PAYPAYはシーズン2からが面白い: 「格安エコノミー」の終わりが意味する「ブリッツスケーリング」の終わり(後編)
最近読んだ本で心に引っかかったビジネス本がある。
日経BP社から出版された、リード・ホフマン、クリス・イェ著『BLITZSCALING(ブリッツスケーリング)』 という本である。
前回は、書籍の中にも紹介されていた「Airbnbはブリッツスケーリングで世界の旅行業界の雄となった」というエピソードを起点にしつつ、実は、最近このブリッツスケーリングの手法で突き進んできたスタートアップが死屍累々となっているということをレポートしたニューヨークタイムスに掲載された『ウーバー、エアビーも値上げ。「格安エコノミー」の終わり』をご紹介した。
後編では、ブリッツスケーリングに「合う」「合わない」のものさしはどこにあるのか、そしてそれをちゃんと考える(社会的な側面から)必要があるとなぜ考えているのかについてお話したいと思う。
ブリッツスケーリングに「合う」「合わない」を考える
前編では、この様に
テックスタートアップのトレンドやノウハウを元にハリウッドをディストラプトというシリコンバレー側のドリームが籠もったチャレンジだったが、失敗は必然であると指摘した。それは、シリコンバレーが全ての先端であり、そのナレッジを持ち込めば、レガシーな業界はディストラプト可能という思考停止がそこにあるが、得てしてそれは、無知が故に、そもそも「サービスが狙うべきターゲットがこの世にほとんど存在しない」という謎の闘いに挑み敗退していくことに繋がりかねないのではというふうに感じたというのが要約である。
君は何様?と言われそうな辛辣な書き方になってしまったが、すくなくとも少しでもまずは劇場ビジネスを真摯にリサーチしてからビジネス検討をすればこんなサービス自体が立ち上がるはずないという代物であったことは明らかだからである。
今考えると、ここで僕が言いたかったことって「映画館ビジネスにシリコンバレー的戦略”ブリッツスケーリング”は全然マッチしないはずなのにアクセルベタ踏みなのは間違っている」という事だったのかもしれない。
ニューヨークタイムスの記事の筆者の見るところ、
ムービーパスのような企業は、規模が非常に大きくなれば、ある時点で利益が上がり始めるという仮定のビジネスモデルによって、万有引力の法則に逆らおうとしていた
と、記事にも言及が有ったが、まさに”ブリッツスケーリング”という大量のお金を燃やし続ける戦法のゴールとしては、
①一定の規模まで一気にスケールすることで黒転が始まる
②黒転しなくても(=会社としては赤字つづきでも)、IPOまで持ちこたえる事が出来、投資家・VCや創業者などの株を持っていた人たち個々で見れば(持ち株をキャッシュに換金できるようになるので)多大な見返り・利益獲得が確定
のどちらか、もしくはどちらもであろう。ただ原則①はAMAZONの様に全てが自明且つマーケットシェアが最重要な市場である以外は、SaaSを含むインフラ的なビジネスか、広告モデルのビジネスなどに、実は限られているのではないかと思う。
ただ、そのような市場の勝負が決まってしまった後、まだデジタルが食べ残している市場にこのモデルを持ち込んだが、その市場の大半が「ユーザー課金型」のビジネスであり、急激な成長を実現する出費を織り込んでの①つまりユニットエコノミクスを成立させるところまでいけなかったが、でも創業者やVCからだけ見れば②という別のゴールがあるということで②でゴールを決めることができたトレンドがここ数年だった気がする。その現象を「上場ゴール」というのではないかとも思う。①が実現していない以上、上場したところで意味あるビジネスに変わるわけではないだろう。公開価格から対して株価も伸びず事業も赤字つづき、だけれどもVC・投資家や創業者は見返りを獲得できて成功者として讃えられる。そこに僕としては社会的な意味を見いだせないでいる。
そして、今この「上場ゴール」出来る市場すら食い尽くされた後に残っていた市場にブリッツスケーリングでチャレンジしたスタートアップが②にたどり着く前に資金が尽きて死屍累々という結果が出始めているのではと感じる。
