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感染症情報を的確に解釈する~今季のインフルエンザ流行にあたって~

 昨年から様々な感染症の流行が繰り返し発生し、都度「これまでにない流行」というフレーズが頻用されてきました。一昨年末の溶連菌感染症、それに引き続く劇症型溶連菌感染症(人食いバクテリア)、手足口病マイコプラズマ感染症伝染性紅斑(リンゴ病)、そして11月末頃から一気に増加したインフルエンザと、メディア用語で言うならば「感染症ドミノ」とも言うべき立て続けに感染症の流行が続いている状況であることは事実です。ただ入ってくる目立った情報の多くは「大流行」「トリプル感染」「重症化」「医療逼迫」「薬剤不足」など国民の不安を高めるような見出しの連続です。これらを否定するわけではなく、伝える側には「強烈なインパクトを与えることにより注意喚起を促す」あるいは「多くの国民に対して関心をもっていただく」という意図があることは十分理解できます。ただ受け取る側としてはすべてを信じてすべてを受け入れるのではなく、あくまで各地域の流行状況を理解したうえで自身で取捨選択を行い冷静に行動することも重要なことです。

東京都感染症情報センターインフルエンザ流行状況(2020~2024)https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/flu/flu/

 流行中のインフルエンザの現状です。赤線が今季の報告数を示していますが、48週(12月上旬)あたりから急激な増加傾向であることは昨年と比べても一目瞭然で、その中心はAH1型ウイルス(2009年の新型インフルエンザウイルス)です。これは例年1月になってから流行のピークを迎えるトレンドが年内から起こっていることを示すもので、COVID発生前2018年の流行曲線(下グラフ・青線)では1月に入ってから現在と同等の患者発生があり、ピークアウトしています。今季が現在急激に下がっているのは例年と同様に年末年始の報告数減少が反映されていると思われますので、これからの流行状況を見極めるためには年が明けて日常生活に戻った環境になってから1-2週間程度たった段階(1月20日からの週あたり)での波の傾斜具合がポイントとなります。
 ちなみに私は年末年始は他複数の小児科施設(千葉県・埼玉県・宮城県)での診療を行っており、1日平均で小児のみ100~150人程度の診療を1人で行っていましたが、ほとんどが発熱患者であり半数程度が迅速検査でインフルエンザ陽性であったように記憶しています。ただ年明けになってからは若干発熱者が減り、インフルエンザ検査でも陽性者が若干少なくなったような印象でした。肌感ですが今月中旬以降にAH1の流行はピークアウトするのではないかと推測しています。記事のコメントにあるように「帰省や旅行で人の往来が増える年末に重なった」のは12月上旬からみられた急激な増加の後の話であり直接的な原因ではないと推測されます。何でもかんでも人の移動につなげてしまうのは恒例行事にブレーキをかけてしまいかねない事態が生じることもあり言葉を選ぶ必要性があるかとも考えます。

東京都感染症情報センターインフルエンザ流行状況(2018年/2024年)https://survey.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/epidinfo/weeklychart.do

 もう一点、ウイルス型の観点からみると、昨シーズンの流行でも比較的早期から流行の兆しはありましたが立ち上がりは緩やかでAH3がやや多く、年が明けてからB型が優位になっていましたdata2j.pdf。それ以前の2022-2023年および2021-2022年のトレンドでは数は少ないですがほとんどがAH3型でAH1型はほとんどみられていません。すなわち4年近くAH1の流行がみられなかった訳であり、本来この時期に罹患するはずの多くの方々はAH1に対する一定の免疫力が低下していることが推測されます。したがってコメントにある「インフルエンザに対する集団免疫が獲得できていない」というのは確かではありますがもう少しわかりやすく解釈すると、「現在流行の中心であるAH1型の流行が最近数年間でみられていなかったので多くの方々の抵抗力が低下していると考えられるAH1型の大流行につながった」ということになります。一部の報道で「大人が家庭に持ち込んで子どもにうつしている」という見解がありましたが確かにその傾向はある印象で、この背景としてこちらも私見ですが、昨年に比べて「体調が悪くても発熱があってもマスクもせずに平気で出勤している、しかも会食などに参加している」大人が増えたように感じる一方で子どもたちは「体調不良があればしっかりと学校を休んでいる」ことも影響しているのではないでしょうか。
 ちなみにインフルエンザは終生免疫ではないので毎年罹患はしますが、罹患後に免疫が全くなくなるわけではなく、ある程度の免疫記憶は残り、またワクチン接種によってある程度は発症を回避する(ウイルスが体に入っても明確な症状が出現せずに回復する等)ことも可能となります。医学的には懐疑的な表現ですが「発熱のない(無症状?の)インフルエンザ」というのはこれに該当するのかもしれません。症状が乏しければウイルス量も少ないと考えられ他の人への感染力も低いと推測されます。したがって発熱がないのに検査をすることは意義が低いだけではなく、貴重な医療資源の消費をむやみに増やすことであると理解していただきたいと思います。以上が最近のインフルエンザに関連する私見です。
 一方でCOVIDに関してですが、当方ではほぼすべての発熱患者さんに対して同時検出検査を行っており、年末になって散見されるようになっているものの目立って増加してるというような印象は感じていません。またマイコプラズマ感染症に関しても、多くは検査を実施していないので不明確ですが以下流行曲線(報告はマイコプラズマ肺炎のみ)を見る限りはピークアウトしているようです。

東京都感染症情報センターCOVID-19流行状況https://survey.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/epidinfo/weeklychart.do
東京都感染症情報センターマイコプラズマ肺炎流行状況https://survey.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/epidinfo/weeklychart.do

 以上を踏まえて私見ではありますがこれからの予想です。
・インフルエンザの流行はまだ続くと考えられますが大きな波はそろそろピークアウトするのではないかと推測します。但しB型ウイルスの流行状況によっては今後2つ目の波がくる可能性はあります。
・これ以上流行を加速させないようにブレーキをかけるべく、今からでもB型に備えワクチン接種を行う体調の悪い方は出勤・登校しないなど基本的な対策を心がけることをお願いしたいと思います。COVIDとは異なり通常は発熱などの症状出現後から他の人にうつしますのでこの点だけでも守ることで拡がりを抑制できます。
・COVIDに関してはこれまでのような大きな波にはならないのではないかと推測します。背景として多くの方々が一定の免疫を獲得しており、昨年の流行曲線との比較および短期間に何度も再感染する可能性が高くないことなどを理由と考えます。

 COVIDの流行を経験し私たちはあらゆる感染症に対して敏感になっていることは事実と思います。感染症は「正しい知識と適切な対策」によって拡大を抑制することが可能となります。過剰な情報に惑わされることなく「正しい情報を取捨選択して自身で理解する」、単に対策を強化するのではなく「どうしたらうつるのか」「どうしたらうつらないのか」を考えた上で日常生活を送ることで有事でありながらも何ら変わらない日常生活を送ることができるのです。識者の一人としてそのお手伝いができれば幸いです。

#日経COMEMO #NIKKEI


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