夢の街「阿那亚」についての日本のテレビでの報道が中国で物議
最近、「阿那亚」(あなや)という場所を取材したこちらの動画が日本のテレビで報道されたようなのですが、中国ウォッチャーの皆さんはご覧になりました? ↓
この報道の内容が疑問です、と瞬く間に話題に。日本で報道された動画に中国字幕が入ったバージョンが動画サイトやSNSに投稿され、中国のSNSで拡散されネット民からたくさんの批判コメントがついています。
動画の内容は、日本のメディアが「阿那亚」という中国の北の方の海沿いの住宅街に取材に行って、その街やコミュニティーが若者にとっていかに魅力的なのかという内容でしたが、それに対して中国のネットでは批判が殺到。最も突っ込まれた内容は、動画でアピールされた「北京近郊」「若き富裕層」「夢の街」に対しての違和感です。
取り上げられた街「阿那亚」は具体的には河北省秦皇岛市北戴河新区にあります。
↑映像に使われた地図から見ると確かに北京近郊と言ってもよさそうですが、(超好意的に擁護してあげると)動画スタッフは広い中国の地図を思い込みで勘違いしたのかもしれません。でも実際には北京から300キロ以上の場所です。近郊の定義を辞書で調べちゃいましたよ。。
↑もっと広い地図で見れば、北京よりも大連の方が近いです。
↑北京駅から車で移動すれば高速道路利用の場合でも3時間半かかります。列車の場合も2時間以上かかる場所です。これに対して中国のネット民からツッコミの嵐。
-300キロが近郊だって。なら名古屋も東京の近郊だよね?
-この動画は日本系不動産のPRなの?
-ここいったんですが、大して良いって感じではない
などのコメントが。他にも
-阿那亚......もうちょっと行けば東北だよ
-絶対広告だろう
-このフィルタやばいね
-日本のテレビ局ってもうちょっと画質のいいカメラも買えないの?
-このロジックだと、日本の半分は東京近郊だね
-これが近郊ならアメリカは隣国だと言ってもいいぞ
また、報道では若き富裕層がここを「夢の街だ」とコメントするシーンがあったのですが、これに対しても違和感を感じた人がいます。
-品質と高級感あまり感じられない.....
-阿那亚レストラン少ないですよ。品質を求める人は長く住まないだろう。5日間滞在したら飽きました。それとも彼ら毎日オーナー食堂を利用するんですか、大学の食堂以下だぞ
映像とは温度感が全然異なるコメントがほとんどです。
と、散々なコメントばかりだったのですが、実際はどうなのか調べてみました。たしかに”夢の街”として住むのはどうなのかなとは思いましたが、けっこう見どころもあるし、できた経緯と取り組みは面白いなと感じましたので、ここからはそのあたりの話を書きます。
資料によると、阿那亚の物件は秦皇岛市の昌黎県(日本の「郡」に近い行政区画)の黄金海岸にある不動産プロジェクト。このあたりの物件は売れ行きが良くないから2012年までは開発企業から不良資産として扱われていました。
そんななか2013年、阿那亚のブランドを生み出した創立者の馬寅さんがこのプロジェクトに参加し、文化やヒューマニズム要素を入れて文化観光住宅街プロジェクトを企画しました。
馬寅さんは中国のトップ大学である北京大学卒で、プロデューサーとして数々のドラマや映画製作に携わりました。2015年、彼が阿那亚を題材にして作った動画「中国で最も孤独の図書館」がヒット、再生回数が6億回で阿那亚は一気に知名度を上げました。
↑(写真は明記のもの以外は全て参考資料にあるZhihuの谢谢侬さんが投稿しているもの)
動画の再生回数が6億を超えた「孤独図書館」。海辺に建てられた寂しそうな雰囲気からのネーミングでしょう。不動産の所有者や指定ホテルに泊まる人には無料、それ以外の客はAPPで予約してから有料で見学することが可能です(2階建で内部は写真禁止、口コミによると、席が少なく、入って一回りをして終わるという観光客がほとんど、まさに成り金の書斎みたいなお飾りだとディスってる人も。)。
↑BiliBiliのリンクがあったので貼っておきます。動画もきれいに作られているし、見る限り人が少なくて天気が良いときは本当に素敵な設計ですが、観光客が入るとどうですかね。
厳密にいうと、阿那亚は"住宅コミュニティー"で、演劇祭りや、文学祭り、音楽祭など年間1000以上のイベントがあると言われていて、観光客や入居客を集めています。tiktok、レッド(中国版のインスタ的な)、WeiboなどのSNSでとにかく映える写真や穏やかなバケーション生活に関する情報がたくさんシェアされ、デザインされたライフスタイルに惹かれ、観光に行く人や不動産購入を検討する人が増えてました。
