ドラギでも効果薄?
競争力強化は、日本でもそうだが、欧州でも大きな課題である。その方針を打ち立てるため、マリオ・ドラギ前ECB総裁による報告書、いわゆる「ドラギ報告書」が提出された。2024年4月に発表された欧州単一市場の強化に関する提言書をもとにしたもので、欧州の経済成長ペースが持続的に米国を下回っていることを問題視し、それに対処するために必要な政策行動を示した欧州の競争力強化に関する提言書である。いくつかの大胆な政策提言が含まれている。仮にこうした政策が実行されるのであれば、欧州の状況は大きく変化する可能性が大きい。
欧州の存続の危機に対応するため、次の3分野における投資の拡大を訴えている。第一にイノベーション。EIBの役割を強化し、ハイテクセクターの株式に対すると直接投資を可能にする、保健会社の民間投資が可能になるようソルベンシーⅡ要件を見直す他、通信分野における国境を越えた合併や経営を進めやすくする。第二に脱炭素化と競争力強化。再生可能エネルギーと原子力エネルギーの価格を化石燃料発電の価格と切り離す、EU全域でサーチャージの上限水準を共通化することも提案された。第三に戦略的自立である。官民パートナーシップなどにより重要資源バリューチェーンを支援するための金融ソリューションの開発や国防資産に対する需要を大幅に集約し、防衛装備品の一層の標準化と共通化を推進する、などがそれに含まれる。
しかし、最大の問題は莫大な資金を必要とすることとその調達スキームであろう。これらの達成のためには最低でも年間7500から8000億ユーロ(EUのGDPの4.4-4.7%程度)の支出が必要であるが、そのために次世代EU(NGEU)と同じように、共同債の発行を増やすことで必要な資金の一部を確保する、というのである。大規模なEU共同資金調達に関して言えば、少なくとも短期的に合意が得られる可能性が低いと見ざるを得ない。
問題を指摘し、欧州が他国対比で競争力を高める必要性を訴えた重要な報告書ではあるが、ドイツやフランスのような大国が国内問題に忙殺されている中、EU理事会でこうした改革を主導しようとする意欲に繋がるかは、政治的展望からかなり厳しいであろう。欧州理事会内には右派や国家主義的な首脳が増えていることにより、一段と共同的アプローチを取ることに対して消極的になる可能性も否定できない。以上より、競争力強化を打ち出し、フォンデアライエン委員長の政策指針を後押しするものになるはずだが、ドラギのお出ましでも、それ程大きなものになるとは思えない、ということになる。