デジタルの世界に閉じて、もしくはデジタル側のアクションである程度規模拡大局面をコントロールできる市場でビジネス出来た領域が飽和し、リテールなどのリアルの世界(しかも映画館の様に受給の制約がフィジカルな要因で予めある程度決まっていて、デジタルのみのビジネスの様に際限なしではない領域)がビジネスのメインとなるようなレガシー領域が市場になった結果、急に①が確立する確率が下がり、確立どころか物凄い赤字の積み上がりになり②にも到達できないということなのか。
この整理が合ってるのかはわからないが、もし大きくハズレていないとすると、Airbnbはその哲学的なところはクラウドファンディングなどのニューエコノミーであるのと同時に、ユーザー課金型のクラウドファンディングよりも、インフラに近く(むしろインフラになるべく成長させ)、だからこそブリッツスケーリングが適用できたのかもしれない。そう考えれば、Airbnb(旅行という巨大な既存市場×自宅の部屋貸しという物理的制約が働かないモデル)とクラウドファンディング(「新しい活動を起こす人達を応援する」という新市場であり、新しいお金の流れを生み出し社会が豊かになるという、文化的浸透が必須となる制約の多い挑戦)では対面している市場の特性が違うから自ずと市場に適したスケールの仕方も違ってくるということであるので、Airbnbがブリッツスケーリングでスケールしたからといって、クラウドファンディングにもブリッツスケーリングが必要であるとはならないかもという仮説を持てるかもしれない。(良かった・・・。)
クラウドファンディングにおいては、もちろん金融のインフラという方向に変えていくことでIPOに適した形にする、もしくはECに実態を変えていくことでIPOに適した形にするということはあると思う。ただし、それはクラウドファンディングのパーパスではないということは言っておきたい。(詳しくは前編を是非ご参照下さい)
米KICKSTARTERがIPOを拒絶しB corpになったという判断からも、市場に開いて上場ゴールになるよりも、社会に開いて(資本の論理から自由なままで)社会の為の判断を行い続けることで、ソーシャルインパクトを創出しつづけるという、未来的な選択が適した市場だと改めて感じた。
「合わない」のに適用すると、資金だけでなく市場を焼き尽くす
本稿の起点にもどると、「心に引っかかったビジネス本」冒頭に書かせて頂いたが、僕がブリッツスケーリングという手法に本能的に共感できなかったのは「全然マッチしないはずなのにアクセルベタ踏みなのは間違っている」と感じる事例が増えたことだったのだと本稿を書きながら実感したが、それだけでなく、ブリッツスケーリングは資金だけでなく市場をも焼き尽くす可能性があるからだ。
「規模が正義」という、なにかこれまでの大量生産大量消費社会のルールや概念をそのまま残している考え方であるから、それこそこれからもっと経済や社会がそのような大量生産大量消費モデルから脱し、エシカルでサスティナブルなモデルに転換していかなくては行けないという今、単に「考え方が古い」という思いがあるのだが、ゆっくり植林しつつ、次の10年の生態系も考慮したうえで伐採している山に、いきなり全ての木々を伐採して大儲けする事業者が入ってくるようなもので、それは2〜3年だけみればその事業者は大儲かりするわけで称賛されるだろうし、注目はあつまるだろうけど、それでは10年後はどうなんだろうか。これまでもこのような現象がおこり、本当は10年後の豊かさを紡ごうとしていた事業者が、全ての木々を伐採して大儲けする事業者のプレイによって駆逐されてしまい、称賛と注目を浴びた短期的に大儲けした事業者は無責任にも数年後にはリビングデッドになり、市場自体が没落するみたいなことが起こってきた。特にクリエイティブ関連市場に多いとめちゃくちゃ思っている。
神の視点でみれば、適者生存ということで、ブリッツスケーリングが適さない市場にブリッツスケーリングを用いて取り組んだ企業とスモールビジネスの戦略で取り組んだ企業の両方ともが最終的に生存しなくても問題ないと言えるかもしれない。ただ僕が問題だと考えているのは、その領域のことを考え抜いた結果、公共的ベネフィットの為に「スモールビジネス」の戦略を選択しその領域の進化に取り組んだ企業が、その市場や文化のことを深く考えていないからこそブリッツスケーリングを選択した企業に駆逐され、結果全てが焼け野原になってしまう事だ。もし「スモールビジネス」が伸びていれば本質的にその領域の進化につながったかもしれないのにも関わらず。
