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ファミリーキャリア起点の組織開発

KIT虎ノ門大学院のゼミでは、それぞれの社会人学生が自分自身の問題意識から研究テーマを選びます。その一人の修了生の研究テーマが、「自分らしい働き方」だったのですが、大企業に勤めながら2人の子育てをする社会人学生の彼女は、何度も「マミートラック」という言葉を使っていました。男性性を中心とするその伝統企業では、良かれと思って女性の成長機会を奪っているようでした。日本企業でのジェンダー平等の実現には、制度だけではなく、組織風土が変わる必要があります。今回の記事では、「ファミリーキャリア」という言葉を手がかりに、ジェンダー平等をあらためて考えてみたいと思います。


ファミリーキャリアという考え方

まず、次の記事を紹介したいと思います。たいへん面白い記事です。まずこの記事では、キャリアを自分一人のものではなく、家族で高めていくものとみなす「ファミリーキャリア」の概念を教えてくれます。そして、米ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されたファミリーキャリアの論文では、夫婦のキャリア形態として片働きの「シングル・キャリア」、2人とも仕事に全力投球する「並行型キャリア」のほか、キャリアの優先順位を時期によって変える「交替型キャリア」というモデルも示されているといいます。

日本企業の現状は、シングルキャリアの時代から並行型キャリアの時代に移行しつつある、というところでしょうか。ただ残念なのは、この記事内で紹介されている日本国内での調査では、子どもが誕生する前は「並行型」を理想としている人が60%と最多なのですが、誕生後の実際の働き方として「並行型」を理想とする人は16%に減ってしまうとのことで、いまの日本企業での共働きの子育ての困難さを反映しているようです。

そしてこの記事でさらに興味深く、一縷の希望でもあるのが、「キャリアについて配偶者とよく話し合ってきた」女性の約4割が「部下のいる管理職になりたい」と回答したということです。「話し合ったことがない」女性については1割弱にとどまったというから、大きな違いです。

ファミリーキャリアを意識した対話を夫婦で持つこと自体に、女性の働き方に対する前向きさを引き出す効果がこれほどあることに驚かされます。

誤ったジェンダー平等に向かってはいけない

ハーバード大学ライシャワー日本研究所教授 メアリー・ブリントン氏は、日本のジェンダー平等に関する現状について、「女性にだけ仕事と家庭を両立させる方法を学ばせ、職場でも男性に近づけようとするのは誤ったジェンダー平等だ。母親の就労率は現在、米国よりも日本の方が高い。だが、女性たちは家庭と仕事の両立に疲れ果て、子供を産み育てる余裕を失っている」と指摘しています。さらに教授は、日本の若い男性が育児休暇をとりたいと思っていても、それを受け入れようとしない古い組織風土が、もう一つの問題であるともいいます。

ちょうど一昨日の社説でも、「2024年を少子化対策に正面から向き合う『元年』とできるか」という書き出しから、社会全体で少子化対策に本気で取り組むことを求める提言が示されていました。具体策では、「職場全体の長時間労働の是正」などが謳われています。

ファミリーキャリアをベースに組織をつくる

誤ったジェンダー平等を防ぐには、「家族のなかにファミリーキャリアという考えを導入していく」こと、そして「企業のなかに社員のファミリーキャリアを尊重する風土を広げる」こと、この両面がとても大事になると思います。企業全体でこれらに取り組むことは、少子化対策という政府の重要課題に合っているというだけではなく、社員とその家族の長期的幸福につながると思います。

このようなアプローチを「ファミリーキャリア起点の組織開発」と呼びましょう。これまでの組織開発は「企業のパーパスを社員全体に広げること」を目的にしてきましたが、その発想を180°ひっくりかえした、新しい組織開発のアイデアになるかもしれません。社員個人の家族の事情を積み上げていくことで、真にピープルカンパニー(人を大事にする会社)をつくっていこうということになります。

もしこれを読んでくださっているあなたが、会社の人事や経営に関わる役職についているとしたら、社員に家でファミリーキャリアを話してくるよう勧めてください。そのときに、「話し合う」のではなく、自分の意見や価値観は脇に置いて、とにかくパートナーの話を最後まで「聴ききる」ことをめざすよう、助言してあげてください。ファミリーキャリアのコンフリクトで喧嘩になってしまっては、元も子もありません。解決策を見つけるための話し合いではなく、相手のキャリアの希望を理解し、共感することから始めることが大事です。ファミリーキャリアについて家族と話してきたら、それを社内でじっくりと共有する会を持つのが、さらに効果的でしょう。

このような身近な人への傾聴と、その対話の共有を繰り返すプロセスは、スローリーダーシップの育成の授業と近しいものがあります。ファミリーキャリア対話は、家族の中でのリーダーシップ、そして会社内でのリーダーシップの両面を育むことになるので、そこから本質的な価値創造を行う人が出てくる可能性も高めてくれることでしょう。

つまり、ファミリーキャリアという視点は、少子化対策やジェンダー平等という入り口ではあるものの、社員の幸福感や、組織的なイノベーションへとつながっていく組織開発になり得るということを提案したいと思います。

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