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ドイツ総選挙プレビュー~重い「メルケルの負の遺産」

争点は大連立の可否
今回はドイツ総選挙のプレビューです。短いお話なので日経COMEMOからお届けしたいと思います。

2月23日のドイツ総選挙まで2週間を切りました。関連報道が各社から毎日上がっており、相応に関心の高さが伺えます:

現状、最大野党である保守系のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が30%を超える支持率を集めており、現与党・ドイツ社会民主党(SPD)はその半分(15%)程度にとどまっています。ちなみにSPDの支持率は全体で3位に位置しており、CDU/CSUに次ぐ2位は20%程度で極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」がつけています。しかも、AfDの支持率はここにきて明らかに上向いています

CDU/CSUが最多得票となることは堅いと言えそうですが、後述するように、AfDとの協調をちらつかせたことが逆風となり、これ以上の伸びは期待できないとの見立ては多いようです

現状、ドイツ国民の関心事は相次ぐ凶悪犯罪の影響を背景に移民・難民問題へ集まっています。12月、1月と非常に痛ましい事件が相次いだことは既報の通りです:

この機運を捉え、メルツCDU党首は移民政策の厳格化を打ち出し、事もあろうかAfDの同調を誘うような政策運営に出ました。しかし、反ナチスを国是とするドイツ政治で最大のタブーを犯したことで、党内からは造反者も相次ぎ、結局、同法案は否決されてしまいました。

CDU/CSUに残ったのはメルツ党首の求心力に対する疑問符だけです。もちろん、メルツ党首が明示的に選挙後のAfDとの連携を約束したわけではなく「我々はそのようなことはしない」と強弁していますが、議会決議で初めて多数派を形成したAfDは「ドイツにとって歴史的な日」と歓迎する始末です。この一件で劇的に支持率が落ち込んでいるわけではありませんが、メルツ党首の求心力に疑義がついたのは間違いなく、CDU/CSUが現状からさらに勢力を拡大するのは困難と見るべきでしょう。

争点は選挙後の各党の立ち回りに移ります。上述したように、そうしたCDU/CSUの敵失にもかかわらず現与党であるSPDの支持率が回復しているわけではありません。2月9日に行われたショルツSPD党首とメルツ党首のテレビ討論会も「引き分け」との評価で終わりました:

CDU/CSUを含めた主要政党は、AfDとの連立や閣外協力を否定しているため、選挙後の争点はCDU/CSUがSPDと大連立を組むのか、それとも環境政党である緑の党と連立を組む(黒緑連立)のか、が焦点になります

現状、緑の党への支持率はSPDと同程度の14%ですから、どちらと組んでも維持できる勢力は変わりませんが、緑の党と組むことに対するCDU/CSUの抵抗は小さく無いようです。既にCDU/CSU幹部からはそうした意思表示が多々見られており、例えばリンネマンCDU幹事長は「緑の党と一緒に政権運営はできない」と話した上で、「ハベック氏の経済政策が、誰もドイツに投資しなくなる事態を招いた」、「この国が陥った景気後退の責任はハベック氏にある」と緑の党代表として次期首相目指すハベック氏を糾弾しています。

世論調査でもCDU/CSUとSPDによる大連立の方が、黒緑連立よりも支持率が高いとの結果も出ているそうです。後述するように、それは首肯できる世論だと思います。

 エネルギー政策、緑の党ではノーチャンス
こうした政局展開の予想は他の諸賢に譲り、ドイツ経済に焦点を当てた議論を見ておきたいと思います。下記の経済教室が良さそうです:

今のドイツ経済が抱える問題は何を置いても高止まりしたエネルギーコストです。昨年9月に発表されて話題をさらったフォルクスワーゲンの国内工場閉鎖は労働組合の猛反発に遭い、その後、方針が撤回されたものの、同社がそのような決断に至ったドイツ経済の環境は何も変わっていません:

この辺りの議論は過去のnoteでも詳細に分析しています。これは唐鎌Laboでの議論になります。ご関心ございましたら覗いて見てくださいませ:

周知の通り、2022年3月の開戦に伴って安価でクリーンなロシア産天然ガスというエネルギー源を失った上、2023年4月には自ら脱原発に踏み切り、ドイツ経済は非常にコストが高く供給が不安定な電源構成に移行しました:

結果、国内の経済活動に伴うコストが急騰しており、先進国としては異例の強さを誇っていた同国の輸出拠点としてのパワーは急速に劣化しています

しかも、それまで国内で製造した自動車を筆頭とする輸出品にとって最大の需要先であった中国経済は不調に陥っており、独中関係もメルケル時代の親密性は失われています。さらに、時悪くも、中国は自身で電気自動車(EV)を主要産業として確立させており、遂に2024年は中国の電気自動車最大手BYDが初めて国内市場での販売台数で首位に立ってしまいました。必然、ドイツ自動車企業の売上は退潮気味です:

2024年8月1日にドイツ商工会議所(DIHK)が公表した約3300社の加盟企業に対する調査はドイツ企業の苦境を明示するものでした。調査によると、減産もしくは海外への移転を検討している国内企業の割合が 37%と、2022年の21%、2023年の32%から上昇傾向にあります:

