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最長政権を記録した安倍晋三元総理とのささやかな思い出

政治的立場を超えて、多くの政治家、政党が、今回の事件で安倍元総理逝去に哀悼の意を示したこと、そして病院搬送直後には、それまで安倍元総理を政治的厳しく批判していた多くの方が無事であることを祈っていたことに、日本国民が有する美徳を感じました。またそれは、暴力で政治を動かそうとする行為に強い反対の意見を示すという、ゆるやかな幅広い国民的コンセンサスが示されたことを意味していて、賞賛すべき姿勢だと思います。

おそらく安倍元総理ほど、世界中で広く名前が知られ、また世界中の指導者や政府からその逝去が惜しまれ、悲しまれる首相もこれまでいなかったと思います。また、憲政史上最長の政権であった記録も、客観的な事実として長く記憶されていくのだろうと思います。

少ない回数ながらも直接接する機会があった立場から回顧しますと、安倍総理ほど細やかな配慮をなさって、繊細な感情を持ち、他者への敬意を示してくれる政治家の方は稀であったと思います。有識者会議などの機会で安倍総理から、何か嫌な圧力や、権威主義的な態度は感じたことは一度もなく、いつもその周りには風通しの良い、何を発言してもよいというような開放的な空気がありました。また、つねに周りの人を楽しませようと冗談を言ったり、リラックスできるようなさりげない配慮の一言を述べたり、いつでも周りの人たちを気遣っていたように思えます。そのような配慮や気遣いが、結果として、自民党の中で安倍政権を長期間支えようという空気を生み出したのではないでしょうか。もちろん、接してお話しした方でも、それとは異なる印象を得た方もおそらくはおられたかもしれません。

安倍談話の草案をまとめて安堵した表情の安倍総理と(2015年7月)

安倍総理と直接接して、お話をして、歓談する機会があった世界中の指導者たちが、心から安倍総理の訃報に哀悼の言葉を述べ、その逝去を惜しんでいるのは、やはり直接お会いして良い印象を持ったからではないかと感じます。オバマ元大統領、トランプ前大統領、プーチン大統領、キャメロン元首相、中国政府、イラン政府など、現職や元職などの指導者たちや各国政府が、愛情を込めたメッセージを送っていることを見ると、この数年間での時代の変化を感じます。いかに世界がよりいっそう分断されてしまったのか。安倍総理が在職中にそのような分断をささやかながらも食い止めようと努力していたことを、改めて想起します。


安倍総理と接して、心温まる経験をされた方も多かったと思います。とても優しい方でした。例えば、安倍総理からの推薦で国会での参考人として発言した後日、官邸の会合で安倍総理とお会いした際には、あちらからひょこひょこと近づいてきていただいて、「先生、国会の委員会での先日の発言、とても良かったです。ありがとうございました」と言っていただいたり、妻と娘と一緒の機会にお目にかかった際に、ご一緒に写真を撮ってほしいとミーハーな私がもじもじと勇気がなくて迷っている時に、安倍総理の方から、「よろしければ、ご家族とご一緒の写真をお撮りしましょうか?」と言っていただいたり、私のような若輩で低い立場の研究者へもご配慮をいただき、本当に優しい方なんだな、と感じていました。もちろん、その政策への評価が分かれ、私の親しい政治学者の方の中でも安倍政権に厳しい批判をされる方もおられることは承知しております。それとは別に、こういった繊細な配慮をなさる優しい人柄だということも、もっと知られても良いのではないかと感じています。

それは、恐怖や、監視、粛清、暗殺などで、長期政権を維持しようとする権威主義体制、独裁体制における指導者とは、大きな違いだと思います。6回の選挙で連続して勝利し、その間自民党の総裁選などを通じて、あれだけ野心的な政治家を多く抱える自民党という巨大な組織の中での支持を維持し続けるのは決して容易なことではありません。

もしも日本において民主主義を信じ、また国民の判断を信じるのであれば、安倍総理を侮蔑続けることは、そのような政権を6回の選挙で選んだ日本における民主主義を否定することにもなるかもしれません。国民がつねに愚かで、一部の安倍政権を批判する側が正義だと断言することは、自らとは異なる声に耳を閉ざすある種の知的な傲りに繋がりかねません。

安倍政権で、いくつかの有識者会議に加えていただき、外交政策や安全保障政策の立案などで議論や意見交換をする機会をいただいたことは、とても幸運でありまた貴重な経験でした。私自身研究者として、微力ながらも日本の外交や安全保障政策がより良い方向へと発展するためにお役に立てるのであれば、嬉しいことです。そしてイギリス外交史研究者という立場から、安倍総理が進めた外交や安全保障政策は、現代の日本に求められているものであり、それらの政策の推進で日本が国際社会でより多くの貢献ができると考えました。「クアッド」や「自由で開かれたインド太平洋」など、安倍総理の生み出した概念で、世界中の指導者が用いているものは少なくありません。過去にそのような日本の指導者は皆無だったと思います。同時に、CPTPPや、日・EU間EPA、RCEPなど、安倍政権が努力をして、自由貿易の拡大を進めたことも、大きな功績だと思います。

私の場合は、安倍総理を遠くから眺め、また接する機会もあくまでも極めて限られたものではありましたが、だからこそ逆に、ある程度冷静に安倍政権の歴史的な位置を論じることもできるのかもしれないと感じることもありました。対ロ政策をはじめ、政権の方向性に違和感を抱くこともありましたし、アベノミクスが本来達成する目標も道半ばだったと思います。とはいえ、日本が「国際社会で名誉ある地位を占める」ためには、まだまだ安倍元総理にはご活躍をいただきたいと願っておりました。

今は何より、ご冥福をお祈り申し上げます。そして、ダイナミックで、明るく、前向きな政権の末端で、外交や安全保障を学ぶ機会をいただけたことに、深く感謝したいと思います。

本日、BBCのテレビとラジオで、簡単に安倍政権の遺産をお話しする機会がありましたが、まもなく1年間のイギリスでの在外研究を終えようとする最後の時期に、このようなかたちでイギリスのメディアに出演するのは少し寂しく、残念なことです。他方で、安倍政権が持つ良い遺産について、少しばかり政権を近くで眺める機会があった政治学者として、その視聴者の前でお伝えする機会を得られたことは幸いです。


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