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アート思考を巡る豊かな研究蓄積:Arts-Based Initiatives (ABIs)とは何か

「アート思考」という言葉は、日本において2017年ごろから急速に普及してきた。これは、アートの役割や影響力が拡張していくという動きが、新しく革新的なビジネスやサービスをなかなか生み出せていないというビジネス上の問題意識とちょうど上手くマッチした結果生まれてきた動きである。

その一方で、実は2010年ごろから、世界的には様々な形態のアート(美術、音楽、舞踏、デジタルアートなど)をビジネスに取り入れて行こうという動きが、むしろ組織経営の観点から出てきていた。それらは、「Arts-Based Initiatives」(アートに基づく取り組み:ABI)と呼ばれる。

こうしたArts-Based Initiativeのもと、様々な分野で組織経営にアートを活かす取り組みが行われてきており、その動向は今後の日本におけるアート思考の実践においても大いに役立つだろう。

Arts-Based Initiativesとは何か

Arts-Based Initiativesに関する代表的な著作としてはGiovanni Schiumaの『The Value of Arts for Business』を挙げることができる。

この書籍のタイトルは『ビジネスにおけるアートの価値』ということであり、アート思考がアートをビジネスのコンテキストに活かそうとする試みだとすればそのものズバリの内容である。本書は2011年刊行であるため、その構想や内容執筆はさらに数年前に遡ることになるだろう。

本書では、モダンからポストモダンの経営(例えば変化が早く予測不能は環境下での経営)へと転換が求められる中で、特にAesthetics(美的)とEmotion(感情)を重視した組織経営を行う必要が出てきているとし、アートに基づく活動は、こうした環境変化における経営において重要になっていると位置づけている。

ここには、アートを拡張していった先に「ビジネスにも使える」という発想というよりも、むしろビジネス側からの要請としてアートが必要とされているという視点になっている点に特徴がある。

同書においてABIは「一つ以上のアートの形式を活用するあらゆる経営的行動であり、組織内または組織と外部環境の接点において、人々に美的な経験をもたらしたり、アートをビジネス資産として埋め込むためのもの」(筆者訳、p.47)とされている。

また、別の個所では、ABIsとは「アートの形式を計画的に、経営的に活用することであり、組織の価値創造能力に影響を与える社員教育やインフラ開発に焦点を当てつつ、経営上のの課題やビジネスの問題を解決することを目的とするもの」(筆者訳、p.2)とされている。これらの記述には、組織経営からの視点が明確に打ち出されている。

Arts-Based Initiativesの形式

ABIの形式にも様々なものがあり、本書で整理されているため簡単に紹介しておきたい。これらの類型は、アート思考でも今後様々な取組が行われてくると思われるが、それらを整理し、位置づけを明確にするためにも有益だと思われる。

継続期間による整理

一つはどれくらいの期間でアート思考に基づく活動を取り入れるかであり、短い方からインターベンション(介入)、プロジェクト、プログラムと整理されている。

Arts-Based Interventions(数時間から3日程度)
Arts-Based Projects(数日以上、6か月以内程度)
Arts-Based Programmes(6か月以上)

短期的にアートを活用するものはInterventions (介入)、アートが長期的あるいは恒常的に組織運営に埋め込まれているような場合には、Programmes(プログラム)と呼ぶということである。

一報で、実は多くの論文では厳密な期間に関わらず『Artistic Interventions』(アート的な介入)という用語も使われている。これは、組織の通常業務の中、あるいはその合間に、一時的にアート鑑賞、創作体験、音楽の演奏などを取り入れることによって、組織の価値創造への効果を高める取り組みの総称である。こちらも「介入」という言葉が示している通り、通常の活動の中にアートで介入することの効果を測るという点で、ビジネス側に軸足がある。

このArtistic Interventionsをテーマにした書籍も出版されているので紹介しておきたい。

形式による整理

『The Value of Arts for Business』ではどのような形式でアートを用いるかについても、以下のように網羅的に示されている。

1. Training(ワークショップ等の教育的活動)
2. Coaching(アーティストとビジネスパーソンの1対1コーチング)
3. Residency activity (アーティスト・イン・レジデンス等)
4. Team-building (人的関係の開発に着目した活動)
5. Creative investigation (アクションリサーチ等の取り組み)
6. Event (カンファレンス等のイベント)
7. Art collection (企業によるアート作品の購入、美術館等の開設)
8. Sponsorship (アート活動への支援)
9. Arts and architecture (公共空間へのアート展示等)
10. Art and design (商品やワークスペースのデザインに対する取り組み)
11. Corporate social responsibility (CSRとしての取り組み)
12. Embedding the arts into organisational life (上記以外の組織的な側面での活用)

これだけでもかなり幅広い活動が含まれることが分かるが、あえて付け加えれば、マーケティングやブランディングのためにアートを用いる場合がある。この点を考慮して「Marketing & Branding」も加えた方が良いだろう。

その一方で、「7. Art collection」 や「11. CSR」などは、主に企業の外部で行われることが多いアート活動であるとすれば、それらが社員の創造性や、組織の価値創造能力にプラスの影響を与えるための方法は別途検討する必要があるかもしれない。「1. Training」など、他の形態との組み合わせなどの工夫も必要だろう。

多様なアート形式の活用

このように、アート思考に関してはArts-Based InitiativeやArtistic Interventionsという言葉で、以前から研究蓄積があり、日本におけるアート思考の推進においても参考になるところが多い

また、日本ではアート思考というとビジュアルアート、特に現代美術を対象としたものが多く見られるが、Arts-Based Initiativeでは、現代美術だけでなく、音楽や、コンテンポラリーダンス、デジタルアートなど、多様な芸術形式が用いられているのも特徴である。

これは、組織経営の課題をどう解決するかという視点からアートを捉えていることを反映している。組織経営の課題には、プロダクトやサービスのイノベーションのみならず、チームビルディングやコミュニケーション、コンフリクトの解決など、組織経営にまつわる様々な課題がある。Art-Based Initiativesはこれらをアートの力を用いて克服しようとする取り組みであり、そのために使えるアート形式は多様であるということである。

このように、組織経営の視点からみたアート思考は、アートを用いて人や組織の創造性を高め、組織の課題を解決し、具体的な成果につなげていくために不可欠な視点である。Arts-Based Initiativesには具体的な事例や研究の蓄積も豊富にあるため、今後も紹介していきたい。



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東京大学大学院情報学環准教授。既存の枠組みを超えて内部要素を組み替える「デフレーミング」概念をはじめ、ビジネスモデル、イノベーション、産業構造などを研究しています。詳細はhttps://soichirotakagi.wordpress.com/をご覧ください。