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優秀なキャッチャーが越境ワーカーをエースにする!~「受け手」を育てて越境人材が輝ける組織へ~

 Potage代表取締役 コミュニティ・アクセラレーターの河原あずさです。かつては駐在員としてサンフランシスコに派遣され、今広がりつつある「越境ワーキング」を先駆けて行っていました。

 本日はこちらのCOMEMO編集部からのお題へのアンサー記事です。リモートワークが盛んになるにつれ、海外や地域外からリモートアクセスする「越境ワーカー」の数は増加傾向です。もともと本社で働いていた方が、帰省したり移住したり多拠点生活になったりで、越境ワーカーに移行するケースも増えています。

 こちらの記事にも記載されているように「越境ワーカー」には「ジョブ型」の働き方が必要です。時間や場所に縛りがない分、会社とコミットした成果をしっかりと残していくこと、そして自立した働き方が求められます。ゆえに、リモートから組織にコミットしていく勤務体系を望む方は、自分の仕事に自信を持ち、束縛を受けたくないとも感じている「エース」クラスの人材や、スペシャリストが多いです。ストレートな言い方をすると「優秀な人」「できる人」がほとんどです。

 一方で、そんな優秀な人材を活かせない組織というのも世の中にはたくさん存在するように見えます。なぜ優秀な人材なのに、活かしきれないのでしょうか。

 色々考えているうちに、そのヒントは、自身が駐在員としてアメリカのサンフランシスコに派遣されていた頃のエピソードに隠れているように思えてきました。その時の経験から、私は、越境ワーカーが活躍できるかどうかのカギを握るのは、本社側で彼ら彼女らの受け皿になる「キャッチャー」であると考えています。

 以下、駐在員時代のエピソードと共に「なぜキャッチャーが必要か」について読み解いていきます。何か気づきがあれば嬉しいです。

越境ワーカーに横たわる「ピッチャー&キャッチャー問題」

 私がニフティ初の新規事業担当の駐在員としてサンフランシスコに派遣されたのは2013年の夏のこと。「会社の新規事業に役立つ種を持ち帰ってこい」というのが唯一のオーダーで、具体的なミッション設定はなし。手探りでアメリカでの「越境ワーキング」はスタートしました。

 最初は日本からきた長期出張者に伴走しながら、ネットワーキングに励みました。コミュニティを盛り上げるイベントをやりはじめたのをきっかけに、人とのつながりと、入ってくる情報量が増えるにつれ「日本の本社にこれらの情報を届ければ、会社も変わっていくかもしれない」と感じ、日本にの派遣元部門にどんどん情報を投げ込みました。

 しかし、「こういう事例がある」「こうしたほうがいい」という投げ込みへの反応は芳しくありませんでした。リモート会議で話しても感触が薄く「やっぱり対面じゃないと伝わらない!」と思っていたものです。(リモートワーク全盛の今から思うと、まったくの思い違いですよね。)

 さてそのような状況について、愚痴のような話をある現地の投資家の方にしたときのことです。彼は笑いながら教えてくれました。それは自分も体験した「ピッチャー&キャッチャー問題」だと。

 彼は日本では誰でも知っているSNSサービスの日本事業立ち上げを実現した立役者で、ある事業会社に在籍したころは、数々の提携案件をシリコンバレーから日本に投げ、そして事業として形にしていくエース社員でした。誰もが認めるエース人材です。

 しかしそんなエースにも転機が訪れたと言います。「自分が名ピッチャーだというのは思い違いだった。すごかったのは自分ではなかった」ということが分かったというのです。

名キャッチャーが越境ワーカーをエースにする

 転機は、シリコンバレーから東京に投げたボールを受け取る「キャッチャー」役の社員の退職だったと彼は説明してくれました。彼が退職し、東京の受け皿になる担当者が変わった瞬間に、まったく案件が決まらなくなったと。そこで彼は気づいたのです。「すごかったのは、ピッチャーである自分ではなかった。どんなボールもキャッチしてくれたキャッチャーだった」と。

