に彫られたタトゥーやSNSに喫煙写真を挙げて、上場企業の経営者らしからぬ自由奔放さに賛否両論が巻き起こった。特に、SNSが流行して以降、経営者に対する社会の目は厳しくなる傾向にあり、山井前社長の言動は良くも悪くも話題の的となった。
自由奔放型のリーダーがSNSで発信し、世の中を騒がせることは世界中でみられる。有名なのはテスラモーターズやスペースXのイーロン・マスク氏だ。日本でもスタートトゥデイの前澤 友作氏の発言が度々、物議を醸している。
そもそも、革新的なサービスを生み出す経営者には自由奔放型のリーダーが多い。周囲からの批判に臆せず、思ったことをはっきりと言い、独創的なビジョンを掲げる。SNSが流行する以前は、そのような経営者の振る舞いは武勇伝として称賛の的ともなっていた。しかし、SNSの流行によって、このようなリーダーの振る舞いが度々問題視されるようになり、企業価値に良くも悪くも影響を与えるようになっている。イーロン・マスク氏が今年6月にテスラモーターズの社員に対して「出社するか、退社するか選べ」と発言して、「まだ全従業員が出社できるように準備ができていない」と同社の人事部が慌ててプレスリリースを出したのは記憶に新しい。

革新は自由奔放型リーダーからしか生まれないのか?

自由奔放型のリーダーが歓迎されるのは、リーダーシップが発揮された結果としてイノベーションが期待されるためだ。反対に、事業が成熟して安定期に入ると自由奔放型のリーダーよりも堅実なリーダーが求められる。上場企業の経営者に堅実なリーダーが多いのはそのためだ。
それでは、イノベーションは自由奔放型のリーダーからしか生まれないのか。このことは、SNSの流行によってリーダーの振る舞いが社会から注目されるようになったことを背景として、経営学のリーダーシップ研究でも重要な関心事となっている。自由奔放型のリーダーによるリスクを抑えつつ、イノベーションもけん引できる新たなリーダーシップが模索されている。
ここ10余年の傾向として、倫理的な行動を重視しながらも組織としてイノベーションを生み出すことができるリーダーシップ(倫理的リーダーシップ: Ethical Leadership)に注目が集まっている。
倫理的リーダーシップは、自らとともにメンバーに対しても法令を遵守し、誠実であることに価値を置き、倫理的に立ち振る舞うように規範を作り出す。そのため、倫理的リーダーシップが発揮されることで、組織は秩序をもって運用されるだけではなく、社内外から信頼を得て、従業員の帰属意識と職務への満足度が高められる。
一方で、倫理的リーダーシップによってメンバーの創造性が高められ、イノベーションが生み出されるかというと簡単にはいかないこともわかっている。倫理的リーダーシップから創造性やイノベーションを導くには、何かしらの仕掛けを用意する必要がある。
例えば、パキスタンのイスラマバード科学技術首都大学のチームは、倫理的リーダーシップがメンバーの創造性を喚起させるには心理的権限移譲が重要な役割を果たすと述べている。心理的権限移譲とは、メンバーが自分の裁量で物事を決めることができると自己認識を持つことができている状態だ。
また、中国の浙江大学のチームは、倫理的リーダーシップがメンバーの創造性を高めるメカニズムとして、まずメンバーの情緒的コミットメントを高め、それによって職務エンゲージメントが喚起されることで初めて有効となると実証研究の結果を報告している。情緒的コミットメントとは、メンバーがチームに所属していたいと思う感情面での帰属意識である。また、職務エンゲージメントは仕事に熱中し、仕事への挑戦と成長が実感できている心理的な状態を指す。つまり、仕事に熱中でき、自己裁量の範囲が広いとメンバーが感じられる状況を作り上げることが倫理的リーダーシップの下で創造性を発揮し、イノベーションを喚起することに求められる。
さて、こうなると多くの日本企業にとっては頭を悩ませる状態となる。もともと、真面目で誠実なことに定評のある日本のリーダーの多くにとって、倫理的リーダーシップの発揮はそう難しいことではない。コロナ禍の厳しい経営状況にあっても、多くの飲食店や観光業が休業要請に自主的に従うほど、日本のビジネスパーソンの倫理的行動には定評がある。
しかし、職務エンゲージメントや心理的権限移譲といったメンバーの創造性を高めるための仕掛け作りについては話が異なってくる。従業員が自分の意志で決めることができる裁量権の狭さは世界的に有名だ。
例えば、日本では当たり前のように会社都合での異動を「ジョブローテーション」と称して命令するが、これは日本以外では信じられないことだ。実際に、カゴメがグローバルでの人事制度の統合を行うとき、日本の異動の仕組みについて聞いた現地法人のスタッフは「それは何かの罰なのではないか」と思うほど衝撃を受けたという。
職務エンゲージメントに至っては、多種多様な調査機関が様々な指標で国際比較を行っているが、どの調査も日本の順位は世界最低レベルだ。日本の順位が低いことは調査方法のバイアスや日本特有の回答傾向が原因だという意見もあるが、青山学院大学教授の田崎勝也氏によると欧米と比べると日本に特殊性はあるものの、そもそも回答傾向のバイアスはどの国にもあるものだ。日本と類似の傾向はアジアの多くの国でもみられる。特に、韓国と台湾の回答傾向は日本と良く似ていることが知られる。つまり、欧米とだけ比較している場合でもない限り、日本が世界最低水準にいるという事態は素直に受け入れたほうが建設的ということだろう。

小活

SNSが発展した現代社会において、自由奔放型のリーダーはイノベーションを生み出すことができる反面、リスクも大きいことを認識すべきだろう。そして、自由奔放型のリーダーではなくても、従業員の創造性を刺激し、イノベーションを生み出すことは可能だ。従業員個人が持つ創造性を最大限発揮してもらうための仕掛け作りが重要なのだ。そのための仕掛け作りを行いつつ、リーダーには倫理的リーダーシップを発揮してもらうことが現在のビジネス環境で求められているのだろう。

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