この傾向 は特にエネルギーコストが高い企業(エネルギーコストが収入の 14%以上に相当する企業)や大企業(従業員500名以上)に顕著であることも指摘されており、これらの企業に関しては概ね2社に1社が減産や移転を検討しているという結果でした。 調査では高いエネルギーコストがもたらした結末はビジネス拠点としてのドイツにとって決定的(crucial)とされ、「今回の調査はビジネス拠点としてのドイツからの離脱トレンドを確認するものであった」とまで書かれていました。

要するに、ドイツ経済がこれから挽回するにあたってはエネルギーコストの押し下げが不可欠ということです。この点、CDU/CSUは選挙公約で「原子力の選択肢を保持し、停止した原発の再稼働を検討する」と謳っていますが、連立相手が緑の党では当然、この方針が折り合うことは無いでしょう。

もちろん、大連立が仕上がったとして、世論の反対を押し切って脱原発を完了させたSPDが果たして再稼働で折り合うのかも不透明です。しかし、緑の党と組めばノーチャンスであるところ、SPDであればば少しでも現実解に近づけるという期待はあるでしょう。国民が大連立に期待するのは自然です

 債務ブレーキ法の取り扱い
ドイツの政治・経済を語る上でもう1つの外せない論点が債務ブレーキ法の取り扱いです
。そもそもショルツ現政権の破綻は、拡張財政を主張する SPD と緊縮財政を主張するFDPの相違から始まりました。

周知の通り、ドイツは憲法において財政均衡規定(通称:債務ブレーキ法)が定められ、単年度の財政赤字を GDP 比で ▲0.35%未満に収めるという制約があります。なお、債務ブレーキ法は古い歴史を誇るものではなく、2009年にメルケル政権が導入したものです。 実体経済が弱っているところへ、トランプ政権発足に伴う追加関税負担が重ねることを見据えて、ショルツ首相は緊急条項の発動により債務ブレーキを解除し、拡張財政路線を通じた景気下支えを主張しました。ドイツ経済の現状を踏まえれば、真っ当な姿勢だったと言えるでしょう。

しかし、FDP 党首と財務相を兼ねていたリントナー氏がこれを拒否しました。「帰ってきた病人」とも揶揄されるドイツの現状を踏まえると、政府部門からのサポートは相応に期待されてしかるべきですが、FDP の緊縮主義はこれを譲りませんでした。結果、ドイツ政局は混迷に向かい、ドイツ経済も混迷を極めたままです。

さらに言えば、トランプ政権はドイツを含めNATO加盟国に対してGDP比5%の防衛費予算を要求しています。そもそも米国ですら5%は超えていないので、これは過大な要求ですが、英国は2.5%を要求し、米国は現実に3%という状況にあります:

ようやくドイツは2025年度予算で従前目標であった2%を実現する見通しですが、少なくとも今後4年間は防衛費予算の面から歳出圧力が高まる公算が大きいことも留意したいところです。こうした中、債務ブレーキ法の存在は当面のかく乱要因にしかならないでしょう。

なお、メルツ党首は債務ブレーキ法の堅持を謳う立場にありましたが、条件次第では見直しもあり得るとの認識に変わりつつあるようです:

一連の経緯を踏まえれば、CDU/CSUとSPDは一致点を見出しやすいのではないかと思われます。この点、緑の党も現連立政権で債務ブレーキ法の例外適用に強い反意を示していないので、妥協の目はあるかもしれません。しかし、上述したように、エネルギー政策(原発再稼働)については取り付く島もないため、総合的に不安定なパートナーと言わざるを得ないでしょう。

 メルケルの「負の遺産」一掃がテーマ
結局、今後のドイツ経済を浮揚させるために必要なエネルギー政策と財政政策(債務ブレーキ法)の修正という点に照らせば、大連立が最も無難な選択肢になりそうではあります

もっとも、SPDにも事情はあります。大連立に加わったことでメルケル首相率いるCDU/CSUの陰に置かれ、騰勢失速を強いられたという歴史を繰り返したくはないというのがSPDの胸中として考えられるでしょう。具体的には、メルケル政権16年間のうち12年間、大連立が行われました。その間、SPDはCDU/CSU(というかメルケル首相)の日陰に置かれるような存在でした。この再現を回避したいという胸中はSPDに根強いはずで、連立交渉は容易ではないと思います。

しかし、2年連続のマイナス成長を強いられているドイツ経済は一刻も早くその足枷を取り外し、正常化が望まれる状況です。そもそも移民流入も脱原発も債務ブレーキ法も全てメルケル政権が決めたことです。メルツ現党首はメルケル元首相と犬猿の仲だったとはいえ、党がやったことには変わりありません。CDU/CSUが最多得票となろうと、他党に譲れる部分は譲るという姿勢を持つべきでしょう(少なくともドイツ国民からすればそう思うはずです)。メルケル政権の「負の遺産」を清算すべく、ドイツ政界の一致協力が求められる状況であり、その解は2週間後には分かります。



[1] 2024年9月5日号「ドイツ産業空洞化とユーロ相場について」をご参照ください。

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