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出社重視・原則出社の動きは加速するのか。企業文化の醸成・維持・発展にリモートワークが不向きな理由。

皆さん、こんにちは。今回は「働き方」について書かせていただきます。

先月中旬、「Amazon、社員に週5日出社義務付け 米巨大テックで初」というニュースが飛び込んできました。コロナ禍で在宅勤務をベースとしていた中、緩和とともに「週3日出社」を義務付けていましたが、コロナ前の「週5日出社」に戻すと発表したのは米大手テック企業では初のことです。

記事によると、「企業文化に緩みが出てきた」「オフィスで一緒に働くことの利点は大きい」「社員同士が学び合ったり新たなアイデアを生み出したりするには、在宅勤務ではなく出社が効果的」とあります。アマゾンの週5日出社強制は「企業文化」を強固なものにするためのようです。

各企業で「出社」を求める機運が高まりそうですが、果たして、出社以外の働き方は、企業文化や社員の意識、意思決定スピードなどに緩みが出るものなのでしょうか。
働き方の方針を決めることは今や大きな経営判断の一つとも言える中、米企業の流れを踏まえて、私たちはどのような判断をしていけばいいのでしょうか。具体的に考えていきます。

米企業での働き方が「原則、出社」へと変わりつつある。アマゾン・ドット・コムは16日、2025年1月から週5日出社を義務付けると発表した。日本経済新聞が調べたところ、主要100社のうち58社が週3日以上の出社を求めている。逼迫していた労働需給が緩んで労使の力関係が逆転し、企業側が強気に出られるようになったことが背景だ。

■リモートワークで「得られるもの」と「失われるもの」

米テック企業では、アフターコロナの働き方として、週3日の出社と在宅勤務を組み合わせる“ハイブリット型”の勤務体系が定着しました。ただ、「生産性」や「業績」の観点から、ワーク・ライフ・バランスや社員の満足度を重視した在宅勤務よりも出社の方が望ましいという見方が広がっています。

今回アマゾンが出社ルールの変更に踏み切ったのは、「社員の当事者意識の強さ」「素早い意思決定」など、強みとしてきた企業文化に緩みが出たと判断したためです。

当然経営幹部も、従業員の士気に多大な影響が出ることは想定しているはずで、一定数の従業員から強い反発があることは見越した上での意思決定だと思います。それにもかかわらず企業が出社を求める背景には、総合的に考えると、リモートワークよりも出社スタイルに戻すことで得られるメリットの方が大きいということなのではないでしょうか。リモートワークによって得られるものと失われるものは何なのか、以下の通りまとめました。
 
<リモートワークによって得られるもの>

  • 通勤時間が削減できる(時間と体力の節約が可能)

  • コスト削減ができる(オフィスの維持費、社員の通勤費・出張費などが削減可能)

  • プライベートと仕事のバランスを保ちやすくなる(家族との時間、趣味に費やす時間などの確保が可能)

  • 柔軟な働き方ができる(自宅やカフェなど、働く場所や働く時間を選択して勤務可能)

  • 集中力の維持ができる(オフィスの雑音や他の社員からの声がけなどが減り、集中しやすい環境を確保可能)

  • 従業員の満足度が向上する(社員のエンゲージメント向上、離職率の低下が実現可能)

  • 地理的な制約がない状態で人材の確保ができる(居住地に関係なく、優秀な人材が採用可能)

リモートワークを日常的に導入するか否かといったケースだけでなく、たとえばこちらの記事のように、

育児や介護、配偶者の転勤といった理由がある場合に、遠隔地からの勤務を認める制度を導入する企業が出るなど、社員の生活や直面する課題に寄り添い、「働きたい人が、やむを得ない事情により辞めざるを得ない」といった状況を回避できる制度を設けて利用を促進していくことが、社員の会社に対する満足度やロイヤリティにもつながることは明らかです。
 

<リモートワークによって失われるもの>

  • コミュニケーションの質と量が低下する(チームメンバーとの直接的なコミュニケーション機会が減少し、連携不足が発生)

  • 一体感やチームワークが低下する(偶発的な会話や自然な交流が減少し、コミュニケーション不足によるチーム力の低下が発生)

  • 従業員のモチベーションが低下する(社員同士の連帯感の欠如に伴い、孤独感・孤立感を感じる社員が増加)

  • 管理職の管理の煩雑性が増加する(社員の業務進捗の把握やモニタリングの難易度が上がり、適切な評価やフィードバックの難易度が上昇)

  • 評価への不満が増大する(直接的に上司や同僚と接する機会が減り、自分の仕事ぶりが伝わりにくく、適切に評価されていないという不満が増加)

  • プライベートの時間との切り替えの難易度が上昇する(仕事とプライベートの境界が曖昧になり、働きすぎや、逆に働かなくなる事象が発生)

  • 環境や設備が不十分で効率が低下する(自宅のインターネット環境や作業環境が整っていない場合、作業効率が低下)


