スウェーデンが、先進国で最悪の「強姦大国」である理由
現在、行政官として性暴力と対峙しています。どうすれば性暴力を社会から一掃できるのか、考える毎日です。そして私はものを考えるとき、まず他の事例を調べにいきます。ビジネスパーソンをやっていたときの習慣です。
性暴力対策の先進的な事例としてしばしば引き合いに出されるのは、欧米諸国のものです。そこで、公開されている情報から、その実態を調査していました。
そこで、意外なデータに直面します。国連等による調査(※1)よれば、概して、欧米は強姦事件(Rape)の発生率が相対的に高いのです。特にスウェーデンは、先進国(OECD加盟国)で最悪のレベル。発生率は2010年で63.54(人口10万人あたりの、強姦事件の警察の認知件数)。そして同年、日本は1.02と、先進国中で最も安全な国となっています。スウェーデンでは、毎年、日本の63倍もの強姦事件が発生しています。
一部のメディアやSNSでは、この国連等が公開しているデータを根拠として、日本の性犯罪は深刻なものではないと主張されています。しかし、日々、卑劣な性犯罪事件を目の当たりにしている身としては、その結論は納得し難いものでした。そこで、さらにこのデータを深掘りしていくと、まったく異なる光景がみえてきました。
「強姦事件」の成立に至る狭き門
まず、国ごとに「強姦事件」が成立する条件が異なります。スウェーデンは、「強姦」を他の国と比べてより広く捉えているのです。
具体的にいえば、統計がとられた2010年時点の日本の刑法が定義する強姦(強姦罪)は、男性器が女性器に挿入されるものです。つまり、強制的な肛門性交や口腔性交は「強姦」にはなりません。そして、加害者は男性、被害者は女性に限定されています(2017年に刑法が改正され、定義は変更されています。※2)。さらに、「強姦」が犯罪として成立するには、被害者が物理的に激しく抵抗せねばなりません(暴行・脅迫要件)。それが証明できない場合、どんなに不本意な性交であったとしても、罪にはなりません。性交を迫られ、あまりの恐怖に身体が硬直して抵抗できなかった、あるいは、加害者が被害者に対する支配的地位を悪用することで、現実的に性交を拒めない状況に追い込んでいた、という場合は「強姦」にならない場合があります。
一方で、同年のスウェーデンの「強姦」は、性器の挿入に加えて、肛門性交や口腔性交、さらに、膣や肛門への指や物の挿入、そして自慰行為の強制等も含まれるとされています。当然、被害者も加害者も、性別は関係ありません。また、当時のスウェーデンの「強姦」の定義にも日本と同様に「暴行・脅迫要件」がありましたが、2005年の法改正で、限りなくそのハードルを低くしています(※3)。
欧州に目を移せば、ドイツの強姦発生率は9.38と、スウェーデンの約1/7です。一見すると優等生にみえます。しかし、もしドイツの「強姦」の定義(※5)でスウェーデンの強姦事件をカウントすると、強姦発生率は約64から15に劇的に下がり、隣国のフィンランドと同水準になります(※6)。
性暴力を、なかったことにしない
もうひとつ、冒頭の強姦事件の発生率で着目すべきは、「実際に発生している件数」ではなく「警察が認知している件数」であることです。つまり、各国で定められた「強姦」の成立要件を仮に満たしているとしても、被害者がそれを警察に届け出ないことには、事件としては認知されません。そして、これは万国共通ですが、性犯罪は、被害者の多くが警察に届け出ないことで知られています。
例えば日本では、政府が2020年に全国の二十歳以上の男女5,000人に対して実施した調査(※7)によると、無理やりに性交等をされた被害経験のある女性は6.9%でした。被害に遭った女性で、誰かに打ち明けたり相談したりしたのは37.6%で、うち、警察に相談した人は6.4%しかいません。さらに、ここから被害届が警察に受理されないというケースもあります。つまり、「無理やりに性交等をされた被害経験」のうち、「強姦事件」としてカウントされるのは、ほんのわずかなのです。
諸外国も、日本と状況は大きく異ならないようです。世界規模(統計が取れる国に限る)でみても、強姦被害に遭った女性のうち誰かに相談するのは約40%で、警察に助けを求めるのは10%以下とあります(※8)。