 この事例が教えてくれるのは、越境ワーカーが、本社や派遣元部署と上手に案件を進めていくには、対面となる人材に、受け手としての資質がある人間を立てることが不可欠だという事実です。

 実際、思い返してみると、私自身が日本に投げる案件がかたちにまったくならなかったのは、2つの要因がありました。

 1つは、自身の投げるボールが、本社のストライクゾーンにまったく入っていなかったことです。どんなボールを求めているのか、それを理解せず、気になった情報や案件を手あたり次第に日本に投げつける状況でした。そんなボールを日本サイドが見送るのも無理がありません。

 そして2つ目の要因が「本社にいるキャッチャーが不在だったこと」でした。当時の体制をみると、当初、派遣元の経営企画部門は、私の派遣を「研修」という扱いにしていて、事業開発は管轄外とみなしていました。平たくいえば「事故なく(当時1年だった)任期を終えて帰ってくればいい」というのが、派遣元部署のモチベーションだったのです。

 そうなると投げるボールを受け取る気持ちも薄いですし、ましてどんなボールが欲しいのかサインを出すこともありません。

 状況が変化したのは、任期を延長した2年目でした。小さいながらも、日本から派遣された出張者と事業連携案件をかたちにしたり、その後ジョイントベンチャーへと発展する案件の投げ込みに成功したのを契機に「日本側できちんとボールを受け取る体制をつくろう」という流れになりました。

 新規事業をつくるための部署が立ち上がり、駐在員派遣は「研修」扱いから「事業開発」目的へとミッションを移行しました。コミュニケーションはより密になり、そこで深くコミュニケーションをとっていた事業開発に長けたメンバーの2人目の駐在員としての派遣が決まると、「サンフランシスコから投げ、日本で受け取る」案件の数が増えていきました。

エースには「制球力」「持久力」「スピード」が必要だ

 もう1人の駐在員として派遣された彼は、ニフティの生え抜き社員で、全事業部の事業部長と仕事をしたことがあるという強みを持っており、各事業部のキーパーソンを把握しているのが強みでした。

 彼は、案件ごとに的確なキャッチャーを見つけて、絶妙なタイミングと制球で日本に投げ込んでいきました。その「本職の事業開発ピッチャー」の様子をみて、先発ピッチャーとして「とりあえず日本に(暴投しながらも)球を投げ続けて変化を促す」役割だった自分の役目は終わったのだなと感じたものです。(そこから自身の事業開発のタスクを減らし「コミュニティづくり」というミッションに自分を全振りしていったわけですが、それはまた別のお話ということで)

 自身も駐在員として働いていたり、2人目の駐在員の彼の仕事っぷりをみていて感じたのは、越境ワーカーに求められる資質は、本当に野球のピッチャーと近しいということです。

 ピッチャーになぞらえると、求められる資質は3つあります。

①制球力

 キャッチャーがミットを構えているところ(本社の要望)に対して球種を変えながら的確にボール(案件)を投げ込んでいくコントロールのことです。
 もちろんキャッチャーとピッチャーの連携や、信頼関係も必要です。ピッチャーは別のポイントにミットを構えてほしいと思うこともあるかもしれませんが、本社にいる人間にしか見えない温度感や状況も確実にあります。時々首を振ることはあれど、キャッチャーの出すサインには理由があると信じ、絶妙のゾーンにピンポイントで投げられる制球力が必要なのです。
②持久力

 ここで言う名ピッチャーの条件のひとつが「とにかく球数を投げれる」ことです。ストライクに決まるまで投げ続けられる、つまり形になる案件ができるまでひたすらボールを投げ続けられるピッチャーが、結局は案件をモノにできるわけです。
 逆境の状況で、時に孤立している状況でも、めげずにマウンドに立ち続けなくてはいけません。もちろん、9回投げ切る力(案件が形になるまでコミットし続けられる力)も大事です。
③スピード