特に文化や表現領域やソーシャルグッド領域の様に、稼がなくては続けられないから稼ぐことも重要だけどもそもそもビジネスの為だけにやっているわけではない、というような、ものさしが2つある活動においては、この類の話がずっと繰り返されてきた。
例えば、映画館のチケッティングにおいてイノベーションの余地があることは間違いない。パッと見ではみんな映画が大好きなのに(市場が大きいはずなのに)、なぜかお金が潤ってなくて、ってことはビジネスモデルが古臭いのでは?と思える(ディストラプトの余地が大いにある)。だからムービーパス(MoviePass)のような事例がよく起こる。そしてきっとムービーパスよりも真摯に業界のことを考えて地道にイノベーションを起こそうとしてきたスタートアップがムービーパスのブリッツスケーリングによって伐採も植林もする場所がなくなってしまい先に倒産していたのだろうと思う。
つまり、「デジタル化やビジネスの最新化、もしくはテックドリブンの企業の参入が少ないから進んでいない」ように見えて、実はそうではなくて「ブリッツスケーリング的思考で短絡的に乗り込んで来る企業が大挙した結果、新しい野原が焼け野原になることが繰り返されて業界が進化していない」ということがレガシー市場では往々にあると感じている。
もちろん、「スタートアップ」の成長イメージ(前編参照)で成長する、ブリッツスケーリングを取り入れた企業の活躍によって、大きなイノベーションが起こっている事例はたくさんあり、適した市場で行われることは本当に素晴らしいと思う。ただ、昨今あまりにIPOが礼賛されすぎる風潮であり、「スタートアップ」の成長を目指すべきものと捉えられ過ぎていることで、むしろ悪影響が出ている業界や領域もあるんだという事に自覚的である必要を感じており、『BLITZSCALING(ブリッツスケーリング)』を読んだときの心の引っ掛かりがそこにあった。
IPOを目指す姿勢が礼賛される文化風潮になっているのは、それこそVCやそれに関わる人達によって「起業がかっこいいと思われる文化をつくる」というとてつもなく大変な努力を長年かけてやってきた結果の今だと思う。逆にいうと、数十年前は「IPOなにそれ?」だったわけだし、それが「かっこいい」という文化が存在しなかったわけで、起業熱自体がなかったわけだ。結果、今、起業が当たり前、起業はかっこいいという文化が根付きつつある今、今度はこれまでのVCの方々などの努力に経緯を払いつつ、「起業」のなかにもIPOや短期成長を前提としないサスティナブルな形もあるよ、それも一つのかっこよさだよという文化も広めていくことで、レガシー領域の本当の進化が生まれる気がしている。そして、日本には京都などで代々続くビジネスがたくさんあるわけであり、本来そっちの方が向いている文化圏な気もする。まあそれだけだと閉塞してしまう面もあるだろうから、これから両方の手法がバランス良くスポットライトがあたり、IPOや規模一辺倒での評価が変わることで、新しい日本の成長があるのではないだろうか。
自分ごととしても、広義の意味でのクリエイティブな活動を支える為に、2011年にクラウドファンディング・プラットフォームとして立ち上げた身としては、クラウドファンディングにおいては同じ轍を踏まないように、数少ない”IPOを最初から目指さないでクラウドファンディングプラットフォーム”である我々が頑張っていかなくては行けないと改めて感じた。
PAYPAYの今後は大注目
最後に、僕の中でブリッツスケーリングについて考えたくなった発端のAirbnb問題に重要な問いと答えが潜んでいるということにも気づいたので、その話をしていきたい。
Airbnbが「ユーザー課金型」というモデルに留まらず、社会のインフラにまで成長できたことがブリッツスケーリングが適用できた理由だとするならば、この「インフラになる」ための戦略を解き明かす事ができれば、物凄いスタートアップを生み出せるきっかけになるかもしれないと思う。
もしクラウドファンディングも「お金のインフラ」を目指し、もしそれを実現できたらブリッツスケーリングを適用できるしまた正当化できると思う。僕はクラウドファンディングは銀行や証券会社のような「お金のインフラ」にするなんてもったいない、クラウドファンディングの魅力はそんなところにあるのではないと考えているので、そのポジションには向かわないけどね!!!!!!