前述した通り、リモートワークは企業に多くのメリットをもたらす一方で、企業の文化や価値観の醸成・維持・発展が難しくなります。特に入社間もない新入社員や中途社員は、企業の文化を理解する機会が減ることで、組織の一体感も薄れ、企業の一員であるという意識が持てずに離職につながってしまうことも少なくありません。
 
企業文化そのものが、競合他社と比較しても明らかな“競争力”となっている企業ほど、仮にリモートワークを続けていった場合に(得られるものもあれば)失うものも大きいはずです。

理想の企業文化を醸成するために様々な工夫を施している企業が多いと思いますが、それらは、企業活動を行っていく過程で企業と社員との間で共有している「価値観」や「行動規範」がベースとなっており、これまでの経営方針や実績、あるいは経営者の考え方や会社の伝統と呼ばれるものが、社員同士、顔を会わせて直接コミュニケーションを取ることで、ゆっくりと時間をかけて伝わっていくものです。

極端に言うと、社員それぞれが離れ離れで、お互いにコミュニケーションをそれほど取ることなく、各々が決められた仕事やタスクのみをこなしていくだけのワークスタイルでは、このような価値観や行動規範、会社が大事にしたい考え方、意思決定の軸などが、そう簡単に伝わるはずがありません
(もちろん、物理的な距離や時間、働く場所などの制約がある中でも、うまく会社の価値観や文化を共有し合っている企業もあるかもしれませんが。)

企業としては、選択した働き方によるメリットを最大化し、デメリットを最小化するための“戦略”を立て、実現するために必要な綿密なアクションプランが必要なのです。

■リモートか、ハイブリットか、出社か

リモートワークやハイブリットワークを廃止し、「週5日出社」に回帰する企業はこれから増えていくのでしょうか。

もし元の働き方に戻す場合には、社員に対して十分な説明が必要です。そうでないと「権利を奪われた」「入社した時の条件と違う」などと大きな不満を生み出すだけです。もしかすると、十分な説明をしても納得を得られないこともあるでしょう。経営側が段階を踏んで「出社」ベースの働き方に戻していたとしても、従業員がそう捉えてくれないこともあります。

こちらの記事の、

ある新卒女性は求人票に「髪色自由」と記載されていたのに、入社したら髪を黒く染めないと出社できないと言われた。服装は自由という言葉を信じた別の女性は入社式に出られなかった。「残業はない」と伝えられていた新人の職場では、残業が常態化していた。

という状態と同じように、以前は「リモートワークOK」と言っていたのに「後からリモートワークNGになった」という状態や、「どのような働き方でも出世や評価には影響はない」と言っていたのに「リモートワークメインだと、出社している人と比べてそれだけで評価が低くなる」などという状態になれば、それは嘘があったということになってしまうのです。

「経営者」の立場で考えると、リモートワークによって「協同で何かを生み出すこと」「新しくイノベーティブな発想やアイディアをもって難しい問題を打開していくこと」「偶発的な出会いやコミュニケーションによってインスピレーションを湧かせること」などが失われやすいとなると、当然その反対の働き方(出社)を推奨、あるいは強制していくという判断になることは理解できます。また、リモートワークで一生懸命働いている人もいれば、仕事をサボってしまう人がいることも事実で、社内に怠惰な雰囲気が蔓延してしまうようでは、当然引き締めようとするはずです。

「社員」の立場からも、リモートワークを継続してほしいという声がある一方で、出社する意味やメリットを改めて認識して、「出社した方がいいことは分かっている」という声が強まっているのも事実です。チームのメンバーとすぐに直接話して物事を進められるというのは、業務効率的にもモチベーション的にもメリットが大きく、とはいえ、いざという時のためにせっかく手にした「出社」以外の働き方の選択肢を、今さら「奪われたくない」という気持ちがあることもまた事実なのではないでしょうか。
 
そのように考えていくと、結局はいいとこ取りができる「ハイブリッドワークが無難」となりそうですが、「社員からの反発を抑えるため」という理由だけでなく、「リモートと出社のどちらの良さも生かすため」とか「社員が状況に応じて選べるように働き方の選択肢を増やすため」などと、会社として、個人として、最適な働き方(出社頻度、勤務時間、個別事情に応じた柔軟な勤務制度など)を考えなければならないのです。
 
こちらの記事に

働く時間の自由度も、個人のニーズが高い。パーソル総合研究所が毎年2〜3月に、全国15〜69歳の男女1万人を対象に実施する「働く10,000人の就業・成長定点調査」によると、ほぼ5人に1人が働く時間の「選択の自由」を望んでいる

とある通り、何時から何時までという固定された枠で勤務するよりも、1日の時間を柔軟に活用したいとする声も大きくなっていますが、働く“場所”だけではなく“時間”も、「柔軟な働き方」に入っています。
 
「柔軟さ」を魅力的に感じない人はあまりいません。働き方を「強制」されたり、そもそも選択肢がない状態を好む人はほぼいないと考えて良く、「出社強制」という状態は、「柔軟さ」や「働き方の多様化」からは逆行していると言えます。
 
コロナ前の働き方に戻すことは簡単(社員からの反発を前提として)ではありますが、人材確保(新規人材の採用・既存社員の離脱防止)の観点から見ると、予想以上にマイナスの影響は大きいはずです。

