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パウエル講演を終えて~もっと話して欲しかった労働市場の今後~

注目されたジャクソンホール経済シンポジウムにおけるパウエルFRB議長の講演は「Review and Outlook」とシンプルなテーマで行われ、「The time has come for policy to adjust」との一節が材料視されました:

もっとも、政策運営に新しい材料を示したとはいえず、従前織り込まれていた利下げ路線を追認したに過ぎないという見方になります。しかし、これを受けた円相場は騰勢を強めており、まさに利下げトレードが流行しているという印象が強いです:

この辺りの議論は構造的な視点から筆者なりの見解を以下で展開する予定です。今回はジャクソンホール経済シンポジウムに絞ってメモを作りたいと思います。日経COMEMOとしてお送りいたします:

話をパウエル講演に戻しましょう。上記発言に続けて「the timing and pace of rate cuts will depend on incoming data, the evolving outlook, and the balance of risks」とも付け加えていることにも表れるように、市場の一部で期待が浮上する▲50bpを約束する言動があったとは言い難いように思えます。

7月30~31日のFOMCから現状に至るまで、賃金・物価情勢が激変したとは言えないでしょう。その意味では「The time has come for policy to adjust」とまで言い切るのであれば、それはFOMCで発信すべき内容であったように思います。確かに、足許では雇用情勢の悪化が話題となっているものの、均してみれば、その動きは年初から続いているものです。わざわざ8月下旬の講演機会に合わせる理由は乏しかったようにも思えます:

そもそも経済・金融情勢にまつわる構造問題を大局的に議論する地方会議であった同シンポジウムが「次の一手」を占うイベントと見られるようになったのは、2010年にバーナンキ前議長がQE2を示唆した時からと言われています。今回のパウエル発言は来年以降もこのイベントが目先の政策運営を説明する機会として注目される契機になっていくのでしょう。最後にも述べるように、米国に関して、構造的に議論されるべき論点は他にもあったように思えてなりません
 
今後重要になる労働市場への基本認識
もう1つパウエル議長の発言として注目されたのが、労働市場に対する評価の弱さでした。労働市場の現状について「cool(冷え込み)」という形容詞が何度か使われています。中でも注目されたのが「We do not seek or welcome further cooling in labor market conditions」の一節で、労働市場がこれ以上冷え込むことに関し、許容しないと明言しました

この発言は今後に対して禍根を残す可能性も感じます。というのも、前月比で大きく悪化が始まったとはいえ、7月時点の失業率は4.3%であり、歴史的に見ればかなり低いものです。図に示すように、市場で自然失業率と見なされるFRBスタッフ経済見通し(SEP)における長期失業率(中央値)は6月時点で4.10%でした:

これはパンデミック前の直近3年間(2017~19年)平均である4.43%もしくは直近5年間(2015~19年)平均である4.63%よりもはっきり低い水準です。この水準を基点として「これ以上の冷え込みは許容しない」が基本認識になってしまうのだとすると、見通せる将来においてFRBが緩和路線を強いられる不安はないでしょうか

この点、現状、パウエル議長は完全雇用時の失業率がパンデミック前よりも低くなっている可能性に言及しています。具体的にジャクソンホール経済シンポジウムの講演では求人数の失業者に対する比率や雇用率がパンデミック前の水準まで落ち着きを見せており、賃金の伸びも鈍化している状況に照らせば、「インフレ率が2%以下にあった2019年よりも労働市場は逼迫していない」との判断を口にしています
 
労働供給減少の確度
現状、確かに賃金ははっきりとピークアウトしており、これが個人消費支出(PCE)デフレーターを基調的に押し下げるに至っていることを思えば、パウエル議長の弁に表れるFOMCの基本認識は「今は」正しそうではあります。なお、「最大雇用実現時の失業率がパンデミック前よりも低い」という事実の背景としては、労働供給が細っていることが挙げられ、さらにその背景としてはパンデミックを契機として資産価格急騰に直面した高齢者層において早期引退が増えたことや移民制限、労働にまつわる価値観の変容などが持ち出されることが多くなっています。

いずれの要因を重視するにせよ、FRBが「最大雇用実現時の失業率がパンデミック前よりも低い」という事実を前提とする限り、当面の利下げが過剰な程度に至る懸念は限られそうです。とはいえ、労働供給減少の確度に関し、いずれの要因を重視し、その持続可能性をどう見るかについてはコンセンサスがあるとは言えないのも事実でしょう。

こうしたパンデックを境とする米労働市場の構造変化は金融政策運営にとっても極めて重要な論点になるはずなので、本来的にはジャクソンホール経済シンポジウムにおいてパウエル議長が正面から取り上げても良い話であったように思えますが、残念ながら講演の一部でしかありませんでした。



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