AI時代には、思考力より試行力
お世話になっております。若宮でございます。
今日はAI時代には「思考力」よりも「試行力」が大事になる、という話を書きます。
「試行」のコスト
AIの登場で、一番大きく変わったことは何でしょうか。
僕はAIで「試行」、つまりトライアルのコストが大幅に下がったことが実は一番大きいのではと感じています。 試行錯誤やトライアンドエラーが、これまでより劇的に手軽にできるようになった。
例えば、プログラムを作ってアプリに新しい機能を追加しようとすると、エンジニアの作業が必要です(でした)。 そうなると、何でもかんでも試せるわけではありません。 試すこと自体にコストがかかるので、気軽には実行しづらかったわけです。
ひとつの施策を試すにも、機能を数ヶ月かけて開発する必要があります。それだけ時間をかけても、リリースしてみて結果が芳しくなければせっかく開発した機能をRollbackして引っ込める、ということもあります。結果は変わらないのに数ヶ月があっという間に過ぎてしまいます。試したこと自体は無駄ではないものの、時間と費用の負担はやっぱり大きかったですよね。
「試行」コストのネガティブな影響
時間やお金がかかるというだけでなく、試すことのコストが高いと事業にネガティブな影響が出てきます。
どういうことかというと、試すのに時間やお金がかかるほど、新しいチャレンジをしなくなってしまうんですよね。 「やってみたいけど、コストがかかるしな…」と試すこと自体を躊躇してしまったり、諦めたりしてしまいます。
また、試すこと自体に大きなコストがかかると、人はなるべく失敗しない無難な選択をしようとします。 蓋然性が高いもの、つまり無難なアイデアに寄ってしまって大胆なチャレンジができない。 例えば「100万円賭けて一点張りで馬券を買え」と言われたら、ほとんどの人は本命しか選べないでしょう。
でも、もしそのコストが100円だったらどうでしょうか。 「ちょっと穴狙いで買ってみようかな」と気軽にチャレンジできます。 コストが高いと失敗を避けたくなるあまり、結局は極めて安全な選択肢しか選べなくなるのです。
このように、「試行」のコストが高いとそもそもチャレンジをしないか、したとしても穏当な選択しかできなくなる。だんだんと保守的になってしまうわけです。
つくるコストの変化
産業には「重厚長大」と「軽薄短小」なものがあります。
例えば、製鉄所や製造業、インフラ産業なんかは「重厚長大」です。 それに対して、インターネットサービスやアプリ開発は、設備投資が少なく、物理的にも小さく、軽い。この二者では「試行」のあり方は大きく違います。
開発の手法にウォーターフォールとアジャイルという2つの考え方があります。 ウォーターフォールは、最初に仕様を決め、仕様が決まってから次の工程へと順番に工程を進める方法です。 水が上流から下流へと流れるように、一度決まったことは基本的には上流に戻ることなく進めるので、制作プロセスとしては安定する代わりにやり直しが難しい。 一方、アジャイルは、つくりながら仕様を調整し、プロトタイプやレビューをしながら柔軟に変更していくスタイルです。
「重厚長大」なモノをつくる場合、ウォーターフォール型の方がフィットしています。そもそもつくる過程で時間とお金がかかるので、仕様を簡単に変更することはできません。例えば、車のように大きなものをつくるには金型をつくってプレスして、と工場設備も大きいので作ってから「ここを直したい」と思っても、すぐには仕様変更はできません。
一方、ソフトウェアなら簡単に修正できるのでアジャイルなつくり方をすることができます。
テクノロジーの進歩により小型化も進み、「つくる」コストはどんどん下がり、「重厚長大」から「軽薄短小」へ、ウォーターフォールからアジャイルへと移行してきました。
テクノロジーは「試行」コストを下げる
テクノロジーによって「つくる」コストだけではなく、ローンチ後のコストも下がってきます。
かつての「重厚長大」な産業では、市場に一度出したら後戻りするのは大変でした。何か問題があって直すために回収し、それを改修する、リコールするとなったら大変な損害です。
一方、ソフトウェア、そしてインターネットの発達により市場に提供した後でも簡単に修正ができるようになりました。
その象徴が「ベータ版」という考え方です。いわば「未熟児」の段階で製品を世の中に出し、ユーザーのフィードバックを受けながら改良していくわけです。 ITの世界では「とりあえず出してみる」が可能です。マーク・ザッカーバーグの有名な言葉に「Done is better than perfect(完璧を求めるより、まずやる)」というのがありますが、「つくる」コストだけでなく、提供やフィードバックを受けるローンチ後のコストも低いからこそ可能です。
車や列車、建築物のような大きな物理的製品では、「未熟児」で市場に出すなんてただの無謀・無計画でしかありません。つくるコストに加え、ローンチ後の回収・改修コストも高いので、世に出す前に様々なケースを検討し仮説を立て、慎重に議論を重ねてからリリースすることが重要になります。企画書の段階で何度も検討し、製品に「これだ!」という確信を持ってから世に出すことになります。
しかし、インターネット時代になり「ベータ版」の文化になると、仮説は必要ですが「確かさや正解を求めて議論しているより、まず出してみて反応を見ればいい」という感じになります。
「思考」するより「試行」しよう
こうした「試行」コストの低下が、生成AIの登場によってさらに加速しています。
例えば、Robloxでゲームをリリースする際、アイコンやサムネイルのデザインを作る必要があります。 これまでデザイナーに依頼して時間をかけてつくってもらっていたものが、生成AIを使えばものの数秒でデザインを出せるようになりました。 「つくる」コストまで圧倒的に下がったわけです。
以前なら仮案だとしてもデザインをつくるのに稼働も時間もかかりましたから、デザイン制作に入る前に企画会議をし、ある程度案を絞り込んでいました。しかし生成AIで「つくる」コストがほとんどゼロになると、「どれがよいか」を議論するより何パターンでもつくってまず公開し、ユーザーの反応を見て最適なものを選べばいい、となります。
プログラミングでも同じで、AIが素早くコードを生成することで、仮説を立てたらすぐ試せる環境が整いました。以前は実装コストも高かったので、機能追加をするにも仕様や期待効果をよく吟味してから開発Go、という感じでしたが、すぐ試してみる、ができてしまう。
試行コストが高かった時代は「試す前に最も蓋然性の高い正解を導き出す」ために「思考力」が重要でしたが、今は「仮説を立てたら即実行する」ことができる「試行力」の重要性が上がっています。
AIをパートナーとして活用すれば、試行のスピードを10倍、100倍にもできるのですから、あれこれ議論しているより早く試行錯誤し、どれだけ学ぶループを回せるか。「試行力」が高い人ほど成功の確率が上がっていくでしょう。
「思考」から「試行」へのアップデート
この変化に適応し、発想のアップデートができるかどうか。
20世紀的あるいは重厚長大的な思想のままだと、「仮説を立てたら試すまえにまずはじっくり考え抜こう」と思いがちです。じっくり考えずにやるなんてけしからん!堕落だ!という感覚もあるかもしれません。じっくり時間をかける、ということはある種の美徳です。
時間をかけて考えれば考えるほど良いものができる、と思うかもしれませんが、当たるかどうかはやってみなければわかりません。 思考することが不要になるとはいいませんが 、まず試してみるというジャンプの方が大事だと思います。それでできた時間の余裕は試した後のブラッシュアップなどに使うほうが質を高められるかもしれません。
AIを活用することでつくるコストもローンチ後のコストも大幅に下がり、ほぼゼロになってきます。 その分、試行の回数を増やせるので、これからは価値を生み出す上では「とにかく試す力」がより重要になってくるのではないでしょうか。