働き方の方針を決める際は、リスクサイドも十分理解しながら、何を最優先で大事にするかという視点も持たなければならないと思います。

■働き方の方針を決める上で大事なこと

こちらの記事には、

KPMGインターナショナルが世界約1300人の企業経営者に実施した調査によると、3年以内に「従業員がオフィス勤務に完全復帰する」と答えた経営者が8割強に達した。

とあります。さらに、

全体の87%の経営者が、頻繁にオフィスに勤務する従業員に対しては「昇格や昇進などで報いる可能性がある」と回答した。

という調査結果が出ており、オフィス回帰の流れに同意している経営者の方が断然多く、世界の企業で「出社」を求める機運が高まっていることが分かります。

一方で、アップル、マイクロソフト、グーグル、メタなどの米テック企業は、週3日程度の出社と在宅勤務を組み合わせる「ハイブリッド」型の勤務体系を継続していますが、こちらの記事には、

米スタンフォード大学や香港中文大学などは、出社とテレワークを組み合わせるハイブリッド勤務を採用した職場では、仕事の生産性を維持したまま離職率を3分の2に減らせることを大規模な実証研究で明らかにした。在宅勤務で生産性が低下するという定説とは異なる結果だった。

と紹介されています。リモートワークの普及に伴って、働き方と「離職率」や「生産性」との関係を調べる研究は数多く存在しますが、調査機関や調査内容、対象企業などによって、結果が異なるというのが実態です。(どちらかというと、フルリモートワークの場合、会社の生産性が下がるという調査結果をよく目にします。)
記事によると、「完全出社」と「ハイブリッド勤務」での仕事の生産性に有意な違いは見られなかったとのこと。

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1、フル「出社」(週5日出社)
2、「ハイブリッド」勤務(週3日出社、週2日リモートなど)
3、フル「リモート」(週5日リモート)
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とした時に、3の場合は生産性が確実に下がるものの、1と2では、大きな生産性の違いはなく、かつ1よりも2の方が離職率が低く抑えられるという結果です。要因としては、

  • ハイブリッド勤務ではグループ活動と個人活動の両方の時間が取れる

  • 通勤時間の削減や身体的疲労の減少につながる

  • 仕事への満足度が向上する

  • 育児などのプライベートの時間が取りやすい

などが挙げられます。特に、

顕著だったのが「非管理職」「女性」「通勤時間が長い人」といった属性だ。非管理職では離職率が8.6%から5.3%に、女性では9.2%から4.2%に、往復の通勤時間が90分以上の人では6.0%から2.9%に減った。

とあるように、「非管理職」「女性」「通勤時間が長い人」の離職率が、ハイブリット勤務にすることで抑えられるとあり、この結果に対して違和感のある人は多くはないと思います。
 
改めて整理すると、「企業が何を求めるか」によって、働き方の方針は大きく異なるはずです。

企業が今大事にしたいこと、最も重視することが「生産性」なのか「離職を抑える」ことなのか、はたまた競合との競争に勝ち「売上を上げる」ことなのか、「社員同士が新たなアイディアを生み出す環境」なのか、「強い企業文化を作る」ことなのか。

いまだに働き方の最適解は見つかっていないことを前提で申し上げると、各々の企業が重視することを決めずに働き方の方針だけを決めることは難しく、かつ他社の方針をただ真似してみても自社にとっては合わないということもよく起こります。当然、世の中的に「週5日出社」の流れが強くなるからといって、その流れに安易に乗るだけでは社員に対して説明がつかないこともあります。

「出社」「ハイブリット」「リモート」または「それ以外」のそれぞれの働き方の意味や意義を明確にしながら、自社にとって何が最適なのかを模索していく必要があることは明白です。

このように整理していくと(あくまで一例です)、たとえば完全フルリモートのメリットは十分理解しつつも、「企業文化の維持・醸成」を図ったり、「従業員の熱量・やる気」を引き出すためには、「フル出社」の方が「ハイブリット」や「フルリモート」よりも適していると言わざるを得ないかもしれません。逆に、リモートワークを求める「社員の働き方に関する満足度」を高めたり、「離職防止」を図ったり、「フルリモート環境を求める優秀な人材の獲得」を実現するには、「完全リモートワーク」の方が良いという判断もあります。

ただし、パフォーマンスが極端に低い社員でも「フルリモートがいいから会社の残り続ける」というようなケースも発生します。単純に「離職率を下げる」ことだけを目的に、働き方を決めない方が良いでしょう。

つまり、各企業において、何を取捨選択するかという判断が必要で、どのような働き方が自社に合っているか、そして何を重視すべきかをしっかりと定義し、総合的・網羅的に考えた上で働き方の方針を策定する必要があるのだと思います。

国内でも複数社が既に、リモートワークから「出社重視」、または「原則出社」への切り替えが進んでいます。この判断が数年後の企業経営にどのような影響を与えることになるのでしょうか。各企業の経営者は重要な判断を迫られています。


#日経COMEMO #NIKKEI


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