 この案件!とピンとくるものを捕まえたら、瞬時に的確な受け手を選んでそこに速球を投げ込む力も必要です。判断のスピードもそうですし、ボールのスピードもそうです。新規事業創出は情報戦ですし、タイミングがモノを言います。もたもたしているうちにタイミングを逃してしまうことは本当によくあります。迷っている暇はないのです。
 キャッチャーが求めているスピードでボールの緩急をつけていくことで、上手に本社を巻き込む力もまた必要です。速球と遅球を上手に使い分け、時に変化球も投げながら、数多くの利害関係者が情報を受け取れるように丁寧に説得していくことも大事です。

ピッチャー&キャッチャーのコミュニケーションを!

 ここまではピッチャーの資質に焦点をしぼって書いてきましたが、それぞれの力を受け止められるキャッチャーの資質はますます大事です。

 名捕手として知られた元ヤクルトスワローズの古田敦也さんは、多少ストライクゾーンからずれてミットに入ったボールを、審判からみてストライクゾーンに入ったように見せる「フレーミング」の天才だったそうです。

 同様に、多少「ズレた!」と感じたボールもしっかり受け取り、本社に対して「これはストライクゾーンに入る案件なのだ」と堂々と説得していく力があるキャッチャーは、案件を次々と形にできます。

 ピッチャー同様に、試合終了までしっかりとボールを受け取り続ける持久力ももちろん必要ですし、的確なスピードの球種を支持しながら投げてもらう判断力とコミュニケーション力も必要です。

 ピッチャーとキャッチャー、それぞれが対等に張り合える力がないと、コミュニケーションがうまく成り立ちません。

 例えばキャッチャーには、時にピッチャーを諫める必要がある場面も出てきます。越境ワーカーは、どうしても本社の温度感を感じきれずに、自分の理想を強く持つ傾向があります(サンフランシスコ・シリコンバレーというITの最先端地にいるとなおのことそうでした)。

 エースの資質がある人ほど「本社はこうすべきだ」という上から目線で、本社がキャッチできないような剛速球を投げてくるケースも存在します。その際は、「いきなりそのボールを投げられては本社は反応できない」ということをピッチャーにはっきり伝え、今必要なボールについて話し合う必要があります。しっかりとピッチャーの信頼を得た上でそれができないと、サインを送っても送ってもピッチャーから無視され続け、本社が求める球がくることもなくなり、結局エースは生まれないのです。

 今回の話では「新規事業系駐在員」を例に出しましたが、リモートワーカーや外国人ワーカーの受け入れに関しても同様です。距離の制約を超えアクセスしてくる人材は、基本的に優秀な「エース候補」です。しかし、本社の求めるサインを見逃したり、理解できないようなボールを投げ込んでくるようなシーンは、優秀な投げ手であればあるほど起こりえるのです。

 大事なのは、しっかりと受け手となる「キャッチャー」を立てて、本社の文化を伝えたり、本社が求めていることを明確にしたり、ズレがあったときに的確に補正していくことです。そうしないと、お互いの「こうあるべき」が衝突してしまい、結局鳴り物入りで入ったエース候補人材も、大事な試合で登板できないまま、チームを去っていくことにもなりうるのです。

 どうしても「越境ワーカー」について語るときは、越境ワーカー自身の話に終始しやすいですが、私が考えるに、むしろ大事なのは「受け手」の存在です。複業人材やスペシャリストを雇用していくことは、今後の環境変化の中で強い組織をつくるためにとても大事ですが、キャッチャー不在の状態では、彼ら彼女らは輝けません。絶対に。

 「キャッチャーは女房役」という言葉も野球の世界にはあります。越境ワーカーを雇う際は、パートナーとして、まるで夫婦のように信頼できる関係を築ける人材を一緒に育てていきましょう。そうすれば、越境ワーカーはエースとして、数々の金字塔を打ち立ててくれるかもしれません。野球の世界をみても、名投手の影には、必ず名捕手が存在するわけですから。

#日経COMEMO #越境ワーキングが救う人材

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