セルフブランディングの憂鬱 〜poorなコンテンツ・ツールがいま求められているワケ
お疲れさまです。uni'que若宮です。
ひと月前の「狂騒」が終わり今やだいぶ静かになっていますが、clubhouse、そしてその後にはDispoと海外のプロダクトが人気を集めました。
コロナ禍による孤独感から多くの人がつながりを求めていた、という理由も多少あるでしょうが、すでにたくさんのSNSやコミュニケーションツールがありますから、それだけでは説明になりません。
このタイミングでなぜこの2つのSNSが受け入れられたのでしょうか?
僕はそこには、「poor」というキーワードがあるように思います。
コンテンツの次元を減らす、というニーズ
まずclubhouseについて。
そもそも「音声」の分野はすでにここ数年注目されてきており、Voicyやstand.fmなど音声コンテンツの配信プラットフォームも成長しています。
実は音声コンテンツへの回帰は、「コンテンツのリッチ化」とは逆の方向です。インターネットコンテンツはこれまで、テキスト、音声、写真、動画、そしてさらには3Dへと、どんどん次元を加えてリッチ化されてきました。
NTTドコモに入社した頃、「モバイルマルチメディア」ということが盛んに言われていました。2Gから3G、4Gときて、いまでは5G、秒あたり通信量は2.4kbpsから数Gbpsへと実に100万倍に増加しています。線が太くなるにつれ、伝送されるコンテンツのデータ量も増加の一途をたどりました。
ただし、技術的進歩として量が増えつづけるとしても、人のニーズはかならずしもそのように一方向的にはいきません。すでにYouTubeやZoomがある時代に、なぜわざわざ音声メディアで発信をするのでしょうか?通信事業者の描く未来でよくいわれるように、よりrichな通信の方が便利なのだとしたら、声しか届けられないメディアは動画メディアに劣るはずです。
しかし、コンテンツのrichさは時に「重荷」になります。
映像まで配信しようとすれば、背景や身なり、画像のクオリティにも気を配らなければなりません。4kの映像になればシワやシミまでが見えてしまいますし、寝癖や鼻毛にも気が抜けません。(映像が荒いから鼻から毛が出ていてもいいというわけではありませんが)Zoomでの打ち合わせでもとくに自分の顔をお届けしたいわけではないですし、みる方にとっても大して必要な情報でもないでしょうから、ビデオを早々にOFFにすることもあります。
音声情報だけならそれを気にする必要はありません。コミュニケーションの心理コストの面からは、次元が少なく「poorな方がより気軽」だというニーズもあるのです。
同期コンテンツのデメリットとメリット
さらに、clubhouseにはVoicyやstand.fmとはちがい、同期コンテンツであるという特徴もあります。
わかりやすくいうと「とって出し」ってやつです。
これには一見するとデメリットなことが2つあります。
①同じ時につながっていないと見れない。つまりアーカイブされない
②収録と再生の間にタイムラグがない。つまり編集できない
①は、特に受け手にとってのデメリットです。電話よりメールやチャットが気軽なのはそれが「非同期」だから、つまり送り手のタイミングに合わせずとも、受け手が都合のいい時に情報を受け取ることができるからです。
Voicyやstand.fmでは好きな時に聞けますし、あとから何度も聞き直すことができます。しかし、clubhouseはその時に合わせてルームに入らなければならず、またそれを逃すと聴くことができません。
もちろん、受け手がそれを受け取りづらい、ということは送り手にとってもデメリットです。アーカイブされる非同期のコンテンツは「ストック(蓄積)」されていきますが、同期コンテンツは貯まらないため、毎回送信しなければならないからです。
②は、特に送り手にとってのデメリットです。というのも、「一発勝負」で失敗してもあとから「切る」ことや「録り直す」ことができないからです。民放のテレビ番組の「生放送」がしばしば冗長になりがちなように、一般にいって「編集」の無いコンテンツのクオリティの方がpoorになります。
しかし「同期」による①、②の特徴は一方で、送り手の「気軽さ」から考えるとメリットにもなります。つまり、後に記録で残らないからこそ「気軽」ですし、「編集」ができないことで多少失敗してもエクスキューズになるし、「編集」に時間を使わない分コンテンツに費やす時間が短くなり「気軽」なのです。
「編集できない」というメリット
この「編集できない」という特徴はDispoについても言えます。
Instagramで活躍するインフルエンサーは、一枚の写真を取るのに何時間もかけるといいます。アングルを変えて何度も取り直し、ベストの一枚を選び、それをフィルターや変形によって「加工」します。
いまや生活の半分くらいはリアルワールドではなくデジタルワールド上のことになっていますから、「身だしなみ」もリアルワールドだけのものではありません。インターネットのセルフブランディングは、ファッションやメイクに時間をかけるようなものなのです。
しかし、ネットがほぼ常時接続となり、デジタルワールドの比重があがってくると、毎回それをするのも結構「しんどい」ことになってきます。
そしてこの「セルフブランディングのしんどさ」が「poor」なコンテンツによって救われるのです。(twitterの文字制限やtiktokの短尺とも同様のニーズによると思われます)
毎回時間をかけるのは「しんどい」けど誰かに見せたい、見せるなら周りに劣ってみられたくない。こういうダブルバインドなニーズにDispoは答えるのです。
写真をとってもすぐそれを見られないから撮り直しもできない、みんなが編集をできないので、自分も編集を「しなくていい」というエクスキューズがあることで、ブランディングに関わる時間を最小化しつつ、他者に劣る心配もなくなります。「すぐ現像できない」という機能は、自身にとっても手の届かないところへと「手放させる」機能でもあり、それによって送り手の気持ちを軽くします。
このようにあえてpoorなコンテンツやツールが求められるのは、「セルフブランディング疲れ」の現れなのかも知れません。
ただし、「気軽さ」というのは万人の参入ハードルを下げ、かつ一人あたりの数も増やしますので、「粗製乱造」が爆発的に進むリスクもあります。そうするとクオリティの低いコンテンツに良いものが埋もれてしまったり届けたいことが届かないという本末転倒の自体にもなりかねません。
本来はこうしたアプリ側の機能制限に頼らずとも、自分が「しんどい」ほどまで飾ってセルフブランディングをせず、自分らしさをそのままに見せられたり、その頻度も無理のない範囲で程よく厳選できるほうがいいのかもしれませんね。
(↓弊社Yourからも、自分に手紙を書くことで自分らしさに向き合うLetterMeや「ことば」を改めて大事に扱うサービスが立ち上げ準備中だったりするのですが、そんなサービスが生まれるのもこうした時代の中のニーズな気がします。どちらも優しいサービスなのでよかったらご一読ください)