きっとその解き明かす鍵は、PAYPAYがどうマネタイズしインフラとして定着するかというところにあると思う。
日本のスマートフォン決済市場で大きなシェアを占めるPayPayが、2021年10月から全加盟店に決済手数料を課す予定だ。これまでの先行投資を回収し、数年後には単年黒字化を目指す。決済手数料の発生で加盟店離れの懸念もあるなか、PayPayはどのようなアプリ戦略で規模を拡大して、収益化に道筋を付けようとしているのか。
これまでPayPayは、基本的に初期費用や決済手数料、入金費用を無料にすることで、316万店舗以上の加盟店を獲得してきた。しかし今後、決済手数料が有料化されると、加盟店の解約が増える恐れがある。
ここ数年、めちゃくちゃ競争が激化していたキャッシュレス市場。
市場特性上、拡大フェーズにおいてこんなにブリッツスケーリングが適した市場は近年滅多に無い。そして日本でブリッツスケーリングといえば、言わずと知れたSoftbankの孫さんだろう。「ブリッツスケーリング」というワード化される遥か前から、ヤフーBBそしてSoftbankモバイルと、ブリッツスケーリングの手法をまさにつかって、市場を席巻し一気に規模拡大したあとに着実マネタイズを行い、途方も無い企業へと成長を率いてきたわけだ。すごすぎる。
だからキャッシュレス市場にSoftbankグループが参入しない訳はないし、参入したらそれはSoftbankグループが勝つだろうなという大方の見方どおり、ここまで完璧な駒運びを行ってきたといって間違いないだろう。こんな札束乱打戦の市場の中で、更には将を射んと欲すれば先ず馬を射よ的な動きの併せ技を繰り出して、あれよあれよとPAYPAY一強を作り上げたSoftbankバンクグループ。すごいとしか言いようがない。
ただし、その上で、個人的に気になっている点が今回はある。
これまでの回線やモバイルキャリアなど、それこそ端から「インフラ」である事業によって、Softbankグループはブリッツスケーリングで急激な規模拡大とマネタイズの両方を実現させ成功させてきた訳だが、僕的にはキャッシュレス市場って本当にインフラになりうるのかと訝しむところもある。
記事にも「決済手数料が有料化されると、加盟店の解約が増える恐れがある」と書かれている様に、ここ数年識者からもキャッシュレス決済市場を制圧してもスイッチングコストが低すぎて、マネタイズまで行けないのではないか?投資回収できないのでは無いかという声が挙がっているのも事実。
つまり、僕はPAYPAYがマネタイズまで到達して、これまでと同じ様にブリッツスケーリングを成功させるか否かによって、「インフラになる」ための戦略を解き明かす事が出来るのではと感じている。
観客としてキャッシュレス決済市場を見るのであれば、勝者がPAYPAYに決まったというこれまでのシーズン1はまだまだ序章。これからの「PAYPAYはマネタイズできるか?」のシーズン2が本当の見どころなのではないだろうか。
PAYPAYはブリッツスケーリングの将来の試金石?という気持ちを持ちながら、これからむしろより一層PAYPAYの動きに注目していきたいと思う。