中国化するアメリカ?
ハーバード大学のダニ・ロドリック教授は、いまや世界を代表する政治経済学者。その主著、『グローバリゼーション・パラドクス』は日本語にも翻訳されており、広く読まれています。そのロドリック氏の寄稿。なかなか考えさせられます。
「過去のモデルを捨て去ってこそ、未来への新しいビジョンを描くことができる。」
このコラムの最後に、このように書いて締めくくっています。今の世界は、われわれになじみのある政治学や経済学の教科書を読んでも、よく分かりません。新しい次元へと変容しつつあるのかも知れません。
その一つの例としての、アメリカの若者たちの意識の変化。雑誌『フォーブス・ジャパン』の2020年8・9月合併号。ランドール・レーンが書いたコラム、「希望が見えた衝撃の報告書 『グレーター資本主義』とは何か」のなかで、次のように書かれています。
「わずか数週間。この世界は、第二次世界大戦以来の未曾有のスピードで変貌を遂げた。私たちの働き方や学び方、ビジネスの仕方は、劇的かつ恒久的な転換点を迎えたのだ。そして最大の変化は、私たちの経済システムそのものに起きている。」
それでは、その変化の本質とは何か。フォーブス誌が、30歳未満の米国人1000人を対象に行った、資本主義と社会主義のどちらを支持するかという調査によれば、2月末に行ったときには資本主義を選んだのが50%で社会主義は43%だったのが、10週間後にはなんと、47%が社会主義を、そして46%が資本主義を選びました。はじめて、アメリカの若者は、資本主義よりも社会主義をより好ましい経済システムと考えるようになったのですね。
1980年代以降、アメリカでは「小さな政府」が志向されて、政府の役割を縮小し、減税を行って、個人の活動を重視する新自由主義の思想がまん延しました。冷戦終結という新しい国際政治状況と、グローバル化の進展によって、世界中に拡散していきました。日本においても同様に、個人責任や自助努力という理念の下で、社会的格差を縮小するための政府のさまざまな政策が消えていきます。それはまた、高度経済成長を終えて経済が停滞し、さらにはグローバルな競争時代が到来したことによって、かなりの程度やむを得なかったことでした。ある国家が、増税により大企業や富裕層から税金を搾り取れば、それらの大企業や富裕層が国外に脱出することによって、税収が増えることなく、産業が空洞化して雇用が失われかねないからです。
だが、経済的および社会的な格差が広がる中で、人びとは政治への不信感を募らせていき、現状の革命的な変化を求めるようになりました。その情熱の一部は、トランプ大統領誕生へと向かっていったのでしょう。
2008年のリーマン・ショック後の企業を救済するための緊急支援策としての政府の大規模な財政支出、さらには2020年の新型コロナウイルスによる経済への打撃を緩和するためのさらに大きな政府の財政出動。バイデン政権は、さらに、200兆円規模の大型の経済対策と雇用計画を発表しました。世界全体が、「大きな政府」へ向かった突進しています。日経新聞に掲載されるこのロドリック教授のコラムは、そのことの意味を深く考えるための思考を提供しています。
すなわち、1980年代以降、40年ほどの変化の中で、中国はよりいっそうアメリカ化して、資本主義を採り入れて、イノベーションやデジタル化が進んだのに対して、アメリカはよりいっそう中国化して、計画主義的な経済政策や大規模な財政出動を行うようになった。その変化の意味を、われわれはどのように捉えるべきでしょうか?
現在の日本において、1980年代以降に見られた新自由主義に回帰することも、あるいは原理主義的な社会主義的な国家を志向することも、おそらくは適切な回答にはならないでしょう。ロドリックが述べるように、「過去のモデルを捨て去ってこそ、未来への新しいビジョンを描くことができる」からです。だとすれば、われわれには、新しい状況に応じた、新しい思考、そして新しいモデル、すなわち市場と国家の関係をどのように組み合わせて、どのように官民パートナーシップを実現するかを、より深く考えていくことが求められているのでしょう。