被害者が届出をしない理由は様々です。先の日本政府の調査によれば、「恥ずかしくてだれにも言えなかったから」、「自分さえがまんすれば、なんとかこのままやっていけると思ったから」等があげられています。
なぜ、被害者はこのようなことを思ってしまうのか。それは、無理やりにされる性交等の多くが、顔見知りによってなされるからです。まったく知らない人からの被害は、約10%に過ぎません。多くの場合、被害を訴え出ることは、身近な人間関係やコミュニティに大きな影響を及ぼすことになり、その後の被害者の心理的負担は、想像を絶するものがあります。
もちろん、日本政府もこの状況を良しとはしていません。被害が行政に伝わっていないということはすなわち、被害者に必要な支援を届けられていないということでもあります。政府はここ数年で、被害者の声を着実に拾えるよう、急ピッチで対策を打っていますが(性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターの整備や、警察における性犯罪被害者支援の充実、等々 ※9)まだまだ道半ばです。
一方スウェーデンでは、政府として長く犯罪被害者支援に取り組んできた歴史があります。象徴的なのは、約20年前、1994年に設立された犯罪被害者庁(Brottsoffermyndigheten)です。被害者を支援するための行政組織が、独立して存在しています。そしてこの組織のミッションの一つは、「犯罪被害者に関する情報の収集・伝達」です。被害者が持っている権利や、これからやるべきこと、そして、人権や性に関わる啓蒙活動まで含めて、積極的な広報活動を担っています。
そして、1988年に制定された「犯罪被害者補佐人制度」も見逃せません。犯罪の被害に遭うと、弁護士や弁護士事務所の弁護士補が、被害者の利益を擁護し必要なサポートをするよう、政府から犯罪被害者補佐人として任命されます。
かつてはスウェーデンでも、性犯罪に関して被害を訴え出ても、加害者を有罪にするのは困難でした。その上、複雑な裁判手続きにはじまり、既に述べたように強姦等は多くの場合顔見知りによって行われるので、その後の生活の変化も激しく、被害者にとっての負担は甚大です。自然、被害届が出されることは稀でした。犯罪被害者補佐人は、そのような状況も踏まえて、被害者に寄り添いながら、被害届を出す重要性を説明し、提出を促します(※10)。
こういった施策が、スウェーデンの被害者たちの背中をおし、泣き寝入りすることなく、被害届を出しやすい環境をつくっていきました。
数字だけではわからない
ここまでくると、冒頭のスウェーデンの強姦事件の数字の見え方が変わってくるはずです。社会が性暴力に正面から取り組むと、むしろ、発生件数が上昇する場合があります。逆に、発生件数が少ないことが、安全な社会であることを必ずしも意味しません。性暴力事件のデータは、各国ごとに社会の実情を注意深く、そして、高い解析度でみなければ、それが真に意味するところを取り違えてしまいかねないのです。
例えば、近年、日本も含めた先進各国は、政府として性暴力対策に力を入れています。法改正もしていますし、性暴力の予防と防止、そして被害者支援のための仕組みや制度作り、あるいは、その整備に投資しています。しかし、その結果たるや、下図の通りです。性暴力の発生件数は、日本とドイツがほぼ横ばいである一方、フランスとイギリスはむしろ、激増しています。
これを、フランスとイギリスの怠慢とみるか、あるいはその逆なのか。そして、日本とドイツは、相対的にうまくやれているのか、あるいは、やれていないからこその結果なのか、正直、今の私にはわかりません。専門家たちの見解も、分かれています。
・・・
ここで、本稿の最初の問いに戻ってみます。どうすれば、性暴力を社会から一掃できるのか。私はその答えを見つけるために、海外の事例を調べてみました。しかし、今回発見したのは、答えではなく、性暴力の底なしの闇です。今の自分では、どんなに覗き込んでも、真っ暗で、何も見えません。でもきっと、答えは、その底なしの闇に潜り切った先にしかないのでは、と思うのです。
例えるなら、パンドラの箱です。箱を開けると、この世の絶望や、あらゆる災いが溢れ出てくる。でもきっと、それらを受け止めきった先に、希望があるのかもしれません。そう信じています。
甚だ微量ですが、明日からまた、頑張ります。