ちなみに、所在地の昌黎県の不動産の平均価格は1平米7000元台(14万円〜)。このプロジェクトの成果もあり、阿那亚は2〜3万元で売っています。ただ、北京などに通勤できる距離ではないので、ここの不動産を購入しても別宅としてバケーションの時に来たり、普段は民宿として現地の不動産業者にお願いして経営してもらったりする人が多いようです。また、比較的緯度が高いからシーズンも4、5ヶ月間くらいで、それ以外の季節は海辺の風当たりが強く(寒い)、観光には向いてないそう。
図書館以外でほかに高く評価されているスポットもいくつかありました。
・阿那亚礼堂
図書館から徒歩5分ほどで阿那亚の代表的な建物=阿那亚礼堂につきます。料金も予約方法も図書館と同じです。
↑Bilibiliにアップされた雰囲気満載の動画からの一枚です。図書館と同じく海沿いの礼堂、口コミによると、”天気のいい日に観光客が少なければ、海と空と礼堂、白と青の間にいると穏やかな気持ちになる” とのこと。
↑イベントとかがなければ、中はいつも教会のような感じです。
↑また、ランウェイがあるから、ファッションショーで使われることもあります。最近話題になったのは、LVの新作発表会とValentinoとのスペシャル企画です。
↑LVは海辺の蜃気楼というコンセプトで礼堂の隣に砂で建物や像を作りました。(その奥はニュースで取り上げられた高級住宅地です)
↑Valentinoとのスペシャル企画では、ショーの開催に合わせて、礼堂自体を真っピンクにしました。10月いっぱいで限定色の礼堂でまたファッション好きや限定好きのみんなが見に来ます。(写真:百度@空間秘探MeTime)
・UCCA現代芸術センター
北京の有名な芸術センターの支店で入場券は60元です。建物自体は砂丘をイメージして設計されたとのこと。
↑中の感じは展示された作品によって変わりますね。
・阿那亚芸術センター
こちらも入場券が60元で建物が特徴的です。
と、観光地としては見どころもけっこうあり、素敵でなかなかの人気なのです。そして面白いことに、観光する人にしてもここに移住する人にしても、実際のところほとんど北京の富裕層(中産階級)に集中しています。その理由は大きく2つあります。
一つ目は、北京に一番近い海辺にあり、より人気のある海南省の三亜に比べ生行きやすいというシンプルな理由。中国の文化観光不動産プロジェクトでは同じ都市からの観光客に集中するというのはあまりないのですが、ここは99%の客が北京人だというほど集中しています。ブランドの創立者である馬さんも「阿那亚の全てのプロジェクトは、北京のお客さんのためです」とコメントするほど。
二つ目は物件を購入する層についての考察。地方から上京して頑張って北京の中産階級になった人たちには、特に阿那亚のターゲット層の80年代生まれたちは、仕事は上昇期で仕事しながらも生活を楽しもうというモチベーションがあり、購買力も消費理念もその親の世代より強い。また彼らは北京という競争の激しい都市で生活し、心の奥底には孤独と焦りがありどこかに逃げようという気持ちもあります(もちろん人それぞれですが)。同じ階級で北京ではない二級、三級都市で生活すれば、そこまで焦りは感じなくより幸福指数が高いという中国の社会観察家の意見もありました。
この二つの理由で、阿那亚は週末に日常のストレスから脱出したい北京在住の人々の最優選択の一つになりました。むしろ彼らしかここを高く評価しないのです。なので、阿那亚の人気はターゲットを絞り込んで成功を目指すマーケティング事例とも言えます。
中国の不動産不況については日本でも報道されている通り。地方で開発されたものが中途半端な形で止まっているケースも多々あるので、阿那亚の取り組みなどが参考に改善されるところが現れることを期待です。
ちなみに、北京からだと天津も近いんですが、北京の7割以上が上京して住んでいる人なのに対して、天津はほとんど地元の人だから帰属感が強く、北京の富裕層ほど焦燥感も持っていないとよく分析されています。
話を戻しますが、個人的には今回の日本メディアの報道は注目した視点は面白かったんですが、取り上げている意見が偏っているなと思いました。近郊ではないが家を買おうという飛び地的な人気存在は、 阿那亚以外もたくさんあります。
例の一つは海南(ハイナン)。海南省はあまりにも東北出身の人が多く、県内でしか利用できない医療保険や、ハルビンの有名病院の海南支院の開設、ローカル住民のニーズを遥か越えた東北人向けすぎる東北料理店などの話もけっこう面白いです。
中国の一番南の省である海南に住む黒竜江省戸籍の人(中国で一番北の省)は30万を超えたから、本来は県ごとに管理されるパスポートや戸籍などのサービスを帰省せずに行うための公安場も設立されました。国だったら完全に大使館感覚ですね。特に三亜は3軒の家の一つは東北人が所有してるほどで、これこそ“東北人の夢の街”なのかもしれない。
これについては面白い話がたくさんあるので、続編をnoteに書きます。ぜひフォローしてお楽しみに!